よし、戦って倒そう!!
最初のヒロインが出るまで、多分あと2・3話はまだありそう。
……だ、大丈夫だよね。
「うっわ……あれ、死体、だよな? ってか死“体”って言っていいのかどうか……」
頭だけ窓から出して、外の様子を窺ってみる。
勝鬨のようにして雄たけびを上げたのは、モンスターだった。
そのモンスターは、胴体と物別れした首より上を――つまり、頭を手土産をぶら下げるようにして持っている。
流石に気持ち悪くなってくる。
「……オーク、か。ファンタジーでは定番、だな」
オークらしきモンスターは、だが、思っていたほどは大きくない。
立ち並ぶ家々の土塀よりも少し頭が出ているほどの身長。
ざっと170~180cmってところか。
差し詰め子オークというところ。
体格もでっぷりとしたかんじではなく、あえて言うなら小柄なラガーマンくらい。
ただ、それでもあの右手にぶら下げているもの。
そしてそのオークの裸体には傷一つついていない。
更にそのオークは鼻をすんすん鳴らして、俺の家周辺を行ったり来たりしている。
それらの事実が、油断を、そして予断を許さないことを示していた。
「……どうしよう、鼻鳴らしてるぞ。もしかして、隠れててもバレんじゃ……」
子オークは2件隣の沢田さんの敷地へと堂々と侵入。
……おおう。
「やべぇ……的確に見抜いて壊してるよ」
玄関の扉が重厚そうだと即座に理解し、横の庭に面した上がりにある窓ガラスを拳でぶち抜く。
そして勿論汚れた足のまま家の中へと入っていった。
……俺ん所来たら、一発で引き戸の入口狙われるだろ。
「……まああそこが一番飯はありそうだもんな」
高校生の息子さんが相撲部期待の新星らしい。
前に会った時に親父さんが抱えていた米袋を見て、俺は呆気にとられた。
『これも数日でなくなるんだよ、ハハッ!!』と言われたのは記憶に新しい。
「幸いなのは、今日はその試合の応援で家族皆が家にいないことだな……」
たまたま外に出た時に会って、そういわれた。
帰ってきた時、その食料が無事かまでは、俺は感知できないが。
さて……。
「何か考えないと……うちに来るかもだぞ、マジで」
どうしたものか。
というか、先ず逃げるのはどうだろう――という考えが、即座に却下される。
逃げてどうする、このままじゃ、外はもっとモンスターだらけだ。
あのオークに追われて、その先に他のモンスターがいたら挟まれるぞ。
それよりは、ここ、つまり爺ちゃんの家を拠点に、オーク1体とやりあった方が、まだ確実だ。
――そんな、ちゃんと理屈も付けた考えがスッと浮かんできた。
まるでテストの正答へとそっと導いてもらっているように。
い、いや、こんなオークが来るかもしれない家にいられるか!!
俺は一人ででも逃げさせてもらう!!
――と、ミステリでの死亡フラグが立ちそうな思考をすると……。
最悪はそれでもいい。
けども、本当にオークってそこまで強そうか?
思ってるほど大きくなかった。
自分でもそう評したじゃないか“子オーク”と。
それに、戦いようはある。
相手は一匹。
逃げるのは試してみてからでもいい。
――まただ。
また、思考が上手く誘導されているように感じる。
しかも、それが何だか嫌な感じではなく。
本当に自分の頭で考えて、ちゃんと答えを出している――そんな正解へと近づいている高揚感があった。
間違いない。
【戦闘勘Lv.1】が、発動している。
「と、言うことは、だ……」
俺は、もうこれを“戦闘”だと捉えている、ということだ。
今、俺はスキルによるアドバンテージがある。
【戦闘勘Lv.1】というスキルが一体どこまで俺のことを補助してくれるのかわからなかったが。
少なくとも、マイナスに働くものではない。
それに、俺の先ほどの思考は“逃走を否定するものではなかった”。
つまり、戦闘に関する限り、俺の最善の選択はどういうものかを、ちょっとずつちょっとずつだが補助してくれる――多分、そんなスキルなのだ。
今、こうしてこの場面を肯定的にとらえられているのも、このスキルのおかげ。
通常だったら、多分もっとおどおどしてたはずだ。
冷静に考えられることそのものが、むしろスキルの恩恵だと考えた方がいい。
そう考えると、戦闘に入りさえすれば、かなりありがたいスキルと言える。
なら――
「倒せるチャンスは……ある!!」
俺は直ぐに、部屋を出て、何か武器になるものは、そうでなくても使えるものはないかを探した。
うちに来ないのならそれはそれでいい。
だが、今後も戦闘はあり得ることなのだ。
モンスターはあれ一匹ではない。
今後も戦う可能性がある以上、準備ができる今の方がむしろ倒せる可能性は大きいといえる。
そうであるなら、今、頑張っておいた方がいい。
二階の俺自身の私室や物干し場など、駆けずり回る。
だがどれもこれも中々いいと思えるものがない。
ただ、そこまでの焦りはない。
CDデッキや長い物干し竿を見て一瞬どうか、と考えた。
その際も頭がそれを的確に否定してくれたのだ。
CDデッキでは致命的なダメージを与えられないとか、物干し竿は一撃に難がある、相手に気づかれずに攻撃して、意識を奪えるのが理想だ、とか。
或いはコスプレ衣装が所狭しと保管されている部屋は一切ピンと来ることはなかった。
つまり、こうして敵を倒す算段を付けている今でも【戦闘勘Lv.1】が働いてくれている。
なので、時間との闘いの中、何とか辛抱強く探すことができた。
そして――
「――済まない、君を、犠牲にすることを、許してほしい」
――俺は、心を鬼にする、覚悟を決めた。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■
「――ブギィア」
先ほどから5分前後が経っただろうか。
俺にとっては長くも、そして短くも感じた時間だった。
俺は再度上の階の窓から顔だけコッソリと出している。
ただ、ここは玄関、そして庭に一番近い階段横だった。
「……何だ、米はダメなのか?」
オークはおそらく冷蔵庫を漁ったのだろう。
人の頭を握っているのとは逆の手にトレイが握られている。
そして外をゆっくり歩きながらもラップを引き裂き、肉を豪快に口へと持って行った。
「……あれ、多分豚肉なんだけど。しゃぶしゃぶ用の」
共食い――
ツッコんではダメなのだろう、おそらく。
沢田さん……肉は犠牲になりましたが、米は多分無事です。
「ブギィイ……――ブッィ?」
――来た!!
マジか、やっぱ俺ん家来やがった!!
俺は高鳴る心臓に手を当てて一つ深呼吸。
……大丈夫、きちんとやりさえすれば、勝てる。
オークは俺の家の敷地へと侵入してくる。
だが、そこで――
「ブッ、ブフィ!?」
この町内で最も壊しやすいであろう家の入口――ガラス製の引き戸に見向きもしないで、俺の真下の方へと駆けてくる。
……上で、頭を突き出している俺に、気づきもしないで。
「ブォォ!! ブォッ!!」
“オーク”という種に対する二次元的知識は、どうやら間違っていなかったらしい。
仮にこれが成功しなくても第二第三の策までは考えていたが。
オークにとっては、食べ物と同じか、それ以上に興味を持つもの。
周りが見えなくなるくらいに、飛びつきたくなるもの。
オークは庭で寝ていたそれに、文字通りタックルするようにして飛びついた。
そしてそれに顔を、体を、全てを擦り付けている。
本能のままに。
「…………」
対する俺も、それに対する本能的嫌悪を抱きつつ、言葉はない。
20・30cmのズレはあるだろうが、そんなもの誤差だった。
俺はすぐ横に置いていた段ボールを、持ち上げる。
そして、ゆっくりと、窓の外に、引っかからないように出した。
そこから、腰を落とし、勢いをつけて、段ボールを、真上へと――
「――ふんぬっ!!」
――放り投げた。
放り投げた段ボールは、中の重みのため、それほど高くは上がらなかった。
だが、それでいい。
力が出せる限界の一番上へと上がり切った段ボール。
そして、今度は重力が、それを地面へと引っ張り込む番だった。
――ただし、地面と段ボールがぶつかることはない。
「ブッ――」
ドスッ。
ただ一度だけ、鈍い音を立てた。
〈小オーク を 倒しました〉
その後に――
――ピロリロリン♪
〈Lvup!! Lv.2→Lv.3 に上昇〉
〈Lvup!! Lv.3→Lv.4 に上昇〉
〈スキルLvup!! 【戦闘勘Lv.1】→【戦闘勘Lv.2】〉
自らの成長を示す軽やかな音が鳴った。
俺は、念のため、周囲に一度視線をやる。
……他に、モンスターはいない。
「――……脳まで分厚い皮で覆われてることはない、というのは正しかったわけだ」
慎重に下に降りてきて、死体を確認する。
見事段ボールは表面積の小さい縦の方が頭上へと降ってきて、コイツの頭へと重い重い一撃を加えたのだ。
首から上を的確に打ち抜いた段ボールは流石に箱がつぶれて、中身が出てきていた。
「……マンガが中心だから、最悪金銭で保証はできるな」
1冊が大体150gで、80冊前後入っているので、少なくとも10㎏の重さはあった。
そして少しでも命中する可能性を上げるために、ダンベルや掃除機などではなく、これを、勘が選んだ。
ちゃんと命中するか、そこだけは心配だったが、そう、ここでも【戦闘勘】が役に立ってくれた。
段ボールを放り投げる時の微妙な手の使い方、感覚なども思った以上に手にしっくりきてくれたのだ。
その動作自体も俺の攻撃として、戦闘手段だと取られたんだろう。
なので、【戦闘勘】が、機能してくれた。
ここまで上手くいったし、レベルも2つ上がった。
だが、俺の中にやってやった感みたいな高揚感というか、達成感めいたものは随分薄い。
俺は、オークの死体に手を差し入れ、ひっくり返してどかした。
重さは100㎏ないくらい。
部活とかで偶にあるタイヤをひっくり返す練習の要領で何とか頑張った。
「…………君の純潔は、守ったよ」
俺は、何とか守れたようだ。
それだけが、唯一の救いだった。
彼女を拾い起し、抱き上げた。
そして、土埃を払う。
「――さっ、戻ろう」
オークがスライムみたいに素材を落とすようなこともなかった。
俺は、言葉少な気に、家へと戻る。
彼女は、それに対して何も言うことはない。
ただ、不安げな瞳で、俺を見上げていた。
乱れた衣服や肌着を直すことなく、これからどうなるのか、という視線で――
「――……だ、大丈夫、洗濯すればなんとか。最悪こっちも、あ、新しいの買えば……で、でも、これ滅茶苦茶キャラ可愛いしプリントもちゃんとされてる、限定品かも……」
俺は、アニメの美少女キャラの抱き枕を抱え、もし世界が正常に戻った際に賠償しなければならなくなったら……なんてことをひっそり恐れながら、無事だった引き戸を開けて戻ったのだった。
ちょびっと情報:スキルと異能が厳密に区別される二つの世界ではあるが、今回のように、スキル単体でも十分威力を発揮することもある。
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