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異世界は楽じゃない

作者: 鳩村玲

簡潔に言えば、高校からの帰り道、暴走したトラックにはねられた。こんなことで俺の人生は終わるのかと思う間もなく意識は消えた。




はずだった。




見上げれば青い空。目の前を行き交う人々。石造りの建物。石畳。中世ヨーロッパ風……。

これは、もしかして、もしかすると。

異世界転生ってやつじゃないか!

来たぜ第二の人生。バラ色の青春。灰色の世界とはおさらばだ。

ひとまず持ち物を確認するが、ポケットにあったはずのスマホと学生手帳がない。つまり、何も持っていない。

しかし学校の制服はこの世界では少々目立つようだ。行き交う人にちらちらと見られている。何か羽織った方がいいな。異質な存在はどこの世界でもはじかれるものだ。ぼろい布でも落ちていればいいと思ったが、安直すぎたようだ。この街は美化運動に力を入れているらしい。ごみの一つ、落ちていやしない。

諦めて通りを歩いていると、ふいに声をかけられた。


「そこの変わった格好をしたあんちゃん、ちょっと見ていかねぇか」


ごついおやじに手招きされて、思わずその屋台へ行く。

瓶が並んでいる。酒か?明らかな未成年を捕まえて酒を売ろうとするなよ。もしかしたらこの世界では子供でも酒が飲めるのかもしれないけど。

店のおやじが瓶を手に取る。


「これはエレーニアウムレンダルス地方のトロッケンベーレンアウスレーゼだ」


……ん?は?なんて?


「酸味が少し強いが、飲みやすいぞ」

「いや、まて。待ってください。何の、何です?」

「あ?だからエレーニアウムレンダルス地方で造られているトロッケンベーレンアウスレーゼだっての」


処理が追い付かない。

エレーニアウムなんとかとやらは地名だろう。だけどトロッケンベーレンアウスレーゼは。


「それはソーテルヌやトカイと並ぶ三大貴腐ワインだったはず……」


なぜそんな知識があるかは黙っておく。


「は?なんだその短い名前。聞いたことないぞ」

「これは、ワインっていう……つまり、葡萄酒じゃないんですか?」

「何言ってんだ?トロッケンベーレンアウスレーゼはトロッケンベーレンアウスレーゼだろう」


つまりこの世界では「ワイン」イコール「トロッケンベーレンアウスレーゼ」と言うことか。言いにくいな。


「あの、じゃあこっちは」


俺は別の瓶を指さす。


「ああ、それはルハイオットデンベック地方のやつだな。ロートトロッケンベーレンアウスレーゼだ」


ロート……。つまり、赤ワイン?


「ちなみにこのエレーニアウム……の方はヴァイストロッケンベーレンアウスレーゼだったりします?」

「だったりするも何もそうだぞ。なんだあんちゃん、そんなことも知らないのか?」

「ここに来たばかりなので……」

「こんなこと世界共通だろ」

「はあ……。でもなんでドイツ語基準……?」


思わずつぶやいた疑問に、おやじはいぶかしげな顔をする。


「ドイツ語?どこの言葉だそりゃ。そんな属国あったか?」

「あ、いや、こっちの話です」


慌てて顔の前で手を振る。

なおもおやじは首をかしげていたが、


「まあいい。おまえにもう用はねぇよ。どっか行きな」


と追い払うような仕草をした。

呼んでおいてそれはないだろうと思ったが、まあおやじの判断は適切だ。なぜなら俺は一文無しだから。

仕方なく、また通りを歩く。しばらくすると、広場に出た。たくさんの行き交う人々。中央の噴水近くでは、くつろぐ人や、世間話をしているだろう女性たちがいる。

日差しが暑い。のども渇いてきた。もうあの水でも飲もうかと、ふらふらと噴水に向かっていると、左側からドン、と衝撃を受け尻もちをつく。同時に「きゃっ」と悲鳴が聞こえた。

尻をさすりながら悲鳴のした方を見ると、俺と同じくらいの歳の女の子が同じように尻もちをついていた。周りには荷物が散らばっている。

これは、もしかして、もしかすると。

メインヒロインじゃないのか!


「大丈夫かい、お嬢さん」


俺は出来るだけキリッとした表情で、散らばった荷物を拾う。


「あ、はい。すみません。前が見えなくて」


女の子も荷物を集めながら、しきりに謝る。


「危ないから、半分俺が持つよ」

「すみません。ぶつかってしまった上に、助けていただくなんて……」

「いいんだ。構わないよ」


俺は荷物を持って、少女と並んで歩く。彼女のポニーテールが歩くたびに揺れる。


「ところで、その、変わった服装ですね。旅の方ですか」

「ん?ああ。そうだね。そうなる、かな」


歯切れが悪いが、この際「旅人」とした方が楽だろう。


「でしたら、うち、宿屋なんです。ぜひ泊まってください。お礼と、謝罪を兼ねて」

「じゃあそうさせてもらうかな」


お金がなければどうにもならない。この世界のことがよくわかっていない以上、野宿は危険すぎる。まさに渡りに船だ。


「そういえば、この街は何て名前なんだ?」

「スリジャヤワルダナプラコッテですよ、旅人さん」


……。


いやいやいやいや。なんで微妙に元いた世界の言葉が出てくるんだ。しかも長い言葉が。

この世界の人なら「クルンテープ」で始まる都市名も言えるんじゃないか。

のどが渇いた。ふらふらする。混乱しているのか?

よし、冷静になろう。


「この国は、王政?」

「はい、国王様が治めていますよ」


「そんなことも知らないんですか」と、彼女は少し不思議そうな顔をした。


「ちなみに、王様の名前は……」

「はい。パブロ、ディエーゴ、ホセ・フランシスコ・デ・パウラ、ホアン・ネポムセーノ、マリーア・デ・ロス・レメディオス、クリスピーン、クリスピアーノ、デ・ラ・サ−−」

「ちょ、ちょっと待って」


暑い。ふわふわする。頭が追いつかない。考えられない。


「大丈夫ですか!?顔色が……」


女の子の声が遠くに聞こえる。体が倒れる感覚。

俺は、気を失った。




目を開ければ、見慣れぬ天井。燭台の灯りだけの薄暗い部屋。


「あ、よかった。気が付いたんですね」


さっきの女の子が心配そうな顔をしていた。


「今日は特別暑かったから……。旅人さんも疲れていたのね。家の、宿屋の近くでよかった」


女の子がふわりと笑う。天使だ。


「父があなたを運んだんですよ。もう体は大丈夫ですか?」

「ああ、うん。大丈夫」


体を起こしながら答える。

しかし父親がいるのか。難易度が高いな。


「それで、私、アウグリッド・ダクマリー・ルデリーナ・ユリアーナ・リステリア・カルラって言うんですけれど」


うん、長いな。まあ異世界だからこんなこともあるだろう。


「あなたの、お名前は?」

「俺は野本竜真だ」

「え?ノモト・リュウマ……それだけですか?」


それだけも何も、これ以上名前はない。

「そうだ」と頷くと、アウグリッドの顔からさっと血の気が引いた。


「まさか、そんな……」


そう言って部屋から飛び出して行ってしまった。

なんだ?これはもしかして、伝説の勇者の名前と同じです的な流れか?

ああほら、たくさんの人の足音がドタドタと近づいてくる。扉がばっと開かれ、言われるんだ。


「あなたが、伝説の勇者――」




ある晴れた昼下がり。隣町へ続く道。荷馬車がゴトゴト。俺たちを連れて行く。

手枷足枷。ご丁寧に首にまで枷をつけられ、俺はボロい荷馬車に乗せられていた。一緒に鎖につながれているのはみな子供で、この中では俺が一番年上だ。

このまま俺たちは売られるのだという。

どうやらこの世界では最低でも五代前までの親の名前を自分の名前に付けるのが当たり前のようで、それ以下の名前の短い者や出生の不明な者は奴隷として売られるらしい。

土地名や物の名前はやたらと長い方が、価値のあるものらしい。

昨夜顔色を変えたアウグリッドは部屋を飛び出し、男たちを連れてきた。俺はそいつらに連れられて、よくわからないまま、気がつけばこうなっていた。

メインヒロインだと思っていた女の子に売られた。悲しい。奴隷からのスタートだ。

いや、もしかしたらこれは救済イベントじゃないか?隣街までの道中に、人身売買をよしとしない者たちが商人をやっつけてくれるイベントだ。




……現実はそう甘くはなかった。

予定通り夜には街に着き、明日俺は奴隷として競売にかけられる。

ただ名前が短いという理由だけで。


「おかしいだろ、こんな世界」


俺のつぶやきは暗い夜に溶けた。




次回!


俺を買ってくれたのはまさかの有名人。その名をレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ!(ダ・ヴィンチの名前の由来については突っ込まない約束だ)

彼の雑用係として現代知識を活用し、めきめきと頭角を現し、やがて世界を揺るがす存在へとなって行く。

果たして俺の行く先は。トロッケンベーレンアウスレーゼのみぞ知る!


<続かない>


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