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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第弐章 転校生〝五条政臣〟④

「どうも皆さん! 大変お待たせいたしました、政臣以下四名、ただいま戻りました!」


 勢いよくスライド式の扉を開け、まるで英雄の凱旋のように元気よく肩で風を切る。

 しかし、教室にほかの生徒の姿はなく、いたのは比屋定だけだった。


「おや? 玲衣子先生だけですか? 皆さんはどうされたのです?」

「帰りました」

「ほう! それは残念だ。お話したいことがあったのですがね」

「だから帰したんですよ」

 生き生きと話す政臣とは対照的に、比屋定の声はどこまでも平坦だ。


「あなたが話そうとしていたことは最重要機密事項です。学生が知っていいことではありません」

「機密ね!」

 政臣は軽蔑したように鼻を鳴らす。

「情報を制限して貴重な兵隊を殺したいのであれば、それもいいでしょう」

「機密は機密。決まりは決まりです。組織に所属している以上、守っていただく必要があります」

「ああ、そうですか。それは失敬」

 政臣は白けたように肩をすくめる。


「政臣……どういうことだ?」

「だからね、あれはただの『求血鬼』じゃないんだよ」

弥生の問いに、当然のことように答えた。


「君たちも知っているだろう? 人間の血を吸うのが『求血鬼』だが、その中には、自らの血液を人間に与えて『求血鬼』にすることができるやつがいる。彼女はね、その手の『求血鬼』なのさ。そうやって出来た『求血鬼』と元の『求血鬼』は意識を共有することもできる。彼女はそうやって、安全なところから僕たちをおびき出して観察していたんだよ。玲衣子先生、あなたたちのようにね」

 通常、『求血鬼』は人間の血を吸うことしかできないが、政臣の言う通り、中には自分の血液を人間に分け与えて『求血鬼』とすることのできる『求血鬼』が存在する。彼女は便宜上『始祖』と呼ばれており、『求血鬼』のなかでも特に高い戦闘能力を持っている。


「『献血師』が狙われていることから、敵の狙いは我々『純血十家』の当主だと考えたあなたは、実習の名目で敵を吊り上げようとしたんです。しかし、わざわざ『断空』を発動して食事するような律義なやつなのだから、学生程度で敵うはずもない。だから彼らも囮としながら、会敵した場合は離脱できるよう、身代わりを渡した。『総本山』の研究室が開発した〝身代わりの札〟。これに自身の霊力を込めるとおなじ能力を持った分身ができる。便利なものです。しかし、相手は相手で自分ではなく分身ともいえる『求血鬼』を動かしていた。つまり釣られたのは我々というわけです。緒戦は彼女の勝利ですな」

 比屋定が渡した〝身代わり〟とは、昨日の演習で陽人が使ったものとおなじものだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 声をあげたのは弥生だ。

「あれが『始祖』だったというのか? しかし、なぜこのタイミングで……」

「さあね! 玲衣子先生はご存知かもしれないが、どうせ教えてはくれないでしょう。それも最重要機密事項ですか?」

「政臣君」

 陽人がよせといったようにクラスメイトを制した。


「あれが『始祖』ってことは、当然身代わりには気づいてたってことだよね」

「そう思うね」

「ってことは、本物を見逃したうえで、わざわざ身代わりの相手をして僕たちを待ってたってことか」

「身代わりって言っても、命令を受けた機械人形だからね。自分を攻撃してくるわけだから、暇つぶし位するだろうさ」

「夜だっていうのに『断空』を張ってまで僕たちをおびき寄せたのに、どうして本体は出てこなかったんだろう?」

「たしかに……妙だね」

 陽人の疑問に司が同意した。

「そう、そこが疑問です。敵の狙いが釈然としない。玲衣子先生、あなたどう思われますか」


「まだ彼女が『始祖』と決まったわけではありません。その可能性が高いというだけです。しかし、『始祖』であれば、三百余年ぶりの出現ということになります――」

ここで、陽人、弥生、司の三人は怪訝な顔になった。

「――私は『総本山』に報告しなくてはいけないので、これで失礼します。あなた方も今日はもう帰りなさい」

 比屋定は疑問には答えず、平坦な声で事務連絡だけすると、教室から出て行こうとする。

「おやおや、つれない人だ。こうなっては仕方がない。疲れたことだし、さっさと終わらせることにしよう」


 刹那、政臣が抜刀した。そのあまりの速さ、そして突然の出来事に、陽人たちは反応することすら許されなかった。

 陽人の横を、一陣の風が通り抜ける。その直後、ボトッという鈍い音が聞こえた。

 音の発生源に目をやる。そして、一同は瞠目した。無理もない。


 彼らの担任である比屋定玲衣子の首が斬り落とされ、床に落ちた音だと分かったからだ。


「なっ!?」

「あれ? 抵抗しないのか。こんなにあっさりいくなんてね」

 言葉を失う陽人たちをあざ笑うように、政臣はそんなことを言ったのだ。

「な、なにをしてるんだ君は!?」

 詰め寄り、陽人は政臣の胸ぐらをつかんで大声を出した。

「なにって言われてもね。見れば分かるでしょう? 首を切り落としました」

「なっ」

 絶句する陽人に代わって、今度は弥生が一歩前に出た。


「なにを考えてるんだおまえは!?」

「こんなことをして、只じゃすまないよ。これはれっきとした殺人だ」

 司も低く政臣を糾弾する。

「君たちが先生想いのいい生徒だってことはよく分かった」

 政臣はしかつめらしく言った。

「でも司さん、殺人っていうのは違う。それは悲しい誤解だ。だってほら、見てごらんよ」

 政臣が顎を振って比屋定を指す。見てごらんもないも、彼女はもう……。


 しかし、視線をやったことで、陽人たちは余計に混乱することとなった。さっき落ちたはずの比屋定の首がない。まるで最初からなかったかのようにきれいに消えている。

 どういう……。

 ことだ? と思うよりも早く、さらなる異常が起きる。


 パキッという硬質な音。その発生源は、比屋定の体からだった。首を切り落とされたまま立っていた比屋定の体から、首が生えてきたのだ。驚きのあまり、陽人は政臣の胸ぐらから手を放す。

 首、といっても、生えてきたものは骨や神経が剥き出しになっていた。生理的嫌悪から、陽人は顔をしかめる。しかし、すぐに肉が付き、皮膚に覆われ、頭部からは目を見張るほどに鮮やかな金髪が広がった。


 ゆっくりと振り返る。その双眸は、血のように紅い――。


「これは、一体どういう……」

「ああ、彼女は『始祖』ですよ」

 いまだ状況が飲みこめずにいる陽人に、政臣はまた天気の話でもするかのように言う。

「し、『始祖』だってっ?」

 弥生が上ずった声を出す。彼女のこんな声色は滅多に聞けたものではない。しかし、いまはそれどころではなかった。

 自分の血液を人間に与えて『求血鬼』とし、『献血師』でさえ手をやく高い戦闘力を誇る存在……。それが比屋定だった? 比屋定が『始祖』だった? わけが分からない……。


「玲衣子先生が『始祖』なわけじゃない。『始祖』が玲衣子先生に変装していたんだよ」

 彼らの胸の内を見透かしたかのように、政臣が言った。

「変装?」

「そう」

 陽人の言葉に政臣は答える。

「君たちは知らないだろうけれど、『始祖』が出現すると、捜索と討伐を目的とした選抜隊が編成される。彼女は多分、それに選ばれたんだろうね。彼女なら戦力的にも申し分ない。なぜ僕がそんなこと知ってるかって? 僕も五年前、その選抜隊に選ばれたからさ。

 思うに、そこで入れ替わったんでしょうな。『始祖』関連の情報は著しく制限されるから、選抜隊のメンバーも、当人たちを除けば一部の『総本山』幹部しか知らないからね。入れ替わるには格好の的だ。だって、殺す必要もなければ捕まえて監禁する必要さえない。外見と性格をトレースして潜り込めばいい。ね、簡単でしょう?」


 簡単かどうかはともかく、理屈は分かった。それに、さっき起きた現象と彼女の外見を見れば、目の前の女が見慣れた担任でないことも分かる。

 それに、数少ない『始祖』目撃証言から得られた、その外見的特徴。目を見張るほどに鮮やかな金髪。生まれてから一度も日の光を浴びたことがないのではと疑うほどに白い肌。そして、見る者すべてを射抜くかのような、紅い眼――。

 目の前の女は、あまりに特徴が一致している。


「じゃあ、彼女は本当に……」

「そう。彼女は『始祖』。我々『献血師』が千年間追い続ける宿敵、ということです」

 政臣はにやりと笑って金髪の女を見据え、いままでの砕けた態度とは打って変わった低い声で言った。

 最早、政臣の行動をとがめる者はいなかった。彼の行動はごく自然だった。敵を、攻撃したのである。そして、陽人がさきほど感じた異様な悪寒、あれは比屋定に変装した『始祖』を感じ取ったものなのだ。『始祖』は、陽人をわざと挑発したに違いない。

 彼らの視線の先で、敵は口元にかすかな笑みを浮かべたようだ。


「よく分かったわね。まさか、バレるなんて思わなかったわ」

 女――『始祖』の口から発せられたのは、調律の狂ったピアノのような、違和感の塊。およそ地球で発せられる言葉とは思えないような、圧倒的な違和感がある。

「いやなに、それほどのものですよ」

 政臣はまた軽い口調に戻って言った。


「最初に疑問に思ったのは、班の振り分けです。僕は玲衣子先生には会ったことはないが、話には聞いていますからね。そこから推察するに、彼女なら僕たち『純血十家』の当主を振り分けるだろうと思った。でもそうしなかった。僕たちを集めて、戦力を見極めるためです。それに、あなたは前回の『始祖』出現を三百年前と言いましたね? 残念だが、それは誤りだ。『始祖』はね、わずか五年前にも出現してるんですよ」

『始祖』は切れ長の瞳を細めた。

「なるほど、そうだったのね」

 陽人は眉をひそめた。

 なにか、いまの会話はおかしくないか? 『始祖』は五年前にも出現した。確かにそうだ。だが、なぜそれを『始祖』自身が間違える……? きっと、弥生たちもおなじ疑問を抱いたのだろう。困惑したような気配が伝わってくる。


「一応褒めてあげるわ。でも残念ね。確かに『求血鬼』は日光に当てるか、首を斬り落とせば死ぬ。でもね、私は首を斬り落とされても死なないの。私を殺したいなら、日光に当てる以外にはないわ」

 そう言って、また口元でほほ笑む。

「ああ、そうですか。それはいいことを聞いたな。諸君、メモをしたまえ。数百年ぶりに『始祖』に関する新情報だ」

 政臣が真面目腐った口調で言う。彼が本気なのか、それとも単なる冗談なのか、いまいち図れない。

「メモはともかく、舐められたものだな。この状況で、自分の弱点を明かすとは」

 弥生が『妖叨』を抜いた。陽人と司も、彼女と行動を同じくする。

「べつに大した問題じゃないわ。いままでは話す機会がなかっただけ。弱点を知ったところで、あなたたちには私を殺せない」

 たしかに、日光でしか殺せないのだとすれば、この状況では、勝機はゼロに近い。だが――。


「だからって、見逃す理由にはならないよ」

 司が言って、『妖叨』を握り締めた。

「そう。でもごめんなさい。私は一旦引かせてもらうわ。正体バレちゃったしね」

『始祖』が言った。ただ言っただけだ。にもかかわらず、彼女は絶対にそれを成し遂げる、という、確信を抱いてしまう。それでも、司は引かなかった。彼女はわずかな可能性にかけて、それでも戦おうとしている。陽人も、弥生も……。しかし、

「いや、止めたほうがいい」

 それを制したのは、あろうことか政臣だった。

「いまここで戦っても、勝ち目はない。引いてくれるっていうなら好都合だ。ぜひお引き取り願おう」

 そんな言葉を、なんでもないことのように続けるので、陽人たちはまた驚いた。


「なに言ってるんだ君は!? 『始祖』をみすみす逃すっていうのか!?」

「うん」

「どうして!?」

「さっき言ったじゃないか」

 ダメだ。話しても埒が明かない。こうなったら政臣抜きで……。

「山背!」

 弥生に名前を呼ばれて、弾かれたように前を見る。すると、『始祖』の体が半透明になっているではないか。


「くそっ!」

 毒づき、陽人は駆けだす。ムラマサを振りかぶって、勢いよく振り下ろした。しかし、それは虚しく宙を切っただけに終わった。

「あら、かわいい顔して血気盛んなのね」

『始祖』は口元に笑みを浮かべて言った。

「悪いけど、私はいま戦うつもりはないわ。そう心配しないで。さっきも言ったでしょ? 近いうちに、また会いに行くわ」

 その言葉を最後に、『始祖』の体は空気に溶けこむようにして消えてしまった。


「ふむ。どうやら帰ったみたいだね。では、疲れたことだし、僕も帰るとしようかしら。では諸君! これで失敬!」

 そう言うと、政臣は本当に帰ろうとするので、陽人は慌てて呼び止めなければならなかった。

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんです?」

 きょとんとした顔で言われ、陽人は混乱する。

「本当に帰る気かい?」

「帰りますよ」

 政臣はあっけらかんとして言った。


「これ以上ここにいても仕方ないからね。それに、さっきも言ったけれど、僕はひどく疲れているんだ。はやく帰って寝たい」

「彼女が『始祖』だっていうなら、はやく見つけ出して斃さないと、どんどん犠牲者が増えるかもしれないじゃないか!」

「大丈夫。彼女はいたずらに犠牲者を出すほど馬鹿じゃありません。それに消える寸前に言っていたでしょう。ご丁寧に二回も。〝近いうちに、また会えるから〟ってね。時が来たら、むこうから接触してきますよ」

「そんな保証はないじゃないか!」

「彼女がいたずらに人間を『求血鬼』にしたり、また襲う保証だってない」

「そうだけど……」

「大丈夫だよ。賭けてもいい。彼女は人間を『求血鬼』にすることもないし、食事もしないさ」


『求血鬼』の食事については、大きな個体差がある。弱い『求血鬼』ほど多く食事をする。理由は単純で、燃費が悪いからだ。だから頻繁に食事をする必要があり、結果、『献血師』に討伐される可能性も高い。

 逆に強力な力を持つ『求血鬼』は燃費がいいために滅多に食事をとらない。また、少量の食事で十分済む。『求血鬼』のなかでも強大な力を持つ『始祖』ともなれば、滅多に食事はとらないだろう。それを考えると、たしかに被害の心配は必要ないかもしれないが……。


「だからって、野放しにしていい相手じゃない」

「野放しにするなんて言ってない。時期が来るまで待とうと言ってるんだ」

「おなじことだよ」

「そうかな。ま、そう思うなら探してみればいいさ。さっきのとおなじ姿をしているかも分からない、どこにいるかも分からない、分からないものを探すなんて、徒労だと思いませんか」

「……」

「そういうことです。では諸君! 今度こそ失敬! またお会いしましょう!」

 元気よく言うと、足早に教室を出て行ってしまった。


「やれやれ、なんとも自由なやつだな」

 弥生が『妖叨』を収め、ちょっと疲れたふうに言った。

「そうだね。ずいぶん変わった人だ。でも山背くん、珍しいね。君があんなに食い下がるなんて」

「うん……そんなつもりはなかったんだけど。なんていうか、どうも彼とは……合わない」

「それはよく分かる。私もそうだからな。悪いやつではないと思うが……」

「どうしたの、深陰ちゃん? さっきから元気ないみたいだけど」

 司が心配そうに訊いた。そうだ、深陰の様子はずっとおかしい。正確に言えば、今日の夜からだ。今朝会ってから、別れるまでは、いつもと様子は変わらなかったのに。


「うぅん、なんでもない。ありがとう司ちゃん。私、今日はもう帰るね」

「う、うん」

「深陰!」

 陽人に呼び止められ、深陰は振りむかずに答える。

「なに?」

「……大丈夫かい?」

「なにがよ」

「なんだか、苦しんでるように見えたから……」


 このとき、心の底では陽人は期待していたのだ。いつものように、余計なお世話だと怒られるのではないかと。しかし、

「べつに、大丈夫よ」

「……そう。ならいいんだ」

 陽人は一度そこで言葉を切った。なにかを考えるような仕草を見せるが、深陰がふたたび歩き出したのを見て、

「深陰! 困ったことがあるならなんでも言ってくれ! 必ず、力になるからさ」


 せき込んだように言う。しばらく立ち止まっていた深陰だが、結局答えることなく、教室を出て行った。

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