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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第弐章 転校生〝五条政臣〟③

 古来より存在し、その名の通り、血を求めて人間を襲う『求血鬼』。


 彼らは日の光に当たると肉体が崩れ落ちて死に至る。それ以外では、『妖叨』で首を斬り落とす以外に斃す方法はない。『四鬼神』となれば日の光を克服できるが、そうしないものは多い。理由は簡単で、自由気ままに行動するのが、『求血鬼』の本質だからだ。そのため、彼らは日が完全に落ちた夜にしか現れなかったのだ。数百年前までは。


『求血鬼』にとって血液は食料であり酸素でもある。血液中にあるこの世に存在するための根幹の力、『霊力』を得ることで存在し、また不可思議な術をつかうことができる。

 人間に憑依し、社会に溶け込みながら〝食事〟をする『求血鬼』もいるが、その場合も、日に当たれば死ぬことに変わりはないので、夜にしか活動はできない。


 しかし、およそ三百年前、『求血鬼』が開発した術によって、状況は一変する。

『求血鬼』が開発したのは、『断空』と呼ばれる領域だ。自身を中心として、任意の大きさの結界を張る。その内部は外界から隔絶され、晴れることのない闇に覆われ、日の光を通さない。そこに干渉できるのは、おなじ霊力を操る『献血師』のみ。


『断空』の開発によって、『求血鬼』は昼夜を問わず出現するようになり、被害者の数は跳ね上がったと言われている(『求血鬼』に血液を吸われた人間は灰になって消えるため、正確な人数は不明)。

 ただし、術である以上、『断空』発動には霊力を消費する。消費した以上の血液を吸わねばならないので、食事中に多くの『献血師』を呼び寄せる場合もある。そのため、『断空』を使うのは、いずれも『献血師』でさえ手をやく強力な力を持つ『求血鬼』たちだった。

 つまり、『断空』発動は一種の宣戦布告でもあるのだ。〝俺はここだ。討伐してみろ〟。やつらはそう言っている。


「と、君たちは授業で習ったのかしら」

 女(?)が言った。見た目は女である。顔だちを見るに、東洋人であることは確かだが、その髪は鮮やかな金髪だ。長く伸びた足をパンプスで覆い、丈の短い漆黒のスーツドレスを見事に着こなしている。

「いいこと教えてあげるわ。それはね、半分正解。もう半分は……」

 そこで女はヒールで地面を踏みつける。

「これを、見せつけるためよ」

 一筋の光もない、漆黒の空間。そこに、金色の複雑な紋章が浮かび上がった。


「私たちはね、『断空』をわざと使ってあげてるのよ。だって、そうしないと、あなたたちは私たちが血を吸い終わるまで気づかないんだもの。だから、學校に帰ったらちゃんと先生に教えてあげるのよ。生物として、いったいどちらが優れているのか。まあ」

 そこで一度言葉を区切ると、視線を下にむけて続ける。

「もう聞こえてないでしょうけど」

 彼女の眼前には、倒れ伏した少年少女が五名。全員黒の皮の上下を着ている。献血師學校の生徒たちだった。

「じゃあ、そろそろ吸わせてもらいましょうか」

 ヒールの音が静かに木霊した、その時、

「!」

 漆黒の結界を炎の矢が突き破ってきた。彼女はそれを素手でつかみ取ると、軽く力を込めて真っ二つにへし折った。


「死ね、『求血鬼』」

「あらあら、ご挨拶ね」

 軽口をたたく間に、深陰は二の矢を放つも、それは難なくかわされる。

 ならばと体術で挑むが、いとも簡単に組み伏せられる。

「ずいぶんせっかちなのね。自己紹介位させてくれてもいいんじゃないかしら」

 女は呆れたような口調で言った。軽口にも深陰はまったく耳を貸す様子はない。それを見て、女は面白そうに鼻を鳴らす。


「じゃあ、自己紹介の代わりにあなたの心の中を言い当ててあげる」

 わざとらしく考えるそぶりを見せると、ふいに思いついたように言う。

「あなたはいまイラついている。なにに、というよりは、近しい誰かに。そしてそれ以上に自分自身にもイラついている。さっきからの戦いぶりは私に八つ当たりをしているだけ……どう? 当たってる?」

「黙れ」

「あら怖い」

 女が喉の奥でせせら笑ったときだ。ふたたびの乱入者。そいつは刀を振り下ろしながらまっすぐに突っこんできた。


「深陰から離れろ!」

 彼……陽人の攻撃は、しかし空しく宙を切る。

 飛びのいて攻撃をかわした女だが、ヒールを履いているにもかかわらず一切バランスを崩さない。

 それとほぼ同時、政臣、弥生、司の三人も追いついてくる。

「深陰、大丈夫かい?」

 陽人に手を差しのべられ、一瞬手を取ろうとした深陰だったが、

「大丈夫よ。いらない」

 結局一人で立ち上がった。

 ――よかった、大丈夫そうだ。

 内心息を吐き、そこで陽人は倒れたクラスメイトに目をやり、あることに気がついた。


「そう、どうやら大したけがもないようだし、君なら大丈夫でしょう。しかし、彼女を一人で相手にするのは、大丈夫ではないようだ。しかし、恥じることはありません。ここから見ているだけでも十分分かる。強いですよ、彼女は」

 政臣が一歩前に出て言った。心なしか、うれしそうに見える。

「あら、うれしいわね。そんなに手放しでほめられたのは初めてだわ」

「それはそれは。みんな見る目がないんですな」

「そういうあなたこそ、かなりやるみたいね。歴代最強なんでしょ? 『純血十家』の五条家……」

「まったく今日はなんて日だ!」

 政臣はいきなり悲鳴のような、途方に暮れたような声をあげた。


「一日に何度もおなじようなことを言う羽目になるとはね! 歴代最強? 『純血十家』? くだらない! 特に歴代最強。これほどくだらない言葉はない。過去の人間と比べて『はい、君が一番です』と言われたところで、それがいったいなんになるというのだろう! ほかの家でも歴代最強と言われている人はいる。例えば深陰さん。彼女もそうだ。では、五条家歴代最強の僕と蘆屋家歴代最強の深陰さん。僕らはいったいどちらが強いのだろう? しかし、こういった疑問は『ホームズとポアロはどちらが頭がいいのか?』というくらいバカげた疑問であります! こんな禅問答をしかつめらしく議論しているから彼らはいつまで経っても……」


「政臣!」

 演説を遮ったのは弥生だった。その声はすこし上ずっている。

「いまはそれどころじゃない! はやく彼らの治療を……」

 片膝をついて倒れた生徒たちの傷を確認しようとする弥生だが、

「いや、林道さん! それなら大丈夫だよ。これは多分……」

「そう、そのとおり! 彼らは大丈夫です。さすがは陽人君。やっぱり気づいていましたか」

「ど、どういうことだ?」

 眉をひそめる弥生のまえで、倒れていた五人の生徒たちは灰になってしまった。

 いよいよ怪訝な顔になる弥生だが、つぎの瞬間、顔色が変わった。


「まさか……!」

「違うよ。血を吸われたわけじゃない。彼らは本物じゃないんだ。これは身代わりだ。多分、比屋定先生が事前に渡してたんだ。僕ら以外にね」

「そんなところだろうね。クラスメイトの諸君は、僕ら以外は教室に帰っているはずだ。多分この様子をテレビで見てるんじゃないかしら。ほら、小型カメラが埋め込まれてる」

 政臣は灰の中から小型カメラを取り上げた。

「玲衣子先生は初めから分かっていたんだよ。彼女の狙いが僕たち『純血十家』の当主だとね。だから彼女は班を振り分けなかったんだ。彼らを逃がして、僕らを餌にするために」

 政臣が元も子もない言いかたをした。

「でも、なんでそんなことが……」

 司が言った。


「昨日から行方不明者が出ているという話があったね。その行方不明者だけど、全員『献血師』らしい。この手の情報は厳しく制限されるから、限られた人間しか知りえないけれど、苟も僕は『純血十家』の一角だからね。ちょっと調べたらすぐに分かった。君たちも帰ったら調べてみたまえ」

「山背も気づいていたのか?」

 弥生が訊いた。

「うん。近辺で連続して行方不明者が出たっていうのが気になったんだ。普通『求血鬼』はおなじ場所で何度も人を襲わない。ちょうど一発撃ったらすぐに場所を移動するスナイパーみたいに、遠くに逃げる。そうしないと『献血師』に見つかる可能性があるからね。なのに、連続して行方不明者が出た。だから思ったんだ。『献血師』を襲って僕たち当主や、『総本山』の人たちを誘ってるんじゃないかってね。

 林道さんたちが知らなかったのもムリないよ。ここは地元じゃないから、行方不明者の情報は知らなかったでしょ」

「そう。そこも問題です。県を跨げば『献血師』の情報は共有されない。まったく、バカげた縄張り争いだ」

 余計なことを付け加えたのはもちろん政臣だ。


 ぱちぱちぱちぱち、という空しい拍手の音。それは女によるものだった。

「お見事。正解よ」

「恐縮です。ぜひいまのお気持ちを伺いたいですな」

 そう言って政臣はカメラをむけた。

「そのカメラ壊れてなかったのね。壊せたと思ったんだけど」

「ご自分が自信があるときほど疑ってかかったほうがいい。逆に自信がないときのほうがよくできていたりするものです。ま、僕はあらゆることをそつなくこなしてしまうのですがね」

 今度は自分にカメラをむけて言う。

 ちなみに、カメラはしっかり壊れていた。これはただ煽っているだけである。


「大した自信ね。疑ってかかったほうがいいわ」

「ご忠告どうも。しかしなかなか大胆不敵です。仮にも五対一。いったいどちらが有利なのか……」

 政臣の言葉を遮るように、女に先制攻撃を仕掛ける者がいた。髪から火の粉を散らし、弓を引く少女――深陰だ。

「深陰!?」

 陽人が驚いたような声をあげた。

 はたして、その攻撃は届かなかった。さきほどと変わらず、素手でいとも簡単に止められる。

「仕事熱心なのは結構だけど、これじゃあね」

 軽く力をこめると、弓はふたたび真っ二つに折れた。

「何度やっても、私には届かないわよ」


 女はいとも簡単に、深陰の攻撃をかわし切っている。だが、おかしい。いくらなんでも、簡単すぎる。そのはずだ。さっきの攻撃は、まるで霊力がのっていなかった。それでは『求血鬼』が倒せるはずはない。戦いに集中できていないのか? なぜ? 普段の深陰では、絶対にありえないことだ。

 そのとき、陽人の思考をさえぎるように、政臣が行動した。

「ではこれはどうでしょう」

 なんでもないことのように、まるで天気の話でもするかのように言うので、最初女は、なにが起こったのか理解できなかったに違いない。

 政臣が抜刀し、軽くひと振り。その瞬間、女の天地が逆転した。首を切り落とされたのだと気づいたのは、首が地面に落ちてからだった。

 彼女だけではない、陽人も深陰も、弥生も司も、なにが起こったのか理解できずにその場に立ち尽くしてしまった。


「おや、この程度の攻撃で落とせますか。所詮は〝身代わり〟ということかな」

 ただでさえ状況が呑み込めないのに、そんなことを言うので、陽人たちはいよいよわけが分からない。

「ちょっと待った、政臣君! 身代わりって……」

「気づいてなかったのかい? 彼女は本物じゃない。君たちも知ってるだろう? 『求血鬼』のなかには……」


『政臣君』

 政臣の言葉を遮り、比屋定の言葉が冷たく響いた。

『無駄口は結構です。終わったなら速やかに撤収しなさい』

 それは灰になった生徒たちの身代わりから聞こえてくる。それは灰に埋もれたスピーカーからだった。政臣はそれを取り上げると、

「これはこれは玲衣子先生! ご無沙汰しております! しかし無駄口? 僕は無駄口なんて聞きませんよ。これはとても重要なことだと思いますがね」

『戻りなさい。以上』

 それを最後に通信は一方的に切られてしまう。


「やれやれ、困ったものだ」

 政臣はわざとらしく肩をすくめると、

「そういうわけです、もう我々は帰らなくちゃいけません。念のために訊きますが、本物のあなたはいまどこにいるのでしょう」

「さあ、どこかしらね。あいにく土地勘がないものだから、分からないわ。でも安心して。近いうちに、また会えるから」


 女は地面に落ちた顔で不気味に笑う。灰になって消えてからも、その声は『献血師』たちの耳に残り、なかなか消えてはくれなかった。

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