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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第弐章 転校生〝五条政臣〟②

「皆さんどうも初めまして! 只今ご紹介にあずかりました、政臣と申します!」


 教壇に立った少年は、さも大物のような口をきいた。

 ご紹介にあずかりました、と言ったが、べつにだれも紹介などしていない。彼は比屋定が「彼が転校生のごじょ」まで言ったところで、焦ったようにさっきの言葉を言ったのだ。


 この瞬間、クラスの気持ちは一つになる。

 ――あれ、もしかしてこいつ変人じゃね?

 そんな疑問が彼らの胸の内に生まれたのである。

 最初はあっけにとられた陽人だが、すこし経ってあることに気づく。

 転校生の五条政臣という少年……背が高く堀の深い顔立ちをしているくせに、一癖も二癖もありそうな……こいつはたしか……。


「あ、君、職員室の……」

 思い至った陽人は声に出してしまったが、彼はすぐにこのことを後悔することになる。

「おや、君でしたか! その節はどうもありがとう!」

 政臣の言葉にクラス中の視線が陽人に集まる。しまった、目立ちすぎた。

「山背、知り合いなのか?」

 後ろの席に座っている弥生がひそひそと訊いてくる。

「いや、知り合いってほどじゃ……」


「君のおかげで職員室を見つけることができました! いや、あのままじゃいつまでもぐるぐると堂々巡りをするところだった。人間というものは権威に弱い生き物です。だからこの學校は見せつけるように校舎が大きい。しかし、相手を威圧するためだけに振りかざす権威など、道端に捨てられたたばこの吸い殻のようなものだ。だれの目にも入ることなく、吹けばたちまち飛んでいくようなつまらない存在……」

 などと、また演説が始まったので、陽人はそれを打ち切らせようとつい口をはさんでしまったのだが、

「あの、五条く……」

「苗字というものは単なる記号です!」

 政臣がまた焦ったように大声で言ったので、クラス一同ビクッとしてしまった。


「そもそも苗字というものは、明治に入るまでは大名や武士といった一部の人間にしか与えられない言わば〝称号〟のようなものでした。しかし、よせばいいのに明治政府が一般市民にも苗字を決めることを義務付けたものだから、我々の名前のまえには常にいの一番ろの三番といったくだらない記号がついて回るようになってしまいました。しかし、そんな記号には石ころほどの価値もないのであります!

 それに加え、僕は名前でも苦労している。僕の名前は『かずおみ』だが、よく『まさおみ』と読み間違えられる。名前一つでここまで辟易させられるとは、まったく難儀な話だ。ですから皆さん、どうか僕のことはお気軽に〝政臣〟とお呼びください」

 演説をやめさせようとしたのにまた演説が始まってしまった。なんなんだこいつは。ちょっとどころか、かなり、いや、超かなり変なやつ。


「政臣君」

 比屋定が冷めた声をだした。

「なんでしょう、玲衣子先生!」

 玲衣子、というのは比屋定の名前である。なぜ当たり前のように名前で呼んでいるのか、陽人は一瞬疑問に思ったが、さっきの演説を思い出した。

 苗字は記号だからそんなものには価値はないとか、自分のことも名前で呼んでくれとか言っていた。ひょっとしたら、お互いに名前で呼び合うことを望んでいるのかもしれない。


「演説はもう結構です。あなたが問題児ということは十分伝わったでしょうから、さっさと席につきなさい」

「これは失礼! お時間を取らせて申し訳ない。演説をしていたつもりはありませんがね。しかし僕が問題児? 僕は問題児でしたか」

「当然でしょう」

 ぴしゃりと言う比屋定。相変わらず一切の感情が消えた能面のような顔をしている。いつも陽人たちはこれに気圧されるのだが、政臣はすこしも気後れした様子はない。


「ふむ、そうでしたか。それは重ね重ね申し訳ない。では大人しくすることにしましょうか。ところで、僕の席はどこです?」

「蘆屋さんの隣が開いているでしょう? そこへどうぞ」

「恐縮です」

 つかつかと歩いていくと、昨日までは陽人の席だったところに腰を下ろす。

「やあ、深陰さん。これからどうぞよろしく」

 にこやかに挨拶をする政臣。握手の手まで差し伸べるが、しかし深陰は一瞥もくれることはない。

 このときの陽人は、変人とは話したくないのかな、などと、他人ごとのように考えていた。




 献血師學校の生徒は大きく分けて二種類いる。

 一つは『総本山』による試験を受けて合格した外部受験者たち。

 もう一つは、元々『献血師』の家系にいた試験免除組。

『純血十家』の当主である陽人たちは、もちろん後者だ。


 もっとも、試験と言ってもそんな大層なものではない。簡単な筆記試験や素行調査、親族の調査などを行うだけだ。慢性的な人手不足に悩まされている組織が、選り好みなどしている場合ではない。〝歴史ある『献血師』〟が、なんとも世知辛いことである。


 授業内容は二種類あり、『献血師』の歴史を学ぶ筆記と、実技……なのだが、筆記のほうは一年時の最初の一か月で終わる。あとはひたすら実技、そして申し訳程度の通常授業という芸のないものだった。

 とはいえ、歴史を学んだところでさほど意味はないだろう。知っているのといないのとでは多少の違いはあるだろうが、勝敗を左右するほどのものでもない。そもそも人手が足りていないのだから、一日でもはやく実戦投入したくて仕方がないのだと思う。


「本日は演習ではなく、実践訓練を行います」

 教壇に立った比屋定は切り口上に言った。

「昨日の夜から連続して行方不明者が出ていることは、ご存知の方もいますね?」

 陽人は、『総本山』のデータベースで調べたことを思い出す。ここで比屋定が言うということは、今朝の段階では〝可能性〟にすぎなかったが、〝確定〟したということだろう。また、犠牲者が出たのだ。

 陽人が気になっているのは、〝連続して〟という部分。そこも調べた結果、予想は当たっていた。ということは、敵の狙いは……。


「五人組で街へ出て、会敵次第、討伐してください。以上」

「おや、そんなことがあったのですか。僕はいま初めて知りましたよ」

 政臣がさも驚いたように言った。

「しかしなんですな。玲衣子先生、もうすこし具体的な指示を出されたほうがよろしいのでは? ざっくばらんも過ぎると混乱を招きかねません」

「これ以上申し上げることなどありません。そもそも、一年以上この學校に在籍し、この程度のこともできないようならここにいる資格はありません」


 比屋定には取り付く島もない。

 この學校に生徒が集まらないのは、比屋定の性格が災いしているのかもな、と陽人は思った。

「なるほどね……ま、一理ある」

 ひょいと肩をすくめてみせると、政臣はいきなり立ち上がってパンと手を叩いた。

「そうと決まれば、ここに長居する必要はありません! 諸君、さっそく『求血鬼』を斃しに行こうじゃありませんか!」

 転校生を無視し、生徒たちは立ち上がると、五人組を作っていく。さて、僕はどうしようかな、と腰を上げた陽人に話しかける少年が一人。


「やあ、陽人君。よければ僕たちと組みませんか」

「や、やあ、ごじょ」

「政臣です!」

「あ、うん……政臣君」

「そう。ぜひそう呼んでください。それで返事は?」

「そうだなあ……」

 正直、この変人とはあまり関わりたくない。しかし、せっかくクラスメイトになったわけだし、あまり無碍に扱うわけにも……。


「ん? 僕たち?」

「そう。僕と深陰さんと組んでくれないかな?」

 そう言った政臣の後ろにはたしかに深陰の姿があった。仏頂面で突っ立っている。いや、仏頂面はいつものことだが、なんだろう、いつもとはすこし違う気がする。

 それも気になるが、深陰とこの変人を一緒にしたくない。だがもう組んでしまっているようだし、それなら自分が一緒になるしかない、というような言い訳を脳内で垂れ流し、

「そうだね。せっかくだし組もうか」

「そうこなくっちゃね!」

 政臣は嬉しそうに言ったかと思うと、

「よければあなた方もどうです? お二人は彼らとはご友人なのでしょう?」

 すこし離れた場所にいた弥生と司に声をかけた。


「む? 私たちか?」

 ポーニーテールを揺らして振りかえった弥生は、怪訝そうに政臣を見た。

「そう、君たちです。よければ我々と組みませんか。あと二人足りないんだ」

 つかつかと歩みよりながらにこやかに勧誘する政臣。二人は口をつぐんで顔を見合わせる。警戒しているのが離れていても分かる。無理もない。つい十数秒前の自分もそうだった。警戒しているのはいまもそうだが。

 周りを見回しているようだが、残念ながらもう他はチームを組んでしまったらしい。というより、みんな政臣を警戒してさっさと組んでしまったようだ。この短時間で、不特定多数の人間にここまで警戒されるとは、ある意味すごい。これも一種の才能だな、と陽人は思った。


「うむ、そうだな。せっかくだ。よろしく頼む」

「よろしくねご……政臣くん」

 苗字を言いかけた瞬間、政臣の雰囲気が変わった。司はこれを動物的勘で察知。とっさに名前で言い直す英断である。

「こちらこそ! どうぞよろしく司さん!」

 うれしそうに手を差し出す政臣だが、受ける司は苦笑いである。


「いや、今日はじつにいい日です! 僕はここに来るまえ、ある組織に所属していましたが、そこではなぜか変人のレッテルを張られていた。だから今回も不安だったのです。ここでもそうなるんじゃないかってね。しかし、それは杞憂に終わったようだ。こんなにも多くの友人に囲まれて、僕は幸せ者です!」

 いったい、いつから友人になったのか。信じがたいことに、政臣はどうやら本気で言っているようだ。友人じゃないとはとても言えない雰囲気である。

「それに、深陰さん。あなたにもこうして会えたことですしね」

 そう言って深陰に視線を走らせた。が、深陰の目は政臣を見ていない。虚空をむいている。

 陽人は眉をひそめる。深陰の様子はさすがにおかしい。さっき会ってからずっと様子が変だ。これはいったいどうしたことだろう。


「みか……」

「では諸君! 人数も揃ったことですし、そろそろ行くとしようじゃありませんか! ほかの皆さんはもう出かけてしまったようだからね」

 陽人の言葉は政臣に遮られ、深陰に届くことはなかった。

 出遅れたのはおまえの演説のせいだろ、という弥生と司の思いもまた、政臣に届くことはなかったのである。




 期せずして『純血十家』の当主である陽人たちが手を結んだわけだが、それを口に出す者はいなかった。それは、その肩書を持つがゆえに、彼らが一種の〝縛り〟を受けてきたからである。


 彼らは昔から〝『純血十家』の当主だから〟と求められることが多かった。ほかの『献血師』ができることはできて当然。できなければ、たちまち〝当主なのになぜできないんだ〟と叱責が飛んでくる。両親から言われることもあれば、外部の『献血師』から言われることもある。

 陽人の場合がまさにそれだった。彼の同年代の『献血師』には歴代の当主と比べても、優秀な者が非常に多く、常に比べられてきた。とくに、幼馴染である深陰は〝蘆屋家歴代最強〟と言われている。端的にいって、陽人は彼らに比べて力が劣っている。それを補うために、陽人はムラマサと契約したのだ。


〝影〟から出た彼らは、住宅街を歩いていた。時刻は七時半過ぎ。人通りはまばらだが、時々仕事帰りのサラリーマンや、部活帰りや塾帰りと見える学生の姿がある。


「陽人君、玲衣子先生はいつもああなのかい?」

「ああって?」

「さっきも言ったが、指示がざっくばらんすぎる。分かりやすいのは結構だが、いくらなんでもあれじゃね。僕らはともかく、『総本山』の試験を受けて學校に入学した人たちもいる。そっちのほうが圧倒的に多いんだ。普段から兵隊が足りない足りないと嘆いているくせに、せっかく集まった兵隊を無駄死にさせるなんて支離滅裂だと思わないか」

「まあ、ね……」

「せっかく『純血十家』の当主が五人もいるんだ。普通なら僕らを各班に振り分けるべきだ。というより、彼女なら必ずそうすると思っていたんだけどね。予想が外れてしまった。人を見る目はそこそこあると思っていたんだけどな。皆さんどう思います?」

 政臣は今度は陽人以外に尋ねた。


 彼はいま陽人たちとおなじ黒の皮の上下を着て、その上から黒いコートを着ている。これが献血師學校の制服である。その腰には一振りの刀が下げられていた。その柄の先端には、一つの鈴がついている。

 ただし、深陰がいま着ているのは巫女装束だ。そのことから分かるとおり、蘆屋家は『献血師』の世界において巫女として活動している。その役割は、人間に憑依した『求血鬼』を祓うことだ。

 ムラマサは現在、『妖叨』となって、陽人の腰に下がっている。深陰の背には弓、弥生と司の腰にも刀。昼間とは打って変わった仕事モードだ。


「う、む。そうだな」

 だれも答えないと思ったのだろうか、弥生がゆっくり言う。どうやら、なにを言うか考えるまえに発言したらしい。彼女は気まずい沈黙が嫌いなのだ。

「たしかに、比屋定先生らしくない。いつものあの人なら、君が言うように班を編成しただろう。だが、意味のないことはしない人だ。だからこれにも……」

「なにか意味がある、と。ふむ、なるほどね。では、どんな意味があるだろう、たぶん可能性は二つばかり考えられる」

 と、政臣は指を二本立てて言った。

「一つ、もう二年目なことだし、彼らでも五人集まれば兵隊としての戦闘力が備わっていると思ったか。

 二つ目。じつを言うと僕はこれだと思っているんだけど、敵の狙いを集中させるため」


「集中させる?」

 司が眉をひそめた。

「どういう……」

 と、そのときだった。

 弥生の言葉を遮るようにして、ズン、とまるで重力が増したかのような感覚が陽人たちを襲った。

「これは……」

 身を強張らせる陽人たち。そんな中、対照的にうれしそうな声をだす少年が一人。


「どうやら来たようですね! しかも夜だというのにご丁寧に『断空(だんくう)』を張っている。どうやら相当な自信家のようだ。おそらく我々を誘って……」

 政臣の言葉を遮るように、あるいはまったく無視して行動を開始したのは深陰だった。地面を蹴って高く跳躍する。彼女の赤みがかった茶髪からは、わずかに火の粉が尾を引いている。人家の屋根から屋根に飛び移り、あっという間に視界から消えてしまった。


「おやおや、真っ先に飛んでいくとは仕事熱心な人だ。さすがは深陰さん! これは後れを取るわけにはいきません! では諸君、我々も行くとしましょうか」

 そう言って政臣は深陰のあとを追う。陽人たちも深陰に続くが、なにか奥歯に骨が挟まったような、そんなものを陽人は感じていた。

 さすがは深陰さん? 会って間もない君が、いったい深陰のなにを知っているっていうんだ?


 頭にはそんな言葉が浮かんでいたが、そんなこと、もちろんこの状況で言えるはずもなかった。

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