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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第壱章 彼と彼女の〝日常〟②

〝防衛省付属献血師學校(ぼうえいしょうふぞくけんけつしがっこうほんこう)本校〟。


 それが、陽人たちが通っている夜間学校の名前である。

 名前の通り、『献血師』を育てるための學校だ。古来より、人々を脅かしてきた『求血鬼(きゅうけつき)』。それらに対抗するために存在する『献血師』もまた、古来より存在している。しかし、それに対し、學校の歴史はそれほど長くない。まだ七十年ほどである。陽人たちは、その二年生だ。

 クラスに入ると、すでにクラスメイトたちの姿がある。ただし、数はそれほど多くない。十数名だった。その中の一人が、陽人たちの姿をみとめると、親しげに話しかけてくる。


「みんな、いっしょだったんだね」

「やあ、(つかさ)。こんにちは」

 弥生が言った。

「こんにちは」

 司と呼ばれた少女が律義に挨拶する。

 彼女の名前は十六夜(いざよい)司。陽人たちの友人である。

 すこし日焼けした肌の少年らしい少女だった。〝かわいい〟というよりは〝カッコいい〟という言葉の似合う少女である。


「あれ、山背くんは元気ないね。どうかしたの?」

 その横では、深陰は機嫌が悪そうな顔をしているのだが、それには触れないあたり、彼女は陽人よりも空気が読めている。

「いや、べつに元気だよ」

蘆屋(あしや)とすこしやらかしただけだ。気にしなくていい」

 弥生が横から口を挟まれ、陽人は気まずそうに口をつぐんだ。

「それでムラマサちゃんが静かなんだね」

 司が苦笑いで言った。

 彼女の言葉どおり、ムラマサはいま陽人の後ろに隠れてしまっている。


「まったく、二人にも困ったものだな」

「だって深陰が……」

 と思わず口を開いてしまったのが、陽人の運の尽きだった。

「私が? 私がってなに! さっきケンカ売ってきたのはあんたじゃない!」

「深陰が不機嫌だったから、そっとしとこうって言っただけじゃないか!」

「私はべつに不機嫌じゃない!」

「不機嫌じゃないか現在進行形で!」

「あんたが絡んでくるからね! いま不機嫌になったの!」

「またそれか! いい加減にしてくれ!」

「それはこっちのセリフよ!」

 二人の言い争いは、否応なしにクラスメイトたちの視線を集め……たりはしなかった。彼らには驚いている様子はない。彼らにとって、二人のケンカなど恒例行事。感覚が鈍っているのである。


「なんの騒ぎですか」

 突然、低い声が聞こえた。

 一同はびっくりして声のしたほうを見る。そこには一人の女性が立っていた。身長は決して高いほうではないが、小顔ゆえの八頭身。まつげが長く、肌が白いために唇は朱を引いたように赤い。

 比屋定玲衣子(ひやじょう れいこ)

 彼女は陽人たちのクラス担任である。


「廊下まで声が響いていました。なにをしているのです?」

 比屋定がロボットのように無感情で、無機質な声で続けた。

「そ、それは……」

 陽人はまた言葉につまった。切れ長の、感情の宿っていない水晶のような瞳が陽人と深陰を交互に見た。そして静かな口調で言う。

「全員席に着きなさい。HRを始めます」




 この學校は、人間たちの世界には存在しない。人間界とは別の空間に作られた學校だ。

『献血師』の歴史は古く、すくなくとも平安時代にまで遡る。現存する資料で、一番古い資料が千年前に記されたものだからだ。

 突如現れ、人間を襲い始めた『求血鬼』。彼らが求めていたのは人間の血液――正確に言えば、その中に含まれる生命の根源となる力――『霊力』である。彼らにしてみれば〝生きるため〟であるが、当然両者の間では戦いが起こる。


「あなた方は、自覚が足りないようですね」

 無機質な目が二人を見る。

「よくも毎日毎日、このように無意味で、バカげた争いができるものですね。呆れを通り越して感心します」

 しかし、彼女の声色には呆れも関心も宿ってはいない。顔もまた、能面のようであり、一切の感情は見受けられない。なので普通に怒られるよりも威圧感がある。端的に言うと超コワイ。

「何度も申し上げているはずです。あなた方は『純血十家(じゅんけつとおけ)』の当主なのだから、本来、生徒たちの模範となるべき存在だと」

「はい……」

 陽人はうつむきながらか細い声で言った。

 深陰は顔をそらしすこしぶっきらぼうな口調で、

「すみません」

 と言った。


『純血十家』――古くから『献血師』として活動する十の家系で、陽人と深陰はそれぞれ当主を務めていた。

 集まった生徒は合わせて二十人ちょうど。

 それが、陽人のクラスの総数だった。

 少ない、と感じるかもしれないが、これでも多いほうらしい。

『献血師』の家系にいる陽人には、入学前からこの學校のことはいくつか知識があった。

 その一つが、入学者……というより、そもそもの受験者がすくない、という点だ。

 理由は単純で、それはひとえに『献血師』という職業があまりに危険だからだ。

 人間を襲う怪物と戦う……文字どおり命がけの仕事。そんな仕事につこうとする物好きはそうそういない。なので、せめてもの救済としていくつかの〝特典〟をつけてはいるのだが、閑散とした教室を見る限り結果はふるっていないようだ。ほかの業界がそうであるように、『献血師』もまた、慢性的な人手不足に悩まされているのである。


 ――まあ、当然だよな。

 比屋定に叱られておいて、陽人は他人ごとのように考える。

 受験者自体が少ないのだから、落とされることも滅多にない。例えば、身体能力があまりに劣っているとか、そういった理由だが、そんな人間はそもそも受験しないので、毎年ほぼ全員が合格することとなる。が、「募集してこれしか集まりませんでした」では格好がつかないので、定員を設けている。極めて少なめに。陽人が入学した年は二十。ちなみに受験者は二十二人だった。入学者が一桁のときもあったそうだから、たしかに数自体は増えている。しかし、なんともわびしい成長だった。


 いちおう、『献血師』という仕事にも、前線で戦う以外に裏で行う仕事もあるにはあるが、そちらで合格、ということになったりはしない。これも理由は単純で、彼らが求めているのは常に兵隊だからだ。

 ――そんなことだから人が集まらないんだよな。

 などとまた考える。叱られている自覚があるのかないのか、まったく吞気なものだ。


「口で言うだけなら幼稚園児にもできます」

 比屋定はぴしゃりと言った。いつものことだが、彼女の言いかたには情け容赦が一切ない。

「もう何度訊いたか分かりませんが、なぜそうケンカばかりするのです?」

「「それは深陰(陽人)が……」」

 ハモった。

 二人はまるで示し合わせたかのように同時に向き合う。


「私が!? 私がなんだっていうの!?」

「いつもケンカ売ってくるじゃないか!」

「あんたついさっきのこともう忘れたの? さきに売ってきたのはあんたでしょ!」

「だから深陰が不機嫌だから……」

「だからそれが売ってるって言ってんの! それに私は機嫌悪くなんてない!」

「それはどうかね!」

「なによ!」

「なんだよ!」

 トン、という、ちいさな、しかし妙に響く音が教室に静かに浸透していく。それは、比屋定が人差し指で教卓を叩いた音だった。


「動物園じゃあるまいし、教室で大声をきくことになるとは思いませんでした」

 冷めた声に冷めた瞳、そして無表情。二人は裸で南極に放り出されたかのような気持ちになる。

「ではこうしましょう」比屋定は言った。「あなた方で、模擬戦をしなさい」

「も、模擬戦ですか……」

 陽人はつぶやくような声で言う。

 対照的に、深陰は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「勝負あったわね。いまのうちに捨て台詞でも考えときなさい」

「や、やってみなきゃ分からないだろ!」

「静粛に」

 歴戦の裁判長のように、比屋定は言った。それだけなのに、すさまじい威圧感だった。

「なにか勘違いをされているようですね。模擬戦をするのは、あなた方二人ではありません」


「え?」

 陽人は怪訝そうに比屋定を見る。深陰も眉をひそめていた。

「あなた方二人で、林道さんと十六夜さんと模擬戦をしてもらいます」

 急に名前を呼ばれた二人は驚いたように比屋定を見た。

「あなた方四人は『純血十家』当主。ほかの生徒の模範となるような戦いを見せてくれることを期待します」

 そう言われても、全然期待しているようには見えない。

「あなた方が勝てば、さきほどのことは水に流しましょう。もし負ければ、ペナルティを科しますのでそのつもりで」

 息つく間もなくそう続けられる。こうして、彼らは模擬戦を始めることになってしまった。




「やれやれ、まったくとんだばっちりだな」

 弥生が辟易したように言った。

「ごめん……〝とばっちり〟?」

 陽人が謝り訂正する。

「そう言っただろう」

「言ってないよ」

「ふむ。それはともかく、蘆屋に対してもそう殊勝ならもうすこし平和になるんだがな」

「それは……」

「ああ、いいいい。私が悪かった。もうなにも言うな」

 またケンカになりそうな流れを察した弥生が手をふって言った。


「まったく、かわいい顔をして強情なやつだ」

「フン、あんたのせいだからね」

「深陰ちゃん、やめときなよ」

 司がちょっと呆れた様子で言った。

「さあ、こんなことははやく終わらせよう。山背の変態さが露呈するまえにな」

「そうだね。あんな姿、クラスの皆にはそうそう見せられないよね」

 弥生の言葉に、司が笑って答える。ついに司にまで言われてしまった。

 二人の会話を聞きながら、陽人は内心ため息をつく。僕は変態じゃない。司の言う〝あんな姿〟も、なりたくてなっているわけじゃないのだ。


 彼らはいま、模擬戦の会場にむかう途中であった。模擬戦は校舎の外にある演習場で行われる。模擬戦では五つまで小道具を使うことが許可されている。二組は別々に小道具の置かれた部屋に入り、それぞれとったあとだった。その後、着替えのために一度深陰と分かれる。

 演習場はいくつかある。周囲を円状に囲んだコロシアムのようなものもあれば。草木が生い茂った、整備がされていないようなものもある。今回陽人たちが使用するのは後者だった。後者の演習場には、そこかしこにカメラが設置され、戦いの様子はモニターに流れる仕掛けだ。

 じつを言うと、深陰とのケンカを見咎められ、こうして演習という名のペナルティが科せられるのは今回が初めてではない。さすがに毎日ではない。週一くらいのペースである。


 しかし、それは陽人と深陰二人が模擬戦をするという形式だった。今回のような形は初めてのことである。

 今回はとばっちりで付き合わせてしまい、本当にすまないと思っている。しかし、だからといって手を抜くわけにもいかない。そんなことをしては弥生たちも気分を害するだろうし、第一、手加減をして適うような相手ではない。

 弥生たちとは途中で別れた。森に入って、会敵するまでも模擬戦の一部だ。森に入る直前、陽人は大きく息を吸う。

 ムラマサを人型に戻した陽人は、状況を説明した。

「行くよ、ムラマサ」

「はるくん、今日は〝合体〟するの?」

「うぅん、今日はしないよ」


 すると、ムラマサは残念そうな顔になった。陽人はムラマサの頭を撫でてから、ポンと手を置く。あたりは光に包まれ、すぐに消えた。

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