水浴び
「——お母さん‼」
レスイは悪夢から解放されると、反射的に『ッバ』と跳ね起き、目を覚ました。
「・・・昔の、…夢?」
ここが自分の部屋だと認知するまでに、そう時間は掛からなかった。
全身にびっしょりと汗を掻いており、硬化質の布で生成された、戦闘服で寝ていたからか、全身に軽い痛みを覚える。
窓の外を見るに、まだ明け方、今日の準備をするにしても、少し早い時間帯だ。
「・・・もう目も覚めちゃったしなぁ。まぁ、特にやることもないし仕方ない、取り敢えず水でも浴びにでも行こう」
レスイはそう思い、アジトから外出した。そして付近にある水たまりへと足を運ぶ。
砂漠の明け方は気温が少し低い。風が冷たく、身が冷える。
五分もした頃だろうか、いつも星群が利用している、水浴び場が見えてきた。
すると、そこには、意外にも先客がいた。レスイの存在に気付かず、木椅子に腰を掛け、裸体で身を清めている。
「リュフォー・・・」
艶やかなスレンダーボディーに水が滴り、清楚でありながら、どこか底知れない、なまめかしさを感じさせる容姿。同性であるレスイですら、見惚れてしまう程の秀麗さであった。
すると、あちらもレスイの存在に気付いたのか、一瞬無い胸などを押さえ警戒するが、レスイだと黙認すると、キョトンと目を丸め、意外そうに声を発した。
「レスイ・・・、珍しいね、レスイがこの時間帯に来るなんて」
「う、うん、少し目が冴えちゃってね、気晴らしにと思って・・・リュフォーこそ早いね?」
「そう?私はいつもこの時間帯だけど」
レスイは少し不審な動きで佇まい、傍観とした。
「どうしたのレスイ、そんなところで畏まって、水浴びに来たんでしょ?こっちおいで、背中拭いてあげる」
するとそう言って、手を子招いてきた。
「う、うん・・・」
少しぎこちなくも、二つ返事でそう言うと、レスイも身に着けていた衣類を脱ぎ、リュフォーの方へ駆け寄る。
時間が時間なだけに、裸体だとさすがに寒い。
「ここに座って」
そして、リュフォーに誘導にされるがまま、レスイは木椅子に腰を掛けた。
「リュフォーってさ、いつもこんな時間から起きてるの?」
先日、少し彼女と軽い揉め事になったせいでか、場の空気が少し気まずい・・・。
「まぁね・・・」
リュフォーも明らか憂鬱そうにそう短く返事をすると、レスイの背中にタオルを押し当てた。
「っひゃ!・・・って、暖かい?」
反射的に嬌声を上げてしまったが、背中にはポカポカとした、少し暑いぐらいの温もりを感じる。
「明け方だと冷水は冷えるからね、魔法で水を温かくしてるんだよ。気持ちいいでしょ?」
そう言って、リュフォーはレスイの背中を優しく擦る様に拭く。
・・・確かにこれは悪くない、ていうより、すごくいい。
今思えば、ここら一帯の気温が少し暖かい。おそらくリュフォーが、魔法で気温を上げているんだろう。
魔法が使えるリュフォーならではだ。
人間種は、だれでも魔法が使えるわけじゃない。魔法を行使するためには、才能と、途方もない努力が必要になると聞く。
私は多分、母譲りの才能自体は備えていると思うが、魔法を使わず剣を使う道を選んだ。だから結果的に使えない。
でもまぁ、こんな気持ちの良い水浴びが出来るなら、魔法を覚えてみてもいいかもしれない。
レスイはそんな、くだらないことを考えていると、突如、小さな声でリュフォーが、謝罪をして来た。
「ねえ、レスイ・・・あの定例会の時はごめんね、約束だったのに変に激怒しちゃって・・・」
そして、背中を拭いている手に、力が籠る。
滲み出た水滴が、レスイの背中を集い滴り落ちて行く。
「うんうん、私の方こそごめん。確かに軽率な発言だった。・・・でもごめん、今でも考えを改めるつもりわないよ・・・」
「夢の為ならば・・・でしょ」
言おうとしたことを、先取りして言われてしまった。さすがリュフォーと言ったところか、だてに長い事一緒にいるわけじゃない。
そうして、少しの沈黙が流れる。
「・・・・・」
二人一緒にいるのに、目の前に広がる直径15m弱のオアシスの水音が、やけに響く。
レスイはそんな沈黙を壊すがべく、何か、面白い話題がないかと、焦った風に口にした。
「・・・リュ、リュフォーってさぁ、好きな人とかいるの?」
「ん、え、っは!? きゅ、急にどうしたのレスイ?」
「え、いやぁ、別に、大した意味とかは無いけど、・・・っは、もしかして?」
「い、いいいい、いないよそんなの」
適当に着目した話題だったが、瞬間、リュフォーは少しわたわたと身を振り、困惑の色と同時に頬を旬に染めた。
「え、何その反応・・・」
なにか、思い当たる人でもいたのか、予想以上の慌てようだった。
「い、いないよ・・・ッコホン、いませんそんな人」
あまり触れられたくないようで、急かすように話題を打ち切ろうとする。
だが勿論やめる訳もない。レスイは本当に意外そうに、まるで独り言のようにぼやいた。
「え~、まさかリュフォーにそんな人がいたとは・・・」
「だからいないってそんな人」
そう、レスイの背中を拭くタオルに力を込めながら、リュフォーは強めな口調で否定するが、明らか動揺している。
「流石にもう誤魔化は効かないと思うよ、リュフォーがあんなにも動揺するところ、初めて見たもん」
「・・・何のことかなレスイ」
「いや、好きな人が・・・って、痛い痛い、リュフォー背中に力込めすぎ」
話すうちに背中のタオルにこもる力が強くなっていった。
っていうか、これがリュフォーの言葉を否定してるもんだよね。とレスイは内心苦笑しながらも、リュフォーに視線を向ける。
リュフォーも無意識だったのか、すぐに背中のタオルから力を抜いた。
「あ、ごめんなさい」
「うん・・・っで、それよりさぁ、その人ってどんな人なの?」
取り敢えずこの話題が気になり、ニマニマと可愛らしくレスイは笑った。リュフォーは恥ずかしそうに頬を染める。
「だからいません」
「かっこいい?」
「うん、・・・まぁ」
「へ~、なら決定打はやっぱり見た目?」
「ううん、違う、最初はごつくて怖い人だなって思ってたから。いつも男らしい態度で威風堂々としているんだけどね・・・いざ関わってみると見た目からは想像できないくらい優しくて」
「ギャップ萌えってやつ?」
「よく分からないけど、多分、・・・そうして、見ている内にいつの間に・・・っは!」
空気に流され、初心らしい、乙女の様子で語りだしたリュフォーだが、ふと我に返ったのか、みるみると赤面させていった。
「よくも嵌めてくれたわねレスイ」
「いや、結構自分から話してたけど、・・・リュフォーって意外と阿保だよね、私達の参謀って肩書なのに」
レスイがこうして、小ばかにしたように笑うと、
「貴方に言われたくないわよ、夢に固執しすぎた変人」
「っな!」
羞恥心でまた我を失いかけたのか、悪辣な言葉をレスイに投げかけた。そして今が不幸にも風呂場だったこともあり、その怒りの矛先はなぜか胸へと行った。
「頭のネジが何本か胸に行ったんでしょうね」
「ゆ、夢を追いかけて、なにが悪いの、それが私のいいところだもん、・・・っひゃ」
すると、突発的にリュフォーはレスイの前に手をまわし、二つの膨らみを掴んだ。
そして柔らか感触に、
「・・・死ねばいいのに」
「っひどい!」
思わず、殺意を溢した。
決して、レスイの胸が飛びぬけデカいわけでもないが、リュフォーは自分のと比較してしまうと、どうしても殺意が湧いてしまった。
「べ、別に胸がでかくたって、そんな良いこと無いからね、防具の慎重を何度もナーヤに頼まなくちゃだし、剣士の身としては無駄だし邪魔だし」
「・・・あぁ、そう、ならはぎ取ってあげる」
「ちょ、ちょっとタイム、痛い、いたいよリュフォー」
そうして、色々動転しているリュフォーが、全裸でレスイを押し倒し、またがった。
「ほんとにちょっと待ってリュフォー、これ絵図ら的に色々アウトだから、それと胸は取れないから!」
「いえ、そんなことないわよ、ギシギシ鳴ってるし頑張れば取れそうよ、レスイも要らないんでしょ、邪魔なんでしょ」
ミシミシと、胸からは決してならない様な音が、レスイの悲鳴と共に上がる。
「目が、目が怖いよ、マジな目をしてるよリュフォー。ちょ、ほんとに、ひゃん」
「大丈夫、いたくないようにするから」
「今の時点で結構痛いんだけど!?・・・ねぇ、どうしてどんなに怒ってるの、っあ、もしかして、そのリュフォーの好きな人とやらが巨乳好きだったり・・・」
「どうしてあなたは、そう言う時だけ鋭いのよ!!!!!」
レスイが最後まで言い切ることは無く、リュフォーの手に一層力が入った。さすがにレスイもこれ以上は、ヤバいと感じ、ジタバタし、我武者羅に手を伸ばした。
「いたい、痛い痛い痛い、ちょ、やめ・・・ストン」
瞬間、伸ばしたレスイの手先には、あるかどうか分からない、リュフォーのまな板がそこにはあった。
いや、実際ストンなどとはなっていないが、形容するならそんな感じである。 そのまま何度か手を動かす、そして、
「リュフォーって、男だったの? 胸がないけど・・・」
「・・・」
瞬間、リュフォーの体は、ッピキンと硬直した、そしてもう表情からは怒りすら消え失せ、立ち上がり、魔法の杖を顕現させた、そして、つぎリュフォーの見せた表情は、
「りゅ、リュフォーさん・・・?」
清々しいほど晴れた、満面の笑みだった。
数十分後、リュフォーがレスイの背中を拭き終わると、レスイはお礼を言った。
「あ、ありがとう、リュフォー」
「いいえ、どういたしまして」
レスイに裸体には、ちらほらと傷があり、レスイは何かに怯えるように、無言だった。
あの後のことは・・・追求しないでいただこう。
そして、レスイはひょろひょろと立ち上がり、長いピンクの髪を、まとめて乾かそうとする。
「あ、レスイちょっとこっち来て、『熱風』」
すると、熱風がレスイを襲い、肢体を湿らす水が一瞬で乾く。
「魔法って便利・・・」
思わず素で驚いてしまう。
だからリュフォーの灰色の髪は、長いのにいつも艶々していたのか・・・。それとも恋する乙女だからか、これを口にすると、おそらく悲劇がよみがえるので、ッグ、と口を噤む。
「・・・ねぇレスイ、これから少し、集落に行かない?」
すると唐突に、リュフォーがこんなことを言ってきた。