ナイトメア
周囲に破壊の爆音が響き渡る。
天と地、光と闇、空間という概念すらも捻じ曲げ、地上に暴虐と破滅の雨を降り注ぐ闇の王、吸血鬼。
禍々しい二つの羽を背に寄せ、虚空に浮かぶ青い月を赤く染め上げる。
それに対峙する飛行系種族の大行列。
種族はそれぞれだが、長きにわたる竜人族との戦争によって、後退しつつある吸血鬼を好機とし、他種族同士が刹那的に和睦し、一斉に強襲を仕掛けた。
そして、一対多数の死闘が火花を咲かせる。
・・・いや、死闘と言うのは誤報だ、吸血鬼による、一方的な蹂躙、基返り討ちが開始された。
戦争によって疲弊していると言っても、腐っても最高異種、鳥人間やハーピーなど、脅威にすら見做されない。
魔法と死体が飛び交い、血潮と灰が混沌と入交る。猛烈な悪臭が漂い、呼吸すら困難。
そんな空戦の中、恐怖で息を押し殺し、5歳のぐらいの少女が、岩石の影で母にひっそりと身を抱かれ、ことの成り行きを座視していた。
運悪く、戦場の現場に居合わせてしまったのだ。
肢体をガタガタと震わせ、こじんまりと身を潜めている。
もしかしたら、運悪く魔法の被弾が飛んで来て死ぬかもしれない。
もしかしたら、この騒動に誘き寄せられた魔獣が、私を咀嚼するかもしれない。
そんな考えばかりが少女の脳内を駆け巡っていた。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・もう、何体もの命が失われたであろうか?火花が止む頃、無数にいた影は、吸血鬼一匹となっていた。
満身に傷を刻まれた吸血鬼。傷口事態は、吸血鬼の天性の特性である再生ですぐに塞がったが、それでも疲労は大きかったらしい、追撃を恐れ、すぐにその場を立ち去った。
少女とその母は安堵のため息を吐く。
どうやら、血潮や灰の悪臭のおかげで、親子の存在に気づかなかったそうだ。
そうでもなきゃ、血を吸って英気を摂取する吸血鬼が、無力で絶好の人間である私達を、見逃すわけがない。
少女達親子も、すぐにその場を立ち去ろうとした。
少女は母に抱っこされながら、物音を立てずにゆっくりと歩みだす。
・・・ッパキ。
瞬時、静まり返った静寂に、木の枝を踏みしめた音が響き渡った。
少女は露骨に肩を震わし、足元を確認する。
音の発信源は母だと思ったが、どうやら、小枝を踏んだのは、母ではないらしい。
じゃあ、一体だれが・・・?
母も気になったのか、ゆっくりと周囲を見回し——絶望をする。
・・・軽率な行動だった。
たとえ匂いで悟られなくとも、動けば、気配によって悟られてしまう。
背後に悪寒を感じる。解っていながらも、振り返らずにはいられない。
「これは運がいいですね、虫けらどもが多勢に無勢、攻めて来たときは気づきませんでしたが、まさかその真下に、運よく餌が戯れているとは・・・」
そこには、血塗られた吸血鬼が、不気味な笑みを溢し佇んでいた。赤眼の瞳が少女達親子を見据え、鋭い牙を双方に覗かせる。
「お、御助けを」
母は身をこわばらせ、何とか少女だけでも逃がそうとする。
「餌の分際で命乞いとは贅沢な・・・しかしまぁ、世にも珍しい人間を見つけた私は、今非常に機嫌がいい、チャンスを上げましょう・・・」
「ちゃ、チャンスとは・・・」
「三秒間だけ待ってあげます、・・・逃げなさい」
そう言って、血濡れた指を三本立てた。
母はすぐに吸血鬼から、身を翻し、森林の方角へと駆けて行った。
「い~ち」
だが分かっていた。
「に~い」
決して、最高種族の吸血鬼から、逃げることなど叶わないと。
「さ~・・・」
——だから、
「風魔法・・・『天翔け』」
手に抱く最愛の娘を、空高く投げ飛ばした。
少女は思わず呆気の声を上げる。しかし、母の瞳は少女を強く見つめており、
——あなただけでも逃げて。
そんな感じの、強い意志を感じた。
「っな!?・・・貴様ぁ」
吸血鬼も想定外だったのか、目を大きく見開き、激怒した。吸血鬼はすぐに踏ん張りを付け、少女を捕捉しようとしたが、
「『風の壁』」
「っく」
魔法によって、退路を防がれる。
こうして私は、母の魔法で空高く架けて言った。
・・・流星のごく。