サブルム
魔法と言う概念が存在する別天地。
突如八世紀前、世界は戦乱を迎え、今まで保たれていた秩序が崩落した。
最高異種序列1位吸血鬼vs高異種序列2位龍人族の争いによって。
最高異種の存続を掛けた戦争、それは一種の災害とも言っていいほどに激烈したモノであった。
世界に異変を与え、生ある生き物全てを刺激し、何もかもを巻き込んだ争い。
大地を砕き、空を支配し、海をも呑み込む。
それは800年にも続く歴戦を世繰り広げたのち、龍人族が勝利を収め、吸血鬼絶滅を合図に、戦争に終止符を付けた。
世界を壊し、全て巻き込んだ争い。
それは世界の常識、概念、認識、全てを改変させるほどに激烈したモノ。
もちろんその反動は、途轍もないモノを犠牲にして、様々なことを激変させた。
・・・例えばそう、私達人間は大半が撃滅してしまったことなど・・・。
戦時中のこと。人々は戦争に巻き込まれて、逃げ纏い、世界各国に散らばった。
戦争に終止符を打たれた時、何人ぐらい生き延びたのかは不明。だが、私の認知する中では、僅か少数であった。
そして生き残った人達には共通点がある。それは戦闘に特化して、己を自衛出来た強者のみであること。
おそらく弱者は、戦争に刺激され活発になった魔物や魔獣の餌食と化したのだろう。
そして今現在、戦争に終止符を打たれて10年もの時間が経過していた。
しかし10年経過した今でも、僅かに生き残った強者は、魔物や亜人の恐怖に脅かされ、夜を迎えている。
水も食料も自給自足、金目のものなど最早ゴミでしかない。必要なのは、生きていくための食料と明日を迎える術だけ。
それが今、私達人間が置かれている状況。認めたくない無常で残酷な現実。
しかしこんな腐った世界でも、希望を捨てずに生きていく、一人の少女の姿があった。
それがこの私、レスイ・ビリオン。
当時6歳の頃に戦争が終わり、今じゃ私も16歳。ピンク髪にパールの瞳。少し幼さを感じさせるが、立派なレディーへと変貌していた。
私にはこの夢も希望もない世界で、どうしても叶えたいと言う悲願があった。
それが私の生きる糧となり、私を勇気づけてくれる。
良い仲間達にも巡り合えたし、どんなに高い壁も、一緒に切り抜けてきた。
だから大丈夫、私の心は折れない。自分の願いを捨てない。たとえどれだけ困難な願いだとしても、雲を握るような願いだとしても、私は追い続ける。
「絶対に・・・」
「ど、どうしたのレスイ?」
うとうとしながら目を開けると、リュフォーが手を伸ばし、心配そうに声を掛けて来ていた。
「っふぇ?」
レスイは閉眼していた目を開け、軽く周囲を一瞥する。
木でできたボロイ円状の机に、椅子が5つ、広さ事体は結構あるが、それ以外に内装に装飾は施されておらず、殺風景で水ぼらしい。
ここは・・・私達星群の拠店?
・・・どうやら私は拠店に戻ってから、寝てしまったらしい。
リュフォーは異常に長い前髪を、振り払いながら、心配そうにオレンジ色の瞳を覗かせた。
「大丈夫?余り顔色がよくないけど」
「レスイお疲れ?」
リュフォーに続き、ビリアも顔色を窺う。
水色掛かったショートヘアーに、青とオレンジのオッドアイが特徴的な少女。外見の表情からは分からないが、雰囲気的に心配していることは、何となくわかった。
「いや、そんなこと・・・無くもないけど、大丈夫だよビリア」
まぁ、疲労しているのは本当だ。一瞬嘘を付こうかとも考えたが、隠したって、返って後から迷惑をかけるかもしれない。
ここ最近、魔獣狩りで切羽詰まってたからなぁ、結構な度合いで疲労が溜まっている実感はある。
はぁ~と、内心でため息を吐き、凝っている肩を回す。
「休息を取りたければ、いつでも言ってくださいねリーダー、リーダーは少し頑張りすぎるところがありますので」
「そだよー、適度な息抜きは大事」
「あはは・・・ありがとね、二人とも、本当に疲れた時は相談するよ」
シャウラとナーヤも、気を使ってくれる。
「いえいえリーダーはいつも頑張っておられますので・・・それはそうとナーヤ、貴方は休む適度の範疇を超えておりますわ、もっと頑張りなさいな」
「え、え~そんなぁ・・・そのレーちゃんと私の待遇の差は何さぁ~?」
唐突に叱責され、不満げそうに口を歪めるナーヤ。シャウラはそれを観て、やれやれと言うように首を左右に振る。
「正当な判断。あたりまえ」
「うん、そうだね・・・」
するとビリアとリュフォーも口を挟み、賛同した。
まさかの追撃にナーヤは驚愕し、目に涙を溜めた。
「ビ、ビーちゃんたちまで!?みんなしてなにさぁ」
そう言って、うあぁぁぁと、一際大きな声を上げながら、私の膝へと飛び込んできた。
「助けてレーちゃん、みんなして私をいじめて来るよぉ」
「え!?こ、ここで私に振られても・・・」
急に話を振られ、少し困惑してしまう。
・・・まぁ、ナーヤは冗談で言っているんだろうが。
・・・何というか、ツインテールの黒髪が、素肌に当たってくすぐったい。
「こらこらナーヤ、レスイに迷惑掛けたら駄目」
・・・とても和やかな空気、仲間と過ごす暖かな時間、しかし、瞬間、そんな空気が崩壊する。
「ナーヤ、レスイに迷惑を掛けたら許さない」
ビリアが溢した一言、それだけで、場の空気が一瞬で緊迫する。
「わ、解ってるよ!ちょっとした冗談。そんなマジでキレなくても・・・」
リュフォーの方は軽い叱責ぐらいだけど、ビリアの方はマジだ、マジで憤怒している。ナーヤは少し怖気づき、膝から離れる。
すぐに、空気は緩和された。
「あ、相変わらずですわね、ビリアさんのリーダーへの懐きっぷりは・・・」
「あはは・・・」
レスイは苦笑して、話を促す。
「・・・はいはい、そんなことよりどうするの、今日の定例会。もうなんか有耶無耶になってきてるし、何よりレスイが疲労しているようだし、今日はもうお開きにする?」
すると、リュフォーは今の淀んだ空気を治すため、話を原点へと持って来た。
「・・・あ」
そして、レスイは腑と素に帰る。
・・・そう言えば今、定例会の最中だったのか。まさか、そんな時に寝落ちしてしまうとは。どうしよ、なんかみんなに申し訳ない。
「うん、もう終わっていいんじゃない?特に話すことなんてないし」
「確かに、そんなことならレスイを早く休息させてあげたい」
しかし、そんなレスイの要らぬ心配も気苦労に終わり、こうして、いつも通り大して何か話すわけでもなく、定例会を終わろうとしていた。
しかし、あっ、と、シャウラが何か思い出したかのように口にして、みんなの言葉を遮った。
「そう言えば終わる前に一つだけ話が。この情報は、少し前に酒場に行ったとき、たまたま耳に入れた話なのですが・・・」
そして、少しそう前置きを置いて、語りだした。
「ここ、私達星群が在籍する地帯、『砂漠のムカデ』には、1000年前から存在すると言う、ダンジョンがありますわ。
ダンジョンは階層を下っていくごとにお宝が内包されていまして、最下層に行くごとに連れて、お宝の需用度合いも高くなっていきます」
「うん、それぐらいしてるよ、それがどうかしたの?」
ナーヤは何を今さら、と言うように肩をすくめ、疑問を顔に浮かべた。
それもそうである。ダンジョンとは、ある程度公表されていて、ここら周辺に在籍している人は、みんな知っている。
因みに補足説明を行うのなら、階層が深くなるごとに連れて、ダンジョン内に居る魔物は強くなる。そしてそのダンジョンは未だ攻略されていない。
本当にそれが1000年前から存在するダンジョンなのかは不明だが、私達星群が知る限り、長い年月は攻略されていない。
レスイは、ナゼこんな話を持ち出してきたのだろうと、疑問に思い、神妙な顔つきで話しているシャウラに、質問を投げかけた。
「そのダンジョンがどうかしたの?」
今のところ、レスイ達星群は、ダンジョンに手を出すつもりはない。
理由は、危険を冒してまで行く、十分なメリットを感じないから。
確かにダンジョン内に存在する、未知の鉱石や、魔道具に心を引かれるが、それらに比例して、強い魔獣も存在する。
ダンジョンなのだから、極力しか戦利品は持ち帰れないし、食料などが手に入らない。よって、レスイ達は命を賭けてまで出向く必要はないと、判断した。
「これは悪魔で、噂として小耳に挟んだのですが・・・」
「どうしたのシャウラ、何か言いずらい事でも?」
シャウラらしくない、なんだか口ごもり、はっきりとしない。
「い、いえ、そういう訳ではございませんのよ、しかし、少々馬鹿らしく・・・」
「どうでもいいから早く言ってシャウラ、早くレスイを休ましてあげたい」
しかし、そんな時でも、ビリアは相変わらず空気を読まない。
良くも悪くもビリアは、レスイの事最優先に考える。
「そ、そうですわね・・・、コホン、本当に噂程度で小耳に挟んだのですが、何やらそのダンジョンの最下層には、生きた吸血鬼が存在するらしいですの」
「吸血鬼や・・・?」
シャウラから飛んで来た、予想外の言葉に、レスイ達面々は困惑してしまう。
「吸血鬼、・・・10年前滅んだって言う・・・あの?」
「ええ、何でもダンジョンの最下層。そこに生きた吸血鬼が寝ているらしく、噂ではなんでも、そこまで到達できたものに、1つだけ願いを叶えてくれるらしいですのよ」
すると、それを聞いたナーヤが、まさかっと言うように大きく口を開け、哄笑した。
「ははは・・・吸血鬼なんている、もう訳ないじゃん!」
「だ、だから噂と言っているでしょう!」
ナーヤは、さっきのお返しとばかりに、全力でシャウラを煽りに掛かる。
流石のリュフォーもビリアも、浮評だと思ったのか、止めには入らず、それぞれ相応の顔で見送る。
生きている吸血鬼・・・。
ナーヤは勿論、言った張本人であるシャウラさえも信じちゃいない。
根拠もない、出どころも解らない様な噂。
——しかしレスイには、酷く引かれるモノがあった。
「夢のある神秘的な噂ではあるけど、流石にね・・・そもそも最下層に到達した人はいないんでしょ?そんなの・・・」
「行ってみよう」
リュフォーが苦笑を浮かべ、話を流そうとした時・・・レスイはその言葉を遮った。
すると、全員がピタリと動きを静止させ、私の方を、やや困惑気味に見つめる。しかしレスイは、気後れすることなく、続けて言葉を発した。
「私達で行ってみない、いや、攻略してみない、そのダンジョン!」