第3章第7話 ~大魔王の逸話 後編~
「・・・・・・しかも、話はこれで終わりじゃないんだぜ」
「「まだあるのかよ!?」」
髭面の男性冒険者は頬を釣り上げてニヤリと笑いながら話し出す。
当時は冒険者達だけではなく、貴族達もフェルヌスの容姿の噂を聞きつけて、自分の愛人になるよう迫って来ることもあった。
しかしやっぱり彼女はそれすらも断った。
余りにもしつこい連中に対しては口汚く罵って追い返した程だという。
「だが、一部の変にプライドが高い貴族や、嬢ちゃんの事が諦めきれなかった貴族がいてな。彼女の事を誘拐しようと画策し、実行した。」
「・・・・・・おい、なんか、話のオチが分かって来たぞ。」
「・・・俺もだ。」
時には人混みに紛れて、時には商人を偽って、時には道に迷っている風を装って誘導しようとして。
「だが、その悉くが失敗。ちょっとした伝手で、当時それを行っていた連中に話を聞いたんだが、いざ攫おうとした時に彼女にナイフを突きつけられたそうだ。“『スマン。今そこにハエがいてな』”とな。」
何度も攫おうとする度にナイフを突きつけられ、振るわれた。
しかもその頃には、さっき話した襲い掛かった連中が彼女のお仕置きを受けた頃でもあって、誘拐行為をしようとした連中は奴らの二の舞にはなりたくないと、全員その仕事から手を引いたそうだ。
「お、おお・・・・・・!?」
「そいつら、引き際を誤らなかったんだな・・・・・・!」
「・・・・・・それで話が終われば万々歳だったんだが、貴族連中は相当諦めが悪くってなぁ。手に入らないのならば、殺してしまえと暗殺者を送り込む様になったんだ。」
「「・・・・・・え?」」
当時の光景はかなり酷く。彼女に送られた暗殺者たちは、時に寝込みを、時には周囲を巻き込んで、最後には白昼堂々真昼間から殺そうと襲い掛かって来た。
「・・・・・・だが、嬢ちゃんはそいつらすらも平然と叩き潰したんだ。」
「「・・・おおぅ・・・・・・!」」
もはや、感嘆の声しか漏らせない青年達。
「ただ、嬢ちゃんも襲い掛かって来た連中がどっかの刺客だってことは分かっていたらしく、周囲への被害も馬鹿にならなくなって来たのもあって対処することにしたそうなんだ。」
刺客を送って来ている貴族連中への対処として、まずは自分が潰して来た暗殺者達を使った。
どのようにしてかは分からないが、暗殺者達自身の口から自分の依頼主と依頼内容を大きな声で喋り続けさせたのだ。
・・・・・・ライファの町の四方の門に下着姿で縛りつけて。
「・・・・・・嘘だろ?」
「・・・・・・やられた連中は、手を出す相手を間違えたんだな。」
それによって自分達の所業がバラされてしまった貴族達は各方面への評判や信頼を落として、結構苦しい立場になったらしい。
「それで自重するようになればよかったんだが、奴らは嬢ちゃんのせいだと逆恨みして、私兵を投じてまで嬢ちゃんを殺そうとライファの町にやって来た。その数総勢五万の軍勢で、中にはAランク冒険者と同等の実力者もいたそうだ。」
「「おいおいおいおい!?」」
なんだそれはと声を上げる青年達。
「たった一人殺すために、なんでそこまで話を大きくしているんだよ!」
「そいつら、ライファの町を滅ぼすつもりだったのか!?」
「当時攻め入った連中の一部は、それも考えていたという話も後から分かった。だが、結局の所ソレが実行に移されることはなかった。」
余りに馬鹿げた行動且つ何時まで経っても諦めない貴族達に、フェルヌスの堪忍袋も我慢ならなくなり、たった一人で五万の軍勢に喧嘩を売ったのだ。
・・・・・・そして勝ってしまった。
「「待て待て待て待て!?ちょっと待てぇ!」」
説明が省かれ過ぎて訳が分からないと再び叫ぶ二人。
「勝ったって、何!?相手は五万の軍勢だったんだろう!?」
「それにたった一人で勝つなんて普通無理だろう!?」
「・・・・・・普通ならな。だが、嬢ちゃんは普通じゃなかった。総勢五万の軍勢に相対した嬢ちゃんは相当キレていてな。周囲にいた歴戦の冒険者たちですら、彼女が纏わせていたオーラだけで部屋の片隅でガタガタと体を恐怖に震わせる程だった。・・・・・・今話している俺も当時その場にいたが、そいつらと同じく隅っこに丸まって震えていたのさ。」
「「・・・・・・えぇ」」
「・・・・・・そこ!そんな情けない奴を見るような目を向けんな!そん時いなかったお前らには想像つかないだろうが、あの時の俺達は本気で殺されるんじゃないかと思っていたんだぞ!」
青年達に微妙な視線を向けられた髭面の冒険者は心外だと言うように自身が感じていた事を話した。
「話が逸れたから戻すぞ!・・・・・・お前達の言う通り、普通なら五万の軍勢に対してたった一人で戦うなんて自殺するようなもんだが、嬢ちゃんは奴らに対して魔技を使うことで対応したんだ。」
「魔技を?でもあの子は獣武種だろう?」
獣武種は身体能力が高く、近接戦闘を得意としている種族であるが、その反面魔導スキルなどは苦手としていて、扱う者はまずいない筈なのだ。
「だから普通じゃないって言っているだろう。あの嬢ちゃんは魔技の腕も普通じゃなかったって話だよ。」
当時の状況を見ていた髭面の男性冒険者は語る。
五万の軍勢の目の前に立ち塞がったフェルヌス。
軍勢の指揮官はフェルヌスがやって来たことで、自分達がこの町に攻め入る理由が全てフェルヌスにあると語り始めた。
だが、フェルヌスは俯いたままブツブツと何事かを呟いていた様子であり、まるで話を聞いているようには見えなかった。
指揮官がそれに気付き、フェルヌスへ威張りながら”『聞いているのか』”と問い掛けた時、フェルヌスの周囲に巨大な五本の炎の槍が出現した。
「嬢ちゃんがずっとブツブツ言っていたのは詠唱を行っていたかららしく。魔技が発動されたことに気付いた奴等は慌てふためいていた。だが、嬢ちゃんはそんな奴等の様子なんて気にもしないで、目の前に広がっていた軍勢に炎の槍をぶっ放したのさ。」
五本の魔法の槍が等間隔に軍勢に突き刺さった瞬間。いくつもの大爆発が起きた。
着弾したのだから当然魔技による爆発は起こるのだが、その範囲が普通の魔法使いが放つそれよりもかなり広く、数千人はまとめて吹き飛ばせる程の威力だった。
「しかもそれだけでなく。爆発が起こった後、またすぐに爆発が起こったのさ。二度、三度と連続して巻き起こり、その時状況を観測していた奴が話していたんだが、合計で十回くらい爆発していたと話していた。」
「・・・・・・な、何だよ。それ」
「凄まじいどころの話ではないな。」
当然だが、そんな広範囲連続爆発の中心にいた五万の軍勢が耐えられる筈もなく。全員が肉塊や焼け焦げた炭へと変わり果て、全滅していた。
地面は赤熱していて、熱によって溶けた土がまるで溶岩のような状態となっており、間違いなく生き残りはいないだろうと誰もが確信できる程の、焼野原などよりもなお酷い惨状であったと髭面の男性冒険者は語った。
「しかし俺たちにとって予想外だったのは、それだけのことをしでかした嬢ちゃんの怒りが未だに治まっていなかったことだ。その理由については五万の軍勢を蹴散らしても、その軍勢を寄越した奴らは未だ五体満足の状態だったからだと、事件が終わった後で本人から直接聞いた」
そしてフェルヌスはこう宣言した。
“『・・・ちょっと、軍勢寄越した奴等の首を狩って晒してくる』”
「・・・・・・てな。」
「「・・・・・・怖っ!?」」
青年たちは狂気すら感じられるそのセリフに自分たちの両腕で己が体を抱きしめた。
「・・・で、嬢ちゃんが元凶の貴族達の首を狩りに行こうとした時、それに待ったと声を掛けて止めた者がいた。」
「そんな奴がいたの!?」
「・・・なんて勇気のある奴なんだ・・・・・・!?」
止めに入ったという人物に対して戦慄と若干の尊敬を込めた感想を零していく青年達。
それに苦笑を返した髭面の男性冒険者は話を続ける。
「嬢ちゃんに待ったと声を掛けたのは、このライファの町の領主と我らが冒険者ギルドのギルドマスターだったのさ!」
様子を見ていた冒険者達は、初めは怒り狂うフェルヌスを無謀にも止めようとしている命知らずの大馬鹿者に見えていたのだと言う。
領主はフェルヌスに言った。“『貴族達を殺すのはやめてほしい』”と。
領主が言うには、貴族達を殺せば取り除くことが出来ない禍根となり、貴族間での血を血で洗う問題の原因になってしまうから、と。
「・・・・・・所詮、貴族は貴族だったってことか。」
「だが、領主の言う事は一理ある。例え元凶が馬鹿貴族達だとしても、平民の立場の者が奴等を殺したら討伐隊が組まれてもおかしくない。」
「だけどよぉ・・・・・・」
「いやいや、お前ら早合点するな。確かに領主は貴族達を殺すのをやめろと言ったが、その後に続けてこう言ったんだ。“『だが、奴等を殺すこと以外の事ならば好きにやるといい。そして二度と立ち直れないように恐怖のどん底に突き落としてほしい』”ってな。」
「「・・・は?」」
貴族を殺すのはダメだが、それ以外は好きにしろという領主のセリフに今度は呆気にとられてしまった青年達。
話を聞くと、領主は確かにフェルヌスを止めようとしたが、それは貴族達を殺すことをであって、手を出すことを止めていたわけではなかった。
「問題の貴族達が、自分の領地の中で好き勝手に暴れたことにライファの領主はかなり腹が立っていたらしくてな。しかも嬢ちゃん一人の為に五万の軍勢を、ついでにライファ町にまで攻め入ろうとしていたことを知ったことで我慢がならなくなったらしい。
後からギルドマスターから聞いた話だが、最初は領主本人が軍勢を率いて元凶の貴族達の所へ進軍し、攻め滅ぼそうとするくらい激怒していたという話だ。
まあ、それをギルドマスターと領主の従者たちが何とか宥めて、嬢ちゃんに元凶共を懲らしめてもらうという話に落ち着いたそうだが。」
話を聞いた青年達は、その内容に表情を引き攣らせる。
「嬢ちゃんの方も領主の怒りを感じて共感したらしく、それを了承。殺すこと以外の方法で徹底的にやることにしたらしい。」
髭面の男性冒険者は後に伝手のある情報屋から聞いた情報と、フェルヌス本人から聞いた貴族達の顛末を話し出す。
元凶の貴族達の領地に辿り着いたフェルヌスは、発端の貴族達を誘拐。
その後ズタボロになるまでボコボコにしては直し、再びボコボコにしては直してを繰り返したという。
最後には逸物を斬り落としてから領城の城下町の中心にある広場に磔にして来たのだという。
「ヒィッ!?」
「よ、よりにもよって、またそれなのか・・・・・・!?」
その話を聞いた青年達は、元に戻って来ていた自分達の逸物が再び引っ込むのを感じた。
「磔にされていた広場には血文字で“『次にやったら貴様の首を狩る』”と大きく書かれていたらしい。しかも驚くことに、たった一日だけで元凶の貴族達全てに同様の事を行ったらしい。・・・俺も情報を集めた後でそれを知って相当驚いたもんさ。」
もちろん、それを知った元凶の貴族達の親族が報復を行おうと会合を開いた。
だが、そこにライファの領主が突撃して、彼らの前でこう言った。
“『よろしい。戦争をしたいのであれば構わない。その時は貴様等全員を皆殺しにして、一族郎党根絶やしにしてくれよう』”
そう言った領主の後ろには多くの兵士達が目を光らせて、今か今かと納めていた武器に手を掛けていたという。
「それを聞いた貴族達の親族は、恐れ慄いて報復することをやめたそうだ。無駄にプライドを誇示して死ぬなんてごめんだってな。・・・・・・その後、元凶の貴族達は親族たちから絶縁されて全員貴族の位を剥奪。中には重大犯罪にまで手を出していた奴もいたらしく、ソイツ等は処刑されたらしい。」
「・・・・・・おおぉ・・・!」
青年達はフェルヌスと領主に対して畏敬と畏怖の感情を覚えた。
彼らは話の内容はとても恐ろしいものだと思ったが、傲慢な貴族という存在に対して、物理的にではあるが徹底的にズタボロにしたという話を聞いて思わずスカッとした気分を覚えたし、何よりライファの領主の漢らしいと言わんばかりの格好良さに憧れも感じたからだ。
「・・・・・・凄ぇ。いや、フェルヌスの方も凄ぇんだが、何よりライファの領主が格好良い!」
「ああ。その漢らしさは見習うべきだと思うし、憧れてしまうな。」
「・・・まあ、お前らがそう感じている様に、実際その事件が切っ掛けで領主の人気は相当上がったらしいからな。領主にとっても迷惑な事件なだけではなかったということだろう。」
うんうんと何度も頷いている青年達にそう語る髭面の男性冒険者。
だが、そこでふと青年の片方が「ん?」と疑問を覚えて首を傾げた。
「・・・・・・なんか、何時の間にか領主の格好良さの方に話は言っていたが、結局あの子は何者なんだ?話を聞いている限りでは、異常とも呼べる程の強さを持っているみたいだが・・・?」
その疑問に対して髭面の男性冒険者は、「何を当たり前のこと」と返した。
「そんなのは決まっているだろう。とても強く、とても頼もしい俺らの同業者だろうが。」
「・・・・・・そうか。それもそうだな。」
青年達は彼の言う事に納得した様子を見せたのだが、続いて聞こえてきた言葉に動きを止めた。
「そしてとっても可愛い――――――俺らの『アイドル』だ!」
「ああ、そうだ――――――なに?」
良い年したおっさんが頬を赤く染めながら断言したその内容に、頷こうとした青年達の体が硬直した。
「あんな小さい体なのに、並み居る男共を物ともせずにブッ飛ばし!権力者に対しても媚びるどころか、叩き潰し!しかも子供に対してはまるで母親の様に接するあの姿は、まさに聖母!あの姿に惚れない奴はいるだろうか?いや、いる筈がない!」
「・・・・・・え?・・・いや、え?」
「お、おっさん・・・?」
突然訳が分からないことを言い出した髭面の冒険者に絶句して当惑する青年達。
それを気にせず熱く感情的に語り続ける髭面の冒険者。
「だが、手を出せばこちらが彼女に潰される!そもそも彼女に迷惑を掛けることは本意じゃない。・・・・・・そんな時、異国から来た旅人に『アイドル』というものについての話を聞き、それについて詳しい情報を得た俺達はある団体を結成した。」
「「・・・・・・お、俺達?」」
俺達という複数形の言葉を発した髭面の男性冒険者に思わず首を傾げる青年たち。
だが、その答えは次の瞬間に判明した。
「その名は『フェルヌス・ファンクラブ』!彼女を陰から見守り、彼女の起こす活躍を応援する非公式団体だぁ!」
そう宣言した髭面の男性冒険者の後ろには、いつの間にいたのか十数人の男女が存在していた。
しかも彼らは全員で『フェルヌス・ファンクラブ』と書かれた垂れ幕を持っていた。
「そして、俺たちの合言葉はぁ――――――」
「「「「「Yes、アイドル。NO、タッチ!」」」」」
声を揃えて言う彼らの姿は、青年達にはある種の狂信者に近いのではという印象を与えた。
そして髭面の男性冒険者は呆然としている青年達の肩に両手を置いた。
「折角だから、お前らも俺達のファンクラブに入ってみろ。フェルヌスの嬢ちゃんの事について詳しく教えてやるからよぉ。」
ニヤリと笑いかけてくる髭面の男性冒険者であったが、その笑顔にはどこか本能的に恐怖を感じてしまう青年達。
「い、いや。俺らは別にそこまでは・・・・・・」
「まあまあ、遠慮せずに!」
「一緒に彼女の事について語り合いましょう!」
遠慮しながらその場から逃げ出そうとする青年達であったが、逃がすものかとファンクラブの面々が取り囲む。
「だ、だから、・・・ちょっ!?脇を抱えるな。運び出そうとするな!」
「よぉーし、野郎共!新しい仲間を俺たちの拠点に向かえるぞ!」
「「「「「おおぉー!!」」」」」
「「は、離せぇー!?」」
そうして、二人の青年冒険者は『フェルヌス・ファンクラブ』と呼ばれる団体に運ばれることとなった。
後に彼らはその団体の中で熱心なフェルヌスのファンとなり、彼女の活躍を目にするためだけに、異常と呼べる程にその実力を上げていくのであるが、それはまた別の話である。
ちなみに、その団体の存在を知っており、受付テーブルでその様子を見ていたシャーラはというと。
「・・・・・・ああ、また新しい犠牲者が、・・・・・・どうかお元気でお過ごしください。」
運ばれていく青年達の姿を見て、思わず両手を組んで彼らの無事を祈っていたという。
「・・・・・・だって、私には何もできませんもん!」