第1章第1話 ~始まりの森~
『アンリミト』。
それはファンタジーを体現した世界。多種多様な動植物、ドラゴンやペガサスなどの幻想上の存在達が数多く暮らす場所であった。
この世界は人々が思い描いていた幻想がそのまま現実に存在する世界である。
そしてこの『アンリミト』にはそんな幻想の存在たちと同様にこの世界で暮らしている者達がいる。
人型をした生命体で、それぞれ人間種、森精種、造精種、獣武種、魔導種、竜戦種と呼ばれる。言わば『人類種』と呼称される者たちである。
彼らはそれぞれの文化を得て、発展させて国を作り、自分たちの国を守るために力も会得した。
その武勇と知恵は各種族ごとの大国を作るまでに至るほどであった。
もちろん幻想と言うのであればこの存在も忘れてはならない。
『魔物』もしくはモンスターと呼ばれる存在達。
彼らは種族ごと、個体ごとにその強さが変動し、一定しないことが特徴の生物である。
元々は女神が試練の為に与えたとも、もしくは邪神が世界を征服するために生み出したとも語られているそれは、『アンリミト』という世界での自然界の一部を構成する生物達だ。
弱肉強食。それが彼らの真理であり、彼らが生きていく上での基盤となっている。
自らが生きるために戦い、食らい、成長する。それは自然の摂理と言えるだろう。
・・・しかしその魔物と戦う命知らずの猛者達がいる。
その者達は『冒険者』または『傭兵』と呼ばれる命知らずな猛者達である。
彼らの強さ、勇敢さは力を持たない者たちにとっては憧れであり希望であった。
故に彼らのようになろうと夢を抱き、多くの人々は強くなるために努力するのである。
そしてこの物語の始まりとなる、とある森の中にも一人の『冒険者』がいた。
「・・・・・・・・・ッ・・・!?」
木を背に寄りかかって座り込んでいる少年。
彼の名は『ラルク』。今年で10歳になる1人の冒険者である。
その彼が今いるこの森の名は『始まりの森』。
この森は沢山の動植物に溢れ、数多くの資源が無尽蔵と呼べるほど存在している。
この森に隣接している町や村の住人は、大半がこの森から食べ物や素材を手に入れ生活の糧としている。
しかし、この森に存在しているのはそれだけではない。
先の話でも取り上げた存在達。魔物が森の中に住まい、人が森に入ろうものなら即座に襲い掛かってくるのである。
現在の彼の状況も魔物に襲われ、なんとか逃げ切って木を陰にして隠れ、呼吸を整えながら休んでいるのである。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
荒い呼吸が静かな森に響き、バクバクと激しく動く心臓の音が彼の耳に騒音となって響く。
周囲を警戒し、微かな音を拾おうと意識を集中するも、鳴り響く自身の心臓の音でなかなかうまく聞こえない。
・・・と、そこでガサリと音が響く。何かが草に擦れて出た音だ。
少年―――ラルクはびくりと体を震わせて音の出た方向へと視線を向ける。
今度は右から音が鳴る。続いて左。今度は後ろ・・・からと思いきや再び前。
周囲様々な方向から音が鳴り響く。
ラルクは警戒しながら、今か今かと意識を集中する。
そして唐突に音が鳴り止み、そして草むらの影から4つの影が飛び出してきた。
「「「「ギギャァァアアアア」」」」
「・・・くっ!?はっ!」
影達が高く飛び上がってくると同時にラルクは前に飛び出してその襲ってくる影達から逃れる。
後ろを振り向くとそこには人間の子供程度の大きさをした緑色の肌を持った者達がいた。
『ゴブリン』。この世界に広く、そして数多く存在する魔物である。彼らは集団行動を主とし、それぞれの集団に分かれて狩りを行うモノ達である。
そしてラルクはそのゴブリン達に追われる身であった。
ラルクはすぐさま視線を前に向き戻して走り出す。
「「「「ギギギギギッ!」」」」
「くそっ!」
当然ゴブリン達は逃げ出した獲物であるラルクを追いかける。
彼らゴブリンにとって人間は自らの腹を満たすためのエサであり、またその雌は繁殖のための道具なのである。
だからこそ彼らはラルクを食べるために追いかけ、ラルクも食べられたくないがために逃げるのである。
ラルクは走る。
時に木々の合間を縫うように、時に木の幹を蹴って跳び上がって枝に飛び乗りながら移動したり、時にゴブリン達の隙をついて彼らの脇をすり抜けるなどをして走り続ける。
しかし多勢に無勢。そして視界の悪い森の中。普段森の中で暮らしているゴブリン達にとって有利なこの場所で逃げ切れるはずもなく、遂にラルクは切り立った崖に追い込まれていた。
「「「「ギッギッギッギッ!」」」」
「う、うぅ・・・!?」
後ろにある崖は落ちたらまず助からない程の高さのそれ。
前には自身に迫りくる四体のゴブリン達。
前門後門のなんとやら。最早戦うしか生き残る道はなく、しかし少年はゴブリン達とまともに戦う力を持っておらず、そしてもし持っていたとしてもまともに戦うことは出来なかったであろう。
これまで彼らを振り切るために走り続けて、既に体力の限界となっていたからだ。
絶体絶命としか言えない状況。それでもラルクは諦めてはいなかった。
なにせこのような状況になるのは初めてではないからだ。
そうしていつでも走れる様に身構えていると、そこでゴブリン達の右側の草むらが大きく揺れた。
「ガァアアアアッ!!」
「「「「ギッ、ギキィイイイ!?」」」」
次の瞬間には響いてくる遠吠えと共に一匹の大熊が姿を現し、ゴブリン達に襲い掛かって来たのだ。
その熊は体の上半身が黒く、下半身が真っ赤な毛色をしており、その大きさは5mに届くほどの体躯を誇っていた。
『ブラックレッドベア』。森に住まう大型熊の魔物であり、この始まりの森の主でもあった。
その力は、腕を振るうだけで傍にあった木々が易々と圧し折れ、抉り取られて高々と舞い上がる様を見れば想像しやすいであろう。
現にラルクの目の前では、腕を振った瞬間に間にあった木と一緒にゴブリンの一匹を吹き飛ばしたのだから。
当然ゴブリン達は驚き恐怖した。こんなところで森の主と出会うとは思っていなかったからだ。
「「「ギィ、ギギィイイ!!」」」
「ガァアアアア!ガルゥ!グフゥ!!」
「ギャッ・・・!?」
「ギブゥ!?」
生き残った残り三体のゴブリンはすぐさま逃げようと走り出すも、ブラックレッドベアはすぐさま追い付いて一体のゴブリンの頭に噛り付く。続けざまに傍にいた二体目には右腕を振り下ろして叩き潰す。
「ギ、ギギィ・・・・・・!?」
最後に残った一体も、瞬く間にブラックレッドベアにやられた仲間の惨状を見て恐怖に震えあがり、両足をガクガクと震わせてまともに歩くことすらできなくなっている。
そしてその瞬間を好機とし、ラルクは襲われているゴブリン達を囮にして彼らとは反対の方向へと走り出していた。
何時もこうである。彼は5歳から今に至るまで似たような展開や状況に何度も見舞われ、その度に悪運とでも言うべき誰にとっても予想外のことが起こって命辛々逃げ出し、九死に一生を得て生き残ってきたのである。
故に彼にとってはこの展開は慣れたもの。だからこそラルクは生き残るために足を必死に動かして走り出したのである。
しかし、今回はいつもとは様子が違うようで・・・・・・、
「グルゥア!!」
「ギィ、キキィイイイ!?」
「グフゥ・・・!?」
ブラックレッドベアが最後に残ったゴブリンに空いていた左腕を振り当てようとした。
しかしゴブリンは「こうなりゃ自棄だ」と言わんばかりにブラックレッドベアに飛び掛かり、その顔面に取りついた。
さすがにこれに驚いたブラックレッドベアはゴブリンを引き剥がそうと頭を左右に振るったり、腕を顔に持って行ってゴブリンを剥がそうとする。
しかしゴブリンもやられてたまるかと言わんばかりにその腕で顔面に取りついたまま器用に避ける。
「う、うわぁ・・・!?ちょ、ちょっと!?」
これに困ったのはラルクである。
ブラックレッドベアが暴れるたびに地面が揺れてしまい、それによって走るどころか立つことすら出来ず、片膝立ちの状態で体を支えるのが精一杯となってしまっている。
「グゥッ!グルフゥ!!」
「ギキ!?ギキャ・・・!?」
そしてようやっとと言うべきか。当然と言うべきか。ゴブリンのスタミナが尽きて掴まり続けることが出来なくなり、ブラックレッドベアが頭を振った拍子に手が滑ってその体が離れてしまったのである。
ゴブリンは地面に体が叩き付けられた後、すぐさま起き上がろうとするも、その時にはすでにブラックレッドベアが目の前で腕を振り上げていた。
「ギ、ギキョ・・・!?」
苛立たせてくれた礼を返すとでも言いたげに渾身の力で腕を振り下ろすブラックレッドベア。当然ゴブリンは耐えられるはずもなく、地面に大きな罅を入れる程の威力を受けたその上半身は見事に潰れて赤い血を飛び散らせた。
だが、事はそれだけでは終わらず・・・・・・、
「・・・えっ!?」
何の前触れもなく突然地響きが発生し、ブラックレッドベアの力によって出来た地面のひび割れがどんどん広がっていく。
それはラルクの下まで到達し――――彼の足元の地面が崩れ落ちた。
「え、ええぇええっ!?」
ラルクの体も崩れ落ちる地面と一緒に崖下へと落ちていく。
本来であれば崖下に真っ逆さまに落ちて即死するというのが彼の結末であったのだろうが、例の悪運がうまい具合に働いたのか、地面が崩れた際に出来上がった斜面に落ちて、そのまま体をゴロゴロと転がり落ちていく。
「あ、ああぁぁあああ!?」
そうして最後には斜面の終わりでポーンと体が飛んでいき、森の中へと落ちて行った。
「痛っ!?うがっ!ぎゃっ!ハグゥ!?」
数々の枝にぶつかりながらも落ちていき、それによって落下の勢いを殺しつつようやく地面へと辿り着いた。
「・・・・・・っ!?・・・あ・・・・・・」
しかし、彼の体は最早まともに行動できる状態ではなかった。
・・・・・・というよりも、このままではあと数時間で死んでしまうであろう。
両腕両足はネジ曲がるように折れており、木の枝が一本脇腹に刺さった状態なのである。
このままでは出血多量でどのみち死んでしまうであろう。
「・・・・・・う・・・あ・・・・・・」
ラルクは助けを求めようとも考えたが、こんな森の中で都合よく人がいる筈もなく、無意味なことだと判断する。
このまま自分は死んでしまうのだと、段々とその瞼を閉じていく。
瞳を閉じていく時、目の前に人影のようなものが見えた気がしたが、「こんなところに人がいる筈がない」と思い、瞼を完全に閉じてその意識を闇の中へと落としていくのであった。