第2章第8話 ~騒乱序章~
僕は孤児院の院長であるマルシャルさんに屋根の修理が完了したことを伝え、どの出来栄えを確認してもらう。
「・・・・・・まあまあ、これは・・・!」
マルシャルさんは修理された屋根を見てとても驚いていた。
その出来はとても綺麗に直されており、壊れて穴が空いていた場所なんて始めからなかったかのように、直した当人である僕でさえその場所を知っていなければ分からなくなるほどであった。
損傷していた部分に水を流し、そこから水漏れをしていないか孤児院の中からマルシャルさんに確認してもらったが、特にそのようなことは無くマルシャルさんにとても喜ばれた。
僕が此処までの事が出来たのは建築の事に関して教えてくれたヴァルテマさんのおかげである。改めてあの人には感謝しかない。
・・・・・・今度食べ物か何か差し入れを持っていこう。
「その年でこれ程の腕を持っているとは本当に驚きました。以前どこかで経験でも?」
「いいえ。ただ依頼で、ノートン家財店で木彫りの人形とかの小物を作る時があって、その時に店長のヴァルテマさんに教わったりしていました。」
「なるほど・・・・・・。ともかく素晴らしい仕事ぶりでした。達成報酬には追加分を出すようにしますね」
「ありがとうございます!」
マルシャルさんから評価が書かれた依頼発注書を受け取り、玄関へと向かう。
「・・・・・・きゃあああぁぁぁぁ!?」
その時、外から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「今の声・・・!まさか、クーリィ・・・・・・!?」
「クーリィですって・・・・・・!?」
僕とマルシャルさんは急ぎ玄関から飛び出す。
外の様子を確認すると、孤児院の庭で黒いフードマントを着た複数の男たちがクーリィを袋に詰めようとしていた。
「クーリィ・・・・・・!!」
「なんだ、お前ら!クーリィを離せぇ!」
僕はクーリィを助けるために男達に飛び掛かった。
「なんだ、このガキは!」
「邪魔すんじゃねェ!」
男達は駆けてくる僕に気付くと、拳を振り上げて殴りかかってくる。
「ハアッ!タァッ!!」
「ゲハッ・・・!?」
「ギヒィ・・・!?」
だがその拳が振り切られるよりも前に、男達の内の二人の顔面に拳と蹴りを叩き込む。
男二人はその一撃で気を失ったようで、そのまま倒れる。
「なっ!?クソッ・・・・・・!《ブラックスモーク》!」
男二人を倒した後、クーリィが入れられた袋を持った男に向かおうとするが、その前に男の手から出てきた黒い霧によって視界を塞がれてしまった。
「くっ・・・!?クーリィッ!!」
黒い霧の勢いに一瞬怯んでしまい、その後急いで男がいたであろう場所へ走るも、もうそこには誰もいなかった。
「そんな・・・!クーリィが・・・・・・!?」
「マルシャルさんはこの事を衛兵所に行って伝えてください!僕は冒険者ギルドに向かって応援を呼んできます!」
「わ、分かりました・・・・・・!」
現状では男がどこに向かったのか知る術は無い。
だが、自分達だけで探すよりも多くの人手を使った人海戦術で探したほうが発見しやすいと考えたのだ。
僕はマルシャルさんと別れた後、大急ぎで冒険者ギルドへと向かうのであった。
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アルクは焦燥感に駆られながら冒険者ギルドへ急いだ。
そして到着し、孤児院の子供が誘拐されて事を伝えようと中に入った。
・・・・・・だが、冒険者ギルドの中は想像すらしていなかった喧騒に包まれていた。
「おい、急げ!町の西にやって来たオークの群れを狩りに行くぞ!」
「「「おう!」」」」
「町の東に出たフレイムリザードと戦う人はこちらに!水属性が使える人も来てください!」
「分かったわ。今行く!南の方のブルホークはそっちに任せるわよ!」
「任せといて!私の弓で撃ち落とすから!」
「おぉい!輸送担当は手伝ってくれぇ!クロスボウの大型矢を運ぶからよぉ!」
「こっちはポーションだ!割らないように気を付けて運べよ!」
冒険者ギルドの中は多くの冒険者たちとギルド職員が大慌てで戦闘の準備をしていたのだ。
その様子はこれから戦争でも行われるのかと思えるほど雰囲気が荒々しいものであった。
「こ、これは一体・・・・・・?」
「・・・・・・ん?あ!アルク君!」
何時もと違う冒険者ギルドの光景に呆然としていたアルク。
すると受付の席からアルクがいることに気付いたシャーラが受付テーブルに来るように呼び掛けてきた。
「あ、あのシャーラさん、これは・・・・・・」
「うん、実はね。アイファの町の西と東、それから南に大量の魔物の群れが現れたんだ。」
「ええ!?」
「ただ、群れって言ってもそれほど大きなものじゃないみたい。精々十~三十匹程なんだけど、厄介なことに複数の方向から同時進行しているみたいで、今冒険者ギルドは最大級の警戒態勢になっていて、戦う準備の真っ最中なの!」
「そ、そんな・・・・・・・」
シャーラから聞かされた情報に、驚きの声を上げながら青褪めるアルク。
「あの!シャーラさん。実は・・・・・・」
それでもクーリィが誘拐されてしまったことを伝え、何人か協力できる人はいないかと聞くが、・・・・・・
「そう。そんなことが・・・・・・。ごめんなさい!君の要請には応えたいのだけど、現状では町の防衛の為に、魔物の群れ討伐が最優先事項で冒険者達は全員防衛の方に向かっているの。そのクーリィちゃんって子と誘拐犯の捜索の為に割ける人員はこのギルドには・・・・・・」
突如発生した予想外の事態に、当初アルクが考えていた人海戦術によるクーリィ及び誘拐犯の捜索は実行不可能なのだとシャーラは首を横に振った。
「まずはこの事をギルドマスターに報告してからどうするべきか考えましょう。アルク君の見た誘拐犯は、最近起こっていた誘拐事件の犯人かもしれないから。」
「・・・・・・・ッ!・・・だ、だったら僕だけでも探しに行きます!僕は見習い冒険者だから戦う力はないけど見つけて連れ出すくらいはできますから!」
アルクはその事実に半ば絶望していたが、それならば自分だけでも助けに行くべきだと走り出した。
「え!?いや、まってアルク君!せめてギルドマスターに話を・・・・・・・・・・」
シャーラの声を振り切って外に飛び出すアルク。
探し出す当てなどないが、この町の現状を考えると町の外に出ていることはないと思われる。
今外に出れば迫りくる魔物の群れの餌食だろうし、門には衛兵や冒険者たちが討伐の為の準備をしているので、怪しい人物などがいたらすぐに気付かれてしまう。
なので、もし誘拐犯がいるとすれば町の中心部分か北門周辺だと考える。
「絶対見つけて見せる!」
アルクはまずは町の中心へ向かって走り出すのであった。
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「え!?いや、まってアルク君!せめてギルドマスターに話を・・・・・・・・・・」
走り出すアルクに手を伸ばして声を掛けるシャーラだったが、予想以上の足の速さで外へと飛び出して行ってしまった。
「・・・ど、どうしよう」
度重なって発生する異常事態に頭を抱えてしまうシャーラ。
もちろん彼女の中でも現在の優先順位は町の防衛だと答えが出ていた。
それでも未だ冒険者見習いの彼が、自分たちにもその正体を掴ませなかった誘拐犯を探しに行くと話して飛び出して行ったことが、彼女の心に焦燥感を湧き上がらせる。
アルクを手助けすることが出来ない自分に悔しさを感じていたシャーラであったが、しかしアルクが飛び出して少しした後に冒険者ギルドへ入って来た人物を見かけた事で希望の光を見出だした。
そこには丁度依頼を終えて帰って来たと思われる女性――――――フェルヌスが、周囲を慌ただしく行き交う冒険者たちを見て、戸惑っている姿があった。
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アイファの町の中心部分へと辿り着いたアルク。
そこにはこの町に迫っている危機を知って、多くの人々が荷造りを行いながら集まっていた。
アルクは周囲を見回して、さすがにこんなに人が密集している所には誘拐犯がいる可能性は低いだろう考え、今度は北門に向かって駆け出そうとする。
「・・・・・・ああ!いました!アルクさん。アルクさーん!!」
「え?マルシャルさん?」
今にも走り出そうとしていたアルクの耳に聞こえたのは、先程孤児院の前で別れた筈の孤児院院長のマルシャルさんであった。
「よかった。見つかりました。」
「ど、どうしたんですか?なぜあなたがここに?確か衛兵を呼ぶようにお願いしたはずですが・・・・・・」
「はい。その件であなたに伝えたいことがありまして・・・・・・」
彼女の話を聞くと、衛兵を呼んで僕が倒した誘拐犯を捕えた後、彼らから情報を聞き出したのだという。
孤児院でクーリィを攫ったのは『パンデモニウム教団』と呼ばれる悪魔を崇拝している宗教組織であり、攫われたクーリィは彼らが崇める悪魔を呼び出すための生贄として使うつもりであることが分かったのだそうだ。
「それで彼らが儀式を行おうとしている場所が町の北東にある集団墓地である事が分かったのです。・・・・・・それでそのことを冒険者ギルドに伝えに行ったアルクさんに知らせようと思ったのですが・・・・・・」
「・・・・・・すみません。冒険者ギルドの協力を貰うことは出来ませんでした。現在この町の周囲に魔物の群れが迫ってきているとのことで、こちらに人員を割けることは出来ないと・・・。」
「そうですか。此処に来るまでの町の状況を見て何かが起こっているということは分かっていましたが、そんなことが起こっていたのですね」
協力してくれる冒険者を連れてくると言いながら、結局自分一人しかいない現状に悔しさで歯噛みするアルク。
・・・・・・だが、クーリィの居場所が分かっただけでも行幸である。少なくとも町中を走り回って無駄に時間を消費することは無くなったのであるから。
「マルシャルさんはこのことを冒険者ギルドに伝えに行ってください!」
「・・・えっ?え、ええ。それは当然ですが。貴方は?」
「僕はこれからクーリィを助けに行きます!」
「あ、貴女が・・・!?ですが・・・・・・!」
「そのパンデモニウム教団の奴らがクーリィを生贄に使うために攫ったとしたら、もう時間が無いと思います。僕だけでも集団墓地に向かってクーリィを助け出す。それが出来なくても時間稼ぎくらいやって見せます!」
「そんな・・・!?」
「では、お願いします!」
アルクはそう言って再び走り出し、クーリィと彼女を攫ったパンデモニウム教団がいるであろう集団墓地へと急ぎ向かうのであった。