第2章第6話 ~大魔王の日常~
私達がアイファの町に来て、そしてアルクの修行を始めて約1ヵ月が経過した。
最初は基本的な剣の素振りを午前中の内に千回振れるようになることを目標にしていたアルクだが、習い始めて一週間程経った頃には驚いた頃に基本的な型を各千回ずつ行えるようになっていた。
剣が千回振れるようになった後は短剣の素振りを千回、その次は槍、その次は斧、その次は弓矢と言った風に武器の内容を変えてその扱い方を体に覚えさせていくようにした。
私としては、剣だけではソレが手元にない場合に戦えなくなるので、戦闘や日常でよく使われている武器くらいは扱い方を覚えた方が良いという程度の考えであったのだが、アルクの成長速度は私の予想を遥かに超えていた。
アルクも剣から他の武器の素振りを行うようになった時には、初めはその扱い方の違いに戸惑ってはいたのだが、剣の型を各千回振れるようになった頃には、その武器の扱い方さえ理解し、しばらくすれば苦も無く行えるようになっていた。
今では他の武器も同様に、扱い方さえ理解してしまえば滞りなく素振りが出来てしまえるようになっている。
私は彼の驚異的な成長速度に驚嘆せずにはいられなかった。
『突き落す愚者の腕輪』の効果で成長速度が二倍程に上昇しているにしてもこの成長速度は異常としか思えない。
ゲームで武器の扱い方を覚えようと特訓していた私でさえ、彼ほどの速さで覚えて扱えるようにはならなかった。満足に震えるようになるまでゲーム時間で二か月は必要であったのだ。
だが、彼はそれよりも遥かに短い約二週間で複数の武器を扱えるようになっていた。
少し前に気になって彼のステータスを【鑑定】の《ステータス》で確認してみたのだが、そこで彼の異常な成長速度の答えが判明した。
種族名:【人間種】
名前:【アルク・●●●●●】
性別:男性
年齢:10歳
称号:●●●●
『HP』:52/52 『MP』:15/15
『STA』:200/200
『STR』:131 『VIT』:43
『AGI』:82 『INT』:25
『MND』:33 『DEX』:98
『LUK』:5000(-5000)
・武具スキル
剣LV3、短剣LV3、槍LV3、斧LV3、弓矢LV3、投擲LV2
・魔技スキル
火属性魔法LV1、水属性魔法LV1、風属性魔法LV1、雷属性魔法LV1、光属性魔法LV1、
・技能スキル
裁縫LV3、料理LV2、建築LV2、掃除LV4、魔力操作LV1、危険感知LV4、気配探知LV4、直感LV10、回避LV5、歩行術LV3、防御術LV3、状態異常耐性LV6、隠密LV3、
・特殊スキル
●●●●LV―、足掻くものLV―、超幸悪運LV―、大魔王の弟子LV―、目指す者LV―(NEW)、
彼の持っている特殊スキルの内、『足掻くもの』と『目指す者』が彼の成長に影響を与えていたようである。
『足掻くもの』は自らが不利な状況及び環境にいる場合、各種ステータスとスキル成長率が二倍上昇する効果を、『目指す者』は自らが目指す理想を目指し、それに到達するまで常に成長率が二倍上昇する効果をそれぞれ持っている。
『目指す者』は彼が勇者になりたいという思いからその効果を発動させ、『足掻くもの』は『突き落す愚者の腕輪』の効果から彼の肉体が不利な状況及び環境と認識されて発動しているのだろう。
その為相乗効果もあって約八倍もの成長率上昇効果が彼に与えられているのであろうと考えられる。
そして今では午前中の内に剣、短剣、槍、斧の素振りを終わらせられる程にアルクは成長していた。
「九百九十七!・・・九百九十八!・・・九百九十九!・・・千!・・・・・・ふぅ。」
武器の素振りを終えて一息つくアルク。
その姿はある程度疲れてはいる様子であったが、それでも修行初日の頃に比べたら雲泥の差だ。
「・・・うん。基本的な武器の扱い方は覚えたようだし、もうちょっと体力がついてきたら次の段階に移ろうか」
「本当ですか!?やった!」
私が今後の事について伝えると、アルクは嬉しそうにはしゃぎ出す。
「嬉しいのは分かるが、午後には冒険者ギルドで依頼を受けるんだ。それに備えてちゃんと休むんだぞ」
「はい!」
私は今も嬉しそうにしているアルクに忠告をしてみるも、彼の様子はあまり変わらなかった。
私は「なんだかなぁ」と苦笑を零しつつ、微笑ましく彼を見ていた。
・・・・・・ちなみにこの後、何時まで経ってもはしゃいだままの彼に「いい加減にしろ」と強制的に眠らせたのは余談である。
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「こんにちは。シャーラ。依頼を受けに来たよ」
「こんにちは!シャーラさん。」
「こんにちは。フェルヌスさん。アルク君。ゆっくり選んでくださいね」
アルクと二人で冒険者ギルドに来て、受付に座っていたシャーラに挨拶をし、クエストボードへと向かう。
クエストボード前には何人かの冒険者たちが依頼を確認しているのが見え、奥にあるテーブルには他にも話をしている冒険者たちの姿も見られる。
彼らは今まで誘拐事件調査の為にアイファの町を離れていた冒険者達である。
彼らが帰って来たのは今から一週間ほど前の事。
例の誘拐事件についてだが、なんでも私たちがこの町に来る一週間ほど前から確認されなくなっていたらしい。
それまではほぼ毎日のように起こっていたとの話だが、今では恐ろしいほど静かになり、どこそこで誰がいなくなったなんて話は聞かれなくなって来ていたそうだ。
その為調査が中々進展せず、またここ最近は誘拐事件が発生していないことから、一部の冒険者以外は町に戻って通常の冒険者活動を行うようになったのである。
現在誘拐事件については調査の為に結成された専門のパーティーが調べており、だがそれでも中々調査は進展していないとのことだ。
「シャーラ。今日はこの依頼を受けるよ」
「はい。オーク五体、オーガ三体、フォレストウルフの毛皮を三枚入手の依頼ですね。受領しました。」
クエストボードから適当な依頼書を取り、受付で待っていたシャーラに渡して受けることを伝え、シャーラはそれを確認した。
現在私の冒険者ランクはCランクに上がっていた。最初の頃に複数の依頼を毎日受けていた為か一気にランクアップ条件をクリアしていたようで、気が付いたらそのランクになっていた。
これほどの速さでのランクアップは珍しいのだとシャーラは興奮気味に言っていたのだが、ゲームで最上位クラスのモンスターを相手取っていた身としては素直に喜べない。
「シャーラさん。こっちもお願いします」
「分かったわ。アルク君。今日はノートン家財店への資材運びとカテナ衣裳店での小物の裁縫。後はライード教会所属の孤児院の屋根の修理ね。はい、受領しました。」
「ありがとうございます!」
元気にそう返事を返すアルク。
彼はまだ十二歳以下と言うことでGランクのままであれど、最近では周囲から高い評価を得られるようになっていた。
見習い冒険者ながらその運動量は冒険者が依頼を受けた時に動く運動量とほぼ変わらないくらい働いているということから、将来有望な少年だと噂されているのだとシャーラが話していたのだ。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃ~い。」
「気を付けるんだぞー。」
「はーい!」
アルクは依頼発注書を受け取った後、元気よく冒険者ギルドを出て行った。
「・・・それでは、私も行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい。お気をつけて」
それを見送った後、シャーラからの笑顔を受けつつ、私も冒険者ギルドから出ていくのであった。
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「ふん!」
「グボオオォォォ・・・・・」
現在私が使用している武器であるショートソードを振るい、目の前で棍棒を振り上げていたオークの首を斬り落とす。
「ブ、ブヒャ!?ブヒ!ブヒヒン、ブッヒィ!」
「ブ!?ブッフゥゥゥ・・・・・・!」
「ブゥヒィ・・・!グッグッグッ!!」
森と草原の境界線と言える場所で私は現在オークたちと戦闘を行っていた。
私の周囲には残り三体のオークがこちらを取り囲むような形で構えていた。
しかしその意思は統一されていない。
一体目は仲間が速攻で殺されて動揺し、隣にいる二体目オークにお前が行けと言うような動作をしており、その指示を受けたオークは初めは驚くも、警戒しながらこちらに突撃する隙を探っている。
最後の三体目は私を警戒している他のオークを馬鹿にしながら、私の後方へと少しずつ回り込もうとしている。
「ブッヒャアアァァァァ!!」
「ブッヒィ・・・・・・!!」
私が視線を回り込もうとしているオークに向けると、先程指示を受けていたオークが棍棒を振り上げて襲い掛かって来た。
その斜め後ろには錆びた短剣を腰だめに構えて襲い掛かったオークの影に隠れるようにして攻撃しようとしてくる。
・・・・・・だが、私にはその動きがとても遅く見えており、何をしようとするのか丸わかりの状態だった。
とりあえず先に襲い掛かってくるオークには、その胴体にヤクザキックをかます。
「ブグッフゥゥゥ・・・・・・!?」
「ブヒィ!?」
私のヤクザキックをその大きな腹で受けたオークはお腹を押さえつつ蹲り、それを横目で見ていたもう一体は驚きに目を剥く。
「・・・・・・・・・」
「ブッ!・・・・・・ギィ・・・・・・・」
私から視線を逸らした隙を突いて右手に持っていたショートソードでその首を飛ばす。
「ブキィィィヤァァァァ!!・・・・・・・ブフゥ・・・・・・!?」
今が好機と回りこもうとしていた三体目のオークが飛び掛かってくるが、その顔面に左拳の裏拳をめり込ませる。
私の拳を受けたオークの顔面はそのほとんどを内側に引っ込ませられ、仰向けで地面に倒れ込んだ。
その死を最後まで見ずに、未だ目の前で地面に蹲っているオークに近寄り、手に持っている剣を振り上げる。
「グヒッ・・・・・・!」
そのまま剣を振り下ろしてオークの首を斬り落とし、地面にオークの頭が転がり落ちた。
私はそれを見届けるとショートソードに付いた血糊を力強く振ることで飛ばし、腰の後ろに着けていた鞘へ納める。
「・・・・・・・・・こんなものか」
私はため息を零しながら、そう呟いた。
一息ついた後は【水魔法】の《液体操作》で血抜きを行い、近くに持ってきていた荷車にオークたちの死体を乗せていく。
彼らオークの肉は人間社会ではそこそこ美味しいお肉との評価が出されており、町の住人からすればちょっと贅沢な御馳走的なモノなのである。
死体を全て荷車に乗せた後は、荷車を引きながら再び森の周辺を歩いて行く。
私の心はとても落ち着いていた。
そこには命を奪ったことによる嫌悪感とか罪悪感とは存在せず、だからといってオークたちに謝るような気持ちすらも存在していない。
もし何かあったとするならば、愚か者に対する蔑む気持ちくらいのものだろうか。
自らの内面を考察しつつ、「なんだかなぁ」と呟く。
・・・・・・本来、平和な日本で暮らしていた一般人である自分が命の遣り取りを行って取り乱していないというのは、初めの内は困惑していたものだ。
アルクと出会った時に相対したゴブリン達との戦闘の時も、元の世界で命を掛けた戦いなんてしたこともなかった自分だが、彼らの命を奪った時にはその気持ちは落ち着いていた。
それどころか何も感じることはなかったのだ。
まともな論理感を持っていれば何某かの反応が出てもおかしくはなかったのだが、その後の戦闘でも、アイファの町についてしばらくしてからも何の症状も表れることはなかった。
考えられるとすればこの世界に来た際に何者かに精神面に何かしらの細工をされたか、もしくは弄られる以前に初めからそういう状態だったのか。
憶測は色々と考えられるものの、私の現状ではその答えを出すことは出来ないし、自分の周囲にはそれに答えてくれるであろう存在もいる筈がない。
だが、自身のこの状態はこの世界で生活していくにはとても有り難かった。
この世界は私が暮らしていた近代のそれではなく、時系列的には中世頃の世界観なのである。命の遣り取りなんて日常茶飯事とも言える。
そんな中で現代の感性なんて持ったままでいれば、たとえアバタ―キャラの強靭な肉体を持っていたとしても適応する前に死んでいた可能性もあったであろう。
その点に関しては感謝するべきなのかとも思うが、それでも元々の感性が一部とはいえ無くなるというのは言葉に出せないわだかまりも感じられてしまう。
・・・・・・・そうやってついつい仕様もないことを考えていると、森側の草むらから何かが出てきたのを確認する。
「「「「「グルルルルルルッ!!」」」」」
出てきたのは緑色の体毛を持った五匹の狼たちであった。
この狼たちは『フォレストウルフ』と呼ばれる群れを形成するモンスターである。
主に森の中に生息していて、その緑色の体毛が保護色の役割を果たしており、森の中ではそれを生かして隠れつつ、刺客から獲物に襲い掛かるのである。
どうも彼らはオークの血の匂いに誘われて来たようである。
もちろんそれはうっかりなどではなく、態と血の匂いをさせてそれに気付いたモンスターを誘き寄せる作戦であった。
そして思惑通りに目的の獲物たちがやって来た。
「・・・・・・さてと、行きますか。」
二匹ほど余分ではあったが、多少増えても問題ないだろうと考え、ショートソードを抜き放ち、フォレストウルフとの戦闘を開始した。
・・・・・・結果はフォレストウルフの全滅であり、フェルヌスが「残りの依頼はひぃとつ~♪」と鼻歌を歌いながら荷車を曳いて行くのは必然であった。