第2章第3話 ~宿屋~
冒険者ギルドでの登録を終え、冒険者と冒険者見習いになったフェルヌスとアルクは、これから止まる宿を探すべく街道を歩いていた。
宿屋通りの場所については冒険者ギルドの受付で教えてもらい、今はそこへと向かっている最中であった。
道中には所々に食べ物を売っている屋台が存在し、食欲をそそる香りが漂って来ていた。
丁度良いのでここらの屋台で買い食いをしつつ、ゲーム世界での通貨が使用できるかの確認を行おうと近くにあった串焼きの屋台へと向かう。
冒険者ギルドの依頼表を見て一応金額と通貨名は確認していたのだが、世界観が似ていたとしてもゲームの時に使用されていた通貨がこの世界でも普通に使えるかは分からない。
その為、実際に使ってみて確認するべきだと考えた。
もし使えなくてもアイテムボックスに入っている換金できそうなものを売って、資金を得てしまえばいい。
そんな楽観的な考えを持って肉の串焼きを焼いている屋台へと向かう。
「おじさん。串焼き四本頂戴」
屋台の店主に串焼きの注文をする。
「あいよ!一本三デル。合計で十二デルだぜ!」
「これでいいか?」
ポケットに手を入れ、そこからお金を出す振りをしてアイテムボックスから通貨を取り出す。
『カオスゲート・サーガ』では硬貨が通貨として使用されており、それぞれ銅貨、銀貨、金貨、王銀貨、神金貨の五種類存在している。
銅貨はデル。銀貨はシル。金貨はギル。王銀貨はシギル。神金貨はゴルギルと言った名称で呼ばれている。
単位を分かりやすく言うと、一デルで十円。一シルで千円。一ギルで十万円、一シギルで一千万円、一ゴルギルで十億円という風になる。
また、神金貨より上の貨幣もあるそうだが、まず一般には出回ってはいない。
プレイヤーの間でも見たことがあり、所持しているのはごく一部の者だけであった。
今回はデルということで、銅貨を十二枚渡す。
「まいど!そら、串焼き四本だぜ!」
「ありがとう。ほら、アルク」
「え?わっ!あ、ありがとう」
・・・・・・店主の様子から、どうやらゲームで使われていた通貨をこの世界でも使えるようである。
受け取った串焼き四本の内二本を、心ここにあらずの状態であったアルクに渡す。
アルクは自分の目の前に串焼きが現れたことに驚きながらも受け取った。
「えっと、食べていいの?」
「いいから渡したんだ。遠慮せずに食べていい」
「う、うん。・・・ありがとう」
最初は食べることに躊躇していたアルクであったが、私が食べていいと伝えると嬉しそうにしながら串焼きを食べ始める。
その様子を微笑ましそうに見つつ、私も串焼きを食べる。
「(【鑑定】の《アイテム鑑定》でホーンラビットの肉だということは分かっていたが、意外とおいしい。味の決め手はこのタレかな?ピリッとくる辛さと酸味のある甘酸っぱさが思いのほか調和してて飽きが来ない)」
買い物で当たりを引いたことに幸先がいいかなと思うフェルヌスであった。
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宿屋通りに到着し、適当な宿へと入っていく。
「いらっしゃい!『ゴンゾーの宿屋』へようこそ。宿泊なら一人部屋一泊二十デル。二人部屋なら三十デル。食事は別料金だよ」
宿屋の受付にて出迎えたのは少し恰幅の良いおばちゃんであった。
「とりあえず二人部屋で三日間泊まらせてほしい。」
そう言いながら銀貨一シルを受け付けのテーブルに置く。
「まいど!お釣りの十デルと部屋のカギだよ。部屋は二階に上がって通路を歩いて行った先の番号が掛かっている所だよ」
「どうも」
おばちゃんは銀貨を受け取り、そのお釣りと『105』と書かれた木の札の付いた鍵をテーブルに置く。
私はそれを受け取ると二階に上がろうとするが、そこでアルクがついて来ていないことに気付いて振り向く。
「・・・どうしたんだ、アルク。早くおいで」
「え、・・・いや・・・えっと・・・」
「何のために二人部屋で取ったと思っているんだ。部屋に行くよ」
「う、うん」
何故か部屋に向かうことを躊躇っていたようだが、再度来るように促すと頷いて階段を上って来た。
それから二人で『105』の看板が掛けられた部屋へと向かい、入っていった。
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部屋に入り、僕とフェルヌスはそれぞれ防具などを脱いでラフな格好になっていく。
「さて、今後のことについてだが。お前はどうするんだ、アルク」
「どうするって?」
僕はフェルヌスの問いの意味が分からなかった為、首を傾げた。
「・・・・・・当初の目的はアルクがエプーアの町に戻るまでという話だったが、君の境遇や事実確認を行おうとしている冒険者ギルドの事を考えると、現状ではその町に戻ることは推奨されないだろうし、向かおうとしても止められるだろう」
「・・・・・・・・・」
「それに戻ったとしても君の環境の劣悪さは変わらない。それどころかもっと悪くなる可能性もある。そんな状況で態々あの町に戻る必要はあるのか?」
「・・・・・・・・・それは」
僕はフェルヌスの質問にどう答えるべきか悩んでいた。
ギルドで行われていた不正の事実。
そしてそれから分かる自身の境遇と劣悪な環境。
彼女の言う通り町に戻ったとしてもそれ変わらないだろうし、真実を知った今ではその境遇に我慢し続けることはもはや無理だろうとも思っていた。
勇者として頑張って来たのに、その頑張った結果と成果が記録として残っていないと断言されたようなものであるし、今後も記録として残されるわけがないということは察しは付く。
だからと言って、それでは今後はどうするのかと聞かれたとしても、今まで冒険者(仮)としての活動しかしたことがなかった自分では、早々思いつくことが出来ない。
村にいた頃は家族で畑を耕して暮らしていたので、村に帰ればなにかしらの仕事はあるのだろうが、今の非力なままの自分では一人で村に辿り着くなんてことは不可能だし、それ以前に勇者として旅立ったのに何も結果を残すことが出来ずに帰れば、村の皆を落胆させてしまうと考え、彼らを悲しませたくないから戻りたくないと思っている。
・・・・・・しかし、それでは今後の自分の行動をどうするべきなのか。
僕は答えを出す事が出来ず、頭の中は同じ内容の事がグルグルと堂々巡りをしていた。
そんな風に考え込んでいる僕にフェルヌスは一つの提案を出した。
「それじゃあ、私の修行を受けてみるつもりはないか?」
フェルヌスは僕に手を差し伸べつつ、そう言った。
僕はそれを聞いて「えっ?」と驚いたように彼女を見る。
「今の私は、君と初めて会った時のように未だ迷子の状態だ。帰るための方法を探すにしても、現状では少しずつこの町のギルドの依頼を受けながら、この地のことを知っていく必要があると考えている。
今の君の状態も、ある意味では私と同じ迷子みたいな状態だ。
・・・・・・まあ、帰る場所が分かっている分私の状況よりもマシだろうが、君の様子を見る限りでは今は故郷に帰りたくはないのだろう?
正直君のような子供とここで別れて、気づいたら野たれ死んでいたなんてことになったら、私としても寝覚めが悪くなるし、そうなる可能性を考えるだけで心配になってくる。
そんな心配をするくらいだったら私が君をある程度鍛えて、一人で十分に生きていくことが出来るようにした方が安心できる。
結構自分本位ではあるけど、私も心配事がなくなって、君も今よりも強くなることが出来る。どちらにとっても得となる提案だと思うのだけど」
そうフェルヌスは優しく微笑みながら、でもどこか不安そうにしながら僕にそう話した。
「・・・・・・・・・」
僕は考える。
自身でも考えていたが、フェルヌスの言う通り、今の自分では一人で故郷に帰るなんて出来ないし、そもそもまだ故郷に帰りたくはない。
それにとアルクは思い出していた。
森の中での少女と魔物の戦いの様子を。
・・・あれは戦いと言うよりも蹂躙と言う方が表現的に正しいのだろうが、その強さは言葉では言い表せない程である。
そんな強さを持つ、今自分に優しく微笑んでいる少女に鍛えてもらえるのであれば、故郷に帰ることもそうだが、本物の勇者かそれに近しい存在になれるのではないか。
そうなれば、例え帰るとしても何も出来ないまま俯いて帰るよりも、何らかの偉業をなして上で胸を張って帰って行くことができるようになるのではと、彼の心は揺れ動く。
そして彼女の次の一言でアルクはその提案を受け入れることにした。
「・・・別に今すぐ決めなくていいからな。無理強いをするわけではないし、しばらくはこの町にいるから、決めるまでゆっくりすればいいからな」
「いえ、お願いします。僕を強くしてください」
フェルヌスの微笑みが段々と悲しげ且つ不安げに変わっていくのを見て、思わずその手を取り、そう答えた。
・・・・・・強くなりたいというアルクの気持ちに嘘偽りはなかったが、正直に言えばフェルヌスの悲しむ顔を見たくなかったからという下心もなかったと言えば嘘になる。
彼もまた、幼かったとしても男であったということである。