竜王の番いは鶴になる夢を見た
春になれば、若い竜たちが番いを探して空を飛ぶ。
今年の春一番は早いな。
少女は空を見上げて、洗濯物を干し始めた。
竜は滅多に地上には降りてこない。
然り、少女にとっては遠い世界のこと。
ただの季節の名物、鶯のさえずりやつくしが顔を出すことと同じことだ。
風はまだ冷たくも日差しは暖かい。
これなら洗濯物もよく乾くだろう。
少女がそう思った瞬間、日差しは遮られ強風が吹く。
あまりの強風に少女は瞼を閉じ、洗濯物を飛ばしてしまった。
少女は振り返り、騒ぎの主を見送る。
とてつもなく大きな竜は神々しく白い鱗を輝かせながら通り過ぎていった。
竜王…
誰しも知っている物語だ。
白き竜は嫁を娶り、五穀豊穣の加護をもたらす、と。
数百年、時には千年に一度の伝説が、この年に訪れるのだ。
今年は新しい作物を試してみてもいいかもな。
少女はぼんやりそう思った。
吉報に村人は浮かれていた。
春になれば祭りを行うのだが、今年は三日三晩行うのだとか。
人々は杯を上げ酒を飲み、踊り明かす。
それは竜のように、嫁探しを兼ねている。
しかし、少女はあまりそれを好ましく思ってないようだ。
年頃でありながら少女は椅子に座り、相手を変えながらクルクルと踊る同世代の少年少女を頬杖をついて遠巻きに眺めていた。
「貴女は踊らないのですか?」
フードを被った青年が、少女に話しかける。
見慣れない姿の青年は他所者のようだ。
少女は眉間に皺を寄せ、邪険にするように話した。
「私はああいうのが好きではありません。」
「どうして?」
「あのように笑っていても、狭い村ですので噂はたくさん回ってきます。」
「…ほう。」
「鶴の物語を知っていますか?番いを作り、片方が死んでしまっても、番いの骸が土に埋もれ見えなくなるまでその場を離れない、私はそう思える人と生涯を共にしたいのです。」
「気高いのですね。」
「いえ、変わり者なだけです。皆も笑っています。なので私は一生独り身なのでしょう。」
他人に受け入れられず、かといって自分を曲げれない自分を嘲るよう少女は笑う。
「…気に入った。」
青年が首を傾げ微笑むと、フードから珍しい銀色の髪が一筋流れた。
初めて見る髪色に少女は一瞬目を奪われた。
柔らかくも眩い光が青年を包み、白い竜が現れた。
『我が番いよ、我と共に竜宮に参られよ。』
少女は優しく嘴に加えられると背に乗せられる。
竜は祭りの飾りをなぎ倒すように羽ばたき、空へ飛んで行ってしまった。
竜宮に着くと白き竜は村の時と同じ人の姿へと変わり、少女は竜の腕の中にいた。
フードから見えなかった竜の姿が露わになり、少女は震えた。
この世のものとは思えない、見ようによっては絶世の美女にも見える美しい造形、そして全てが宝石でできたように白く輝いている。
村の中しか知らない少女には刺激が強く、クラクラと目眩がする。
竜は真っ直ぐ王座に向かい、椅子に腰掛けると膝に少女を乗せた。
「おかえりなさいませ、竜王様。帰ってきて早々ですが、膝におりますその者は…」
即座に近づき膝を折って顔を伏せた者が、竜王に物申す。
「我が番いである。即座に婚姻の儀に備えよ。」
竜王が声高らかに、そこにいた輩下に命令を下す。
「…しかしながら、その者、人間の娘に見受けられます。」
「それがどうしたというのだ。」
「ですが…」
「我れは番いを持てぬというのであれば、お前の番いを八つ裂きにしてもいいのだぞ。」
竜王が凄むと臣下と少女の肩がビクッとうごいた。
「…申し訳ございません。」
臣下の声が震える。
り、理不尽…
少女は我に帰り、他人事のようにそう思った。
「我が番いは疲れているようだ。我も番いと共に休む。」
竜王は細く美しい腕に軽々、少女を乗せて竜宮の奥宮へと進んで行った。
色とりどりの装飾を施された廊下の先、一際豪華な部屋にたどり着く。
竜王はベッドに腰掛けると彼女の洋服のボタンに手をかけた。
「あ、あのっ!何しているんですかっ!」
少女は頰を真っ赤に染めて、竜王の胸に手をついて離れようとするが、ビクともしない。
「湯浴みをしようかと。」
竜王が笑う。
二人きりになると柔らかく笑う竜王に、少女の体温が高く上がる。
「一人でしますっ!」
「そういえば、そなたは人間だったな。竜の番いというのは身繕いから食事などはオスが世話をするのだ。」
「ですが、私は人間ですっ!」
「鶴の番いになりたいのではなかったか?確か鶴の番いも似たようなものだろう?」
「それは言葉のあやというもので…」
「ダメなのか?」
竜王はその顔で強引に迫ってくるが、少女も譲れない恥じらいというものがある。
「たとえ竜王様であったとしても、今日会ったばかりお人に身体を預けるようなことはできません。先程申した通り、私は変わり者の頑固者なのです。」
「…そうであったな。人間でありながら気高き心を持つ者、そこに我も心を惹かれたのだ。」
何とか説得できたようだ。
竜王が少女と額を合わせる。
「安心するがいい。竜は生涯をかけて、番いを愛する。やっと会うことができた…そなたに会う前の事を思い出すと虚ろな時間だったと思えるほどに。」
竜王の瞳から一粒、涙が落ちた。
番いを受け入れたわけではないし、少女自身一言も答えてはいないのだが、何故かその涙が愛おしく感じた。
少女もまた探していたのだ。
生涯の番いを。
そして少女の考えを受け入れてくれる誰かを。
まだ恋も知らいけれど、確かに竜王様のそばにいたい。
竜王に抱きしめられながら、少女は鶴になる夢を見る。




