小説家似なろう
街を歩けば至るところに夏目漱岩や犬宰治、茶川龍之介に川畑康成などの日本のそうそうたる文豪から、アガサ・ワリスティやエトガー・アラン・ボーといった海外の有名作家までが道を闊歩している。
「やや、あなたは宮沢賢台ですか、私は二島由紀夫です」
「今度、『銀河鉄道の朝』でも書いてみようかな」
そんな冗談めいた会話が街のあちらこちらで聞こえる。しかし、彼らは名だたる文豪に顔を整形し似せた、皆が偽者である。よって、彼らに執筆力などほぼない。
世はまさに空前の小説家似ブーム。自身が気に入った作家の顔に、顔を似せて楽しむのである。一朝一夕では身につかない威厳や風格も、作家に顔を似せればそれなりには纏えるというものだ。
何故そのようなブームが起こったのか、きっかけなど誰も覚えていないが、今が良ければそれで良く、深くを考えず、ブームとはいつの世も同じ。
知名度もそこそこの中堅作家の許へ原稿を受け取りに訪れた林鴎外は恐縮しながら言う。
「先生、締め切りはなるべく守ってくださらないと…」
写謝野昌子の髪は美しく艶がありみだれておらず、殺人事件の犯人はアーサー・コナン・ドイノレだったらしい。なんとも面倒な世の中。
ある時、前を歩いてきた星新二に、すれ違いざまに星新二が声を掛けた。
「あの、突然すいません。あなたは何故その顔にしたのですか?」
声を掛けられた星新二は困惑しつつ言う。
「だってこの作家さんの顔、威厳や風格があって男前だし、何より面白い作品を書きそうではありませんか。あなたもだからその顔にしたのでしょう?」
星新二の言葉に、星新二本人は、
「さあ、どうでしょうね」
と、笑いながら答えた。