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取り替えっ子の存在は、この世界では割と知られているようだった。
私が別の世界から来たと言っても、病院を紹介されることもなく、事情を話すと元の私が通っていた高校への編入もできた。
ただ、知られているとは言っても、実際に取り替えっ子が現れるのはごく稀なことらしい。だからそういう場合の具体的なマニュアルなんかはなかったらしく、先生方と一緒に私も右往左往したけど、まあ手続き的に苦労したのはその程度だ。
一番大変だった、というか今も大変なのは、他の生徒の扱い方だった。
幼馴染みと一緒にアパートを出て、学校に向かって歩き出す。高校までは歩いて十五分くらいだ。路地を抜けて大きな道に出ると、私の学校の制服をちらほら見かけるようになった。
元の私が通っていた高校の制服は、異様にファンシーな色合いだった。
「今どき魔法少女でももうちょっと落ち着いた色の服着てるでしょ……」
思わず漏らした感想に、幼馴染みは首を傾げていた。この世界では魔法少女はあまりポピュラーじゃないのかもしれない。
幼馴染みを筆頭に、女子はみんな美少女だから、そんなふざけた色合いでさえよく似合っている。でも同じ制服に身を包んだ自分の姿を鏡で見た私は、そのまま倒れて鏡を頭突きで粉砕しそうになった。
「いやいやこれはアウトだって、視覚の暴力だって!」
そう訴えたけど、例によって幼馴染みはうっとりするだけで役に立たなかった。
そんな制服を着た生徒たちは、私の姿を認めるとはっと立ち止まったり、逆にそれとなく近づいてきたり、一緒に歩いている生徒に耳打ちしたりする。
……怖い。
ずっとブスとして人目を忍んで生きてきたので、他人、特に容姿に恵まれた人間にひそひそされると、自分を笑いものにしているんじゃないかと思ってしまう。
そんな私にとって、おびただしい数の美少女に凝視され、ひそひそ話をされるこの状況はまさに生き地獄だった。たとえ、彼女たちは私の顔に見とれたり褒め称えたりしているのだと言い聞かされていても。
「みんな、すごい美人が来たって注目してるんだよ。別に怖くないじゃん、堂々としてなよ」
登校初日、あまりの恐怖に泣き言を言った私に、幼馴染みは意味が分からないというような顔でそう言った。そりゃあんたはずっと美少女だから慣れてるんだろうけど、と言いかけて、この世界ではそうではなかったのだと思い出した私は黙るしかなかった。
そんな幼馴染みは今、私の隣をどこか誇らしげな顔で歩いている。
「こんな美少女が幼馴染みとか、そりゃ自慢したくなるって。しかも取り替えっ子だし」
とのことらしい。
どうも彼女は、取り替えっ子に対して何か特別な感情を抱いているみたいだった。
私に気づいたときの美少女たちの反応はいろいろだったけれど、最終的にはみんな、私の後をちょっと離れてついてくる。背中に無数の視線が突き刺さるのを感じて、冷や汗と震えが止まらない。
学校に近づくにつれて美少女の集団は膨れ上がり、校門をくぐるころにはハーメルンの笛吹きもかくやという状態になった。
死ぬ思いをして学校に辿り着いたものの、試練はまだまだ終わらない。昇降口で靴を脱ぎ、それをしまおうと下駄箱を開けると、封筒や便箋がばさばさっと落ちてくる。
「今日もモテモテだねー」
靴を脱ぎながら、幼馴染みは能天気な口調で言う。私は辛うじて受け止めたそれらを抱え直して、深くため息をついた。
ふと視線を感じて顔を上げたら、下駄箱の陰から数人の美少女がこっちを覗いていた。目が合うと彼女たちは小さく悲鳴を上げて、さっと引っ込んでしまった。
この封筒や便箋は、女子生徒たちからのファンレター的なものだ。
幼馴染みいわく、私の顔は女子受けするタイプの顔らしい。そのせいなのか、この学校は共学なのに、私についてきたり手紙を下駄箱に入れたりするのは女子ばかりだった。どうせなら男子にモテて「私のために争わないで!」とか言ってみたかった。
男子と目が合うこともときどきはあるけど、彼らはすぐにさっと目を逸らしてしまうし、近づいても来ない。
幼馴染みは「すごい美人だから、みんな照れてるんだよ」とのんきに言うけれど、どうしても「何あいつキモい……近づきたくない」と思われてるような気がして、割と傷つく。それもこれも、長いブス歴が生み出す被害妄想だ。
「……これ、どうしたらいいと思う?」
手紙の束を見ながら幼馴染みに問いかけたけど、返事がない。
見ると、上履きに履き替えた彼女は、私を置き去りにしてさっさと教室に向かおうとしていた。
「ちょっと待ってよ」
呼びかけに対して肩越しに振り向いた幼馴染みは、なぜか冷たい目をしていた。私はぎょっとする。顔立ちが整っているだけに、そういう目をするとなかなかの迫力だ。
「……なんか怒ってる?」
全く心当たりがない。下駄箱に着くまでは上機嫌だったのに。
恐る恐る問いかけると、幼馴染みはふんと鼻を鳴らした。
「知らない。またあの委員長さんになんとかしてもらえば?」
さっきまでとは別人かと思うような冷めた口調で言い捨てて、幼馴染みはすたすたと歩き去った。
取り残された私は、手紙の束を手に途方に暮れる。自分では気づいていないだけで、何か彼女の気に障るようなことをしたんだろうか。
「おはようございます」
控えめに声をかけられてそっちを向くと、下駄箱のそばに委員長が立っていた。
委員長。私のクラスの委員長をしている女子だ。「委員長」という言葉を擬人化したらこうなるんじゃないかというくらい、その役職が似合う見た目をしている。
つややかな黒い髪を二つに分けて三つ編みにし、眼鏡をかけている。それも間違ってもおしゃれ眼鏡なんかじゃない、ちょっと野暮ったい眼鏡だ。
それでも彼女の美少女ぶりは損なわれない、というかむしろそれによって更に魅力が増しているような感じさえする。
「何かお困りですか?」
柔らかな口調で聞かれて、私は手の中の手紙の束に視線を落とした。
「ああ……またいっぱいもらっちゃって」
委員長も私の手元を見て、困ったような微笑みを浮かべる。
「相変わらずすごい人気ですね。……よかったら、またお引き取りしましょうか?」
「そうしてもらえると助かる」
私はほっとして、委員長に近づいて手紙の束を渡した。彼女はそれをそっと受け取り、胸元に抱きしめるようにして優しく頷く。
「確かに承りました」
登校二日目、下駄箱を開けた瞬間になだれ落ちてきた大量のファンレターに呆然としているところを助けてくれたのが委員長だ。彼女は思いのこもった手紙の扱いに詳しいとかで、適切に処理しようと申し出てくれたのだ。
手紙の扱いに詳しいというのがどういうことなのかちょっと分からなかったけど、途方に暮れていた私にとっては、素直にものすごくありがたかった。
それから数日が過ぎて、私への手紙は委員長が引き取っていることがだんだん知られてきたのか、手紙の数は当初よりはだいぶ減った。彼女には本当に頭が上がらない。
「もうすぐ予鈴が鳴りますよ。早めに教室に行ってくださいね」
眼鏡の向こうの目を優しく細めて私に笑いかけ、委員長は下駄箱から立ち去った。私はその華奢な背中を見送って、無意識に肩に入っていた力を抜く。
委員長は比較的威圧感のない美少女だけど、それでもやっぱり美少女だ。どうしても、そのいい人っぽい笑顔の裏を勘ぐってしまう。たとえば「うわー、今日も芸術的なまでにブスですねー」とか思われてるんじゃないか、とか。
私の物思いをぶち壊すように予鈴が鳴り響いた。ため息をつきながら上履きを履き、自分の教室に向かう。




