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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
2.幼馴染み(美少女)
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 女の子が言うには、この美少女はこの禍々しい部屋の本来の主の幼馴染みらしい。この部屋の本来の主とは、つまり「こっちの世界の私」だ。

 そもそもこの世界は、根っこの部分は私が元いた世界と共通だという。一つの世界からはるか昔に枝分かれして、若干の違いは生まれつつもそれほど大きく離れないまま今に至っているらしい。


「つまり、もしも世界が分岐しなければ、こちらの世界にいたお前と今ここにいるお前は一つの存在だったわけだな」

 女の子は腕組みして、重々しく語る。

「ということは、こちらにいたお前と今ここにいるお前はほぼ同じ存在だ。だから、こちらの世界にいたお前の幼馴染みは、今ここにいるお前にとっても幼馴染みということになる」

「いや、そうはならない」

 いくら威厳たっぷりに言われても、その理屈はおかしい。

「やかましい」

 側頭部をはたかれて、私はベッドに転がった。ちなみに女の子はローテーブルの上から動いていない。デジャビュ。

「……神通力、だっけ? 都合が悪くなったらそれ使うの、やめてくれない?」

「お前がそんなことを言わなければ済む話だ」


 いっそ清々しいほどの開き直りを見せた女の子に、ベッドの端に腰かけていた美少女が控えめに声をかける。

「あの……この人、『取り替えっ子』なの?」

 美少女が口にした単語は、私には聞き慣れないものだったけれど、女の子は我が意を得たりというようにうなずいた。

 そのうなずきを見た美少女の表情は、ぱあっと音が聞こえそうなくらいの勢いで明るくなった。ただでさえきらきらして見える大きな目を更に輝かせて、また私を見つめてくる。

「……え、何……?」

「うわああ、取り替えっ子!」

「ぐえ」

 神通力で突き飛ばされたままベッドに転がっていた私の上に、美少女が豪快にダイブしてきた。空気が肺から強制的に押し出されるのを感じながら、美少女にも体重はあるんだな、と現実逃避のように思う。

 私に覆いかぶさったまま、美少女はその恵まれたご尊顔を私の恵まれない顔にすりつけてくる。ショートヘアの毛先が肌にふぁさふぁさと触って痒い。


 ひとしきりそうした後、やっと気が済んだのか、美少女は体を起こした。

 そして呆然と転がったままの私の頬を、両手で包み込むように挟み、正面から覗きこんでくる。非の打ち所もなく整った顔がぐぐっと迫ってきて、またしても変な汗が滲む。

 そんな私を見る美少女の目は、まばたきを忘れたように見開かれている。間近で見ると、瞳は少し茶色がかっていて、吸い込まれそうに透き通っていた。

 その瞳で私を凝視しながら、美少女は感極まったようなかすれた声で呟いた。

「取り替えっ子……すごい、ほんとにこんなにきれいなんだ」

「……はい?」

 もともと現状を理解できずに混乱していた私の思考は、完全に停止した。



 取り替えっ子。


 この世界ではその言葉は、私のように他の世界から飛ばされてきた者を指すそうだ。もっと正確に言えば、他の世界から飛ばされてきて、この世界にもともといた人間と入れ替わった者を。

 わざわざそれを表す言葉があるくらいだから、ここはそんな事態が日常的に起きるとんでもない世界なのかと震え上がったけれど、ごく稀な現象らしい。女の子いわく「お前が元いた世界風に言うなら、隕石に当たって死ぬくらいの確率だな」とのことだ。

 それがどれくらいなのか、残念ながら正確には知らなかったけど。


「ちなみに、お前が元いた世界にも『取り替えっ子』という伝承があるようだな。妖精が人間の子供を連れ去るとき、代わりに置いていく妖精の子のことだったか。内容はだいぶ違ってはいるが、同じ語が用いられているのは、やはりお前のいた世界とこの世界が共通の根を持っているからかもしれぬな」

 女の子はそう言って、自分の言葉に納得するように、やたら老成した表情でうなずいた。

 申し訳ないけど私はその話は知らなかった。そして今は、それよりもっと気になることが山盛りある。

「私がその『取り替えっ子』だってことは、誰かと入れ替わったってこと? その人、どうなったの?」

 恐る恐る聞くと、女の子は小さく肩をすくめた。

「どうなったと思う?」


 安直に考えるなら、その誰かは文字通り「入れ替わり」、私が元いた世界に飛ばされたんだろうか。私があっちの世界で最後に取った行動は、電車への飛び込みだ。ということは……。

 モザイク必須の光景が脳裏に浮かんで、私はぶんぶんと頭を振った。話を変えよう。

「……別の質問だけど。私が入れ替わった人って、どんな人なの?」

「さっきも言ったろうが。この部屋の主で、そこの彼女の幼馴染みだ」

 女の子はちょっと苛立ったようにそう答えた。「そこの彼女」と指差されたのは、ベッドに座る私の腰に巻きついてうっとりしている美少女だ。


 私の顔を穴が開くほど凝視した挙げ句、「きれい」などと寝言を口走った美少女は、私にへばりついたまま離れなくなった。

 しばらく引きはがそうと奮闘したけれど、どうやら無理らしいと悟って、とりあえず放置することにした。生温かい体温がちょっと気持ち悪い以外には実害はないし、それよりもこの幼女に色々聞かなければならない。

「いや、それは分かったけど。なんで私がその人と入れ替わったの? 偶然?」

 入れ替わる相手がランダムに選ばれるとしたら、相当理不尽だ。まだ隕石が落ちてきて死ぬほうが納得できるかもしれない。

 けれど、女の子は首を横に振った。

「お前が入れ替わった相手は、この世界のお前に当たる人間だ。この世界がお前のいた世界と分岐しなかった場合、お前と同一だったはずの存在だ」

 そういえば、さっきもそんな話を聞いたような気がする。


「基本的に『取り替えっ子』は、別の世界のその人間に当たる者と入れ替わる。全く無関係な人間と入れ替わることはほとんどないようだな」

「ふーん……」

 返事が上の空になったのは、腰に巻きつく美少女がそろそろ本格的に鬱陶しくなってきたからだ。

「で、なんでこの人は私から離れないの?」

「ふむ。ずいぶん懐かれておるようだな」

「いや、犬とかじゃないから」

 そんな微笑ましそうな目をする場面ではない。


「その、こっちの世界の私に対してもこんな感じだったの?」

 私には幼馴染みはいなかったから分からないけれど、もしかしてこれくらいのスキンシップは幼馴染みなら一般的だったりするんだろうか。

「さあ。本人に聞いてみればいいのではないか?」

 そっけなく返されて、私は美少女に視線を落とす。

 美少女はそれに気づいたのか、上目遣いに私を見つめてきた。うおお……すごい破壊力。私が男だったらこの瞬間にプロポーズしていたかもしれない。

 いろいろと言いたいことはあったはずなのに、あまりの美少女ぶりに圧倒されて言葉が出てこない。

 しばらく無言で見つめ合った後、ほうっと感嘆したようなため息をついたのは、なぜか美少女の方だった。



 私がアパート周辺でおびただしい数の美女たちを見て絶望していたとき、女の子は確かこんなことを言った。

「美醜の基準というのは絶対的なものではない。お前から見てこの世界の女が美女に見えたとしても、彼女ら自身はそう思ってはいないかもしれない。同じように、この世界の女から見てお前が醜いとも限らないぞ」

 もしかして、それは真理だったんだろうか。


「取り替えっ子はみんな、ものすごくきれいな顔をしてるって言われてるの。ほんとだったんだ……」

 これぐらいの美少女に言われると、社交辞令の程度を見誤っているようにしか聞こえない。

 でも、私に向けられる彼女の熱っぽい視線には真実味があった。これが演技だとしたら、今すぐにでも女優の道に進むことを勧めたいくらいだ。

「……もしかして、最初に会ったときから私の顔をじっと見てたのって……」

 恐る恐るそう口にすると、美少女の頬がぱっとピンク色に染まった。美少女は赤面の仕方すら可愛いのか。顔面格差社会の冷酷さを肌で感じる。

「あああ、気づかれてた! 恥ずかしい、もうお嫁に行けない!」

「いや、その顔ならどこにでも行けるでしょ」

 私の突っ込みも耳に入らない様子で、美少女は顔を両手で覆ってベッドの上を転げ回る。割と遠慮なくぶつかってくるので、私はそっとベッドから立ち上がった。


「どうやらこの世界では、お前は絶世の美少女らしいな。良かったじゃないか」

 相変わらずローテーブルにあぐらをかいた女の子は、腕組みしてそう言った。

「いや……単にこの人の審美眼がどうかしてるんじゃ? あと、私、少女って歳じゃないから」

 年齢不詳系ブスではあるけど、一応戸籍上は二十五歳だ。

 でも、女の子は目を細めて顎を上げた。

「この世界でのお前は十七歳だからな。少女と名乗って差し支えあるまい」

「……は?」

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