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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
9.もう一人の私(???)
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7

「……本気で、言ってるの?」

 からからの喉から、何とかそう絞り出した。冗談に決まっているだろう、とか言ってくれないかな、と一縷の望みを込めて。

「もちろんだ。ああ、もう一人のお前は駄目だぞ、そいつを殺すとお前も遅かれ早かれ死ぬことになるからな」

 望みは打ち砕かれ、余計な情報がもらえただけだった。

 女の子はそのまま包丁を持った手をぷらぷらさせている。……本当に、私が誰かを選ぶのを待ってるんだろうか。


 私は、立ちすくんでいる美少女と美女たちに目を向けた。

 目が合うと、みんな顔を強張らせてさっと視線を逸らす。今まで好意的な態度を取ってくれていた人たちなだけに、その反応はなかなか傷つくものがあった。

「言っておくが、逃げようとしても無駄だからな。私の許可がない限り、この公園からは出られぬ」

 彼女たちに向けられた死刑宣告みたいな女の子の声を聞きながら、私の思考は同じ所を行ったり来たりしていた。

 ここにいる誰かを犠牲にしないと、私は元の世界に戻れない。しかしここにいるのはみんな知り合いだ。何のためらいもなく生け贄に差し出すほど、私は利己的にはなれなかった。かと言って元の世界に帰るのを諦められるほど聖人でもない。でも帰るためには、誰かを犠牲にしなければならない……


 そんな内心の堂々巡りを断ち切ったのは、突然響いた声だった。

「久しぶりね、ジンギスカン職人さん」

 反射的に声のしたほうを向く。公園の入り口に立っていたのは――

「……先生?」

 呟いたのは、タレの包みを抱きしめたままの留学生だった。それに応えるように、公園の入り口に立つ保健室の先生は優しく微笑んだ。

「……お前は」

 地を這うような声音に、呆然としていた私は我に返った。見ると、女の子があどけない顔を鬼のように歪めていた。

 知り合い? と聞きたかったけれど、声をかけられる雰囲気じゃない。女の子の手に握られたままの巨大な包丁も相まって、尋常じゃない雰囲気が醸し出されていた。


 そんな場の空気をものともせず、保健室の先生はゆったりした足取りで公園に入ってきた。

 そして留学生に歩み寄って、その腕の中の布包みをそっと取り上げる。今まではあれだけ頑なに手放さなかったのに、この場の雰囲気に呑まれているのか、留学生はあっさりとタレを先生に渡した。

 それとほぼ同時に、女の子の姿が消えた。

「……え?」

 慌てて周りを見回すと、保健室の先生に向かって包丁を振り上げる女の子が目に飛び込んできた。瞬間移動なのか、もしくは動きがあまりに速くて目で捉えられなかったのか。

 半分現実逃避のようにそんなことを考える私の耳を、留学生の悲鳴がつんざいた。

「先生!!」

 あまりの出来事に、身動きさえできなかった。動けたとしても、この距離から止めに入るのは無理だったと思うけれど。しかも私の上には、もう一人の私がのしかかったままだ。

 先生に包丁を振り下ろす女の子の動きが、妙にスローに見えた。その先の惨事を見るまいと、私はとっさに固く目をつぶった。


「……貴様」

 耳が痛くなるほどの静寂の後、聞こえてきたのは唸るような声だった。

 恐る恐る薄目を開けてみる。想像に反して、保健室の先生は無傷だった。いつもの穏やかな微笑みを浮かべて、両手で持ったタレの包みを盾のように突き出している。どうやら女の子はそのせいで先生に手出しができないみたいだった。

「二十年ぶりだっていうのに、ずいぶんなご挨拶ね」

 その口ぶりから察するに、先生と女の子は顔見知りらしい。女の子は、あどけない顔に底冷えのするような笑みを浮かべた。

「ああ、そうだな。二十年、探し続けたぞ」

 二人は顔見知りではあるけど、仲良くはなかったみたいだ。


 女の子の険悪な表情をものともしない様子で、先生はタレの包みを胸に抱え直す。

「まあ、そんなに私のことを思ってくれてたの? 照れるわー」

 可愛らしく小首を傾げた先生の言葉に、女の子の殺気がぶわっと膨れ上がった。そのすごさと言ったら、私にのしかかっているもう一人の私が小さく悲鳴を上げたくらいだ。

「貴様を探していたわけではない! 私が探していたのは、そのタレだ!」

 今にも噛みつきそうな顔で「返せ!」と迫る女の子。どれだけタレが大事なんだ。

 でも、それにしては実力行使に出ないのが腑に落ちない。私にあれだけ何のためらいもなく使っていた神通力は、先生に対しては使わないんだろうか。


 その疑問は、先生自身から投げかけられた。

「そんなに欲しいなら、奪い返してみればいいじゃない?」

 別人のように冷たい口調で言った先生は、包みを軽く掲げて見せた。唇の端は吊り上がっているけれど、目は全然笑っていない。いつもの柔らかい雰囲気からは想像がつかないような表情だった。

 それに対して女の子は、顔をますます険しく歪めた。歯ぎしりの音がここまで聞こえてきそうだ。

 馬鹿でかい包丁を握ったままの小さな右手が、ゆっくりと持ち上がる。次の瞬間、女の子と先生の間にばちばちと火花が散っていた。比喩的な表現じゃなくて、文字通りの火花だ。


 女の子は振りかぶった包丁を両手で握りしめ、全体重をその切っ先にかけるように地面を踏みしめて体を傾けている。幼女の体格なので、包丁の先が来るのは先生のお腹のあたりだ。

 先生は包みを持ったまま、特に体勢を変えずに女の子を見ている。でも、先生のちょっと手前で、女の子が握る包丁は止まっていた。その刃の先で火花が音を立てて飛び散っている。

 まるで先生の前に透明な壁があって、それと包丁がぶつかり合っているみたいだ。

「……あ……あ……」

 先生のそばに立っていた留学生が腰を抜かしている。もしも今狙われたらひとたまりもない、と思ったけれど、女の子の眼中には先生しかないようだった。

 

「……ぐぐ……」

 女の子の食いしばった歯の間から、小さく唸りが漏れた。冷たい目を女の子に向け続けていた先生は、ふっと表情を緩めた。

「そんなところにしておきなさい」

 先生が片手を軽く振ると、女の子が軽々と弾き飛ばされた。いたいけな幼女が宙を舞い、辛うじて着地する。直接触ったようには見えなかったけれど、どういう原理なんだろう。

「……神通力?」

 ふと思い当たった単語が口からこぼれた。

「!」

 ほんの小さな声だったのに、先生がぱっとこっちを見たので焦った。

 先生はちょっとの間私を見つめてから、にっこり笑った。それから唇の前に人差し指を立てて見せる。

 その笑顔はいつもの優しいものだったけれど、私の背中をぞぞぞっと寒気が駆け上がった。なんというか、本能的な部分で、この人はやばいと悟ったのだ。


 悔しそうな呻き声が聞こえたので目を向けると、女の子が体勢を整えたところだった。先生も女の子のほうを見て、冷たい目で、口調だけは楽しそうに言った。

「いやー、私も意外とまだやれるのね。現役に戻ろうかな」

「――貴様ぁっ!」

 何の現役だ、と聞き返す間もなく、女の子が叫んだ。その勢いのまま、再び包丁を構えて先生に突っ込んでいく。

「何回やっても同じよ」

 包丁の切っ先は、さっきと同じように先生のちょっと手前で止まる。女の子は眉間にしわを寄せて全身を震わせ、渾身の力で包丁を押し込んでいるみたいだけど、火花が飛び散るばかりでどうしても先生には届かない。

 先生の余裕ぶりになんとなく少し安心していた私の耳に、地の底から響いてくるような声が聞こえた。


「……た、れ」

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