4
その日の夕食は肉じゃがだった。
委員長と先輩とお嬢様は夕食前に帰っていき、入れ替わるように留学生が帰ってきた。
「先生があんまり遅くなるとよくないからッテ」
留学生はいかにも不満だというように唇を尖らせていた。そういう顔をすると、まるでヨーロッパの絵画みたいだ。美術には造詣が深くないから、あくまでイメージだけど。
「いただきます」
ローテーブルを私、幼馴染み、妹、留学生の四人で囲んで、夕食が始まった。
肉じゃがを口に運びつつ、三人の美少女をそれとなく眺める。
彼女たちには散々大変な目に遭わされてきたけど、こうして一緒に夕食を食べるのも今夜で終わりだと思うと、それもまあまあ充実した日々のように思えてくる。これが思い出補正だろうか。
厳密にはまだ思い出にはなってないんだけど。
「……何?」
感慨に浸って眺めすぎ、本人に気づかれてしまったみたいだ。妹が眉間にしわを寄せ、可愛らしい顔をちょっと物騒な感じに歪める。
「え、何が?」
とりあえずとぼけてみたけど、彼女の眉間のしわは深まった。
「……お姉ちゃん、なんかさっきから変。隠し事とかしてる?」
うお、鋭い。でも、もし明日元の世界に帰るなんて知られたら、アパートに監禁されかねない。
「えーと……実を言うと、肉じゃがの肉は牛肉のほうが好きで……」
「そうなの!? それが取り替えっ子流!?」
とっさに逸らした話題に、幼馴染みが全力で食いついてきた。ただ話を変えたかっただけで、正直どっちでもいいんだけど、今更撤回できる雰囲気でもない。
「そう、少なくとも私の実家ではそうだった」
「私としたことが……研究不足……」
私の実家の慣習なんて研究できるわけないだろ、と思うけど、彼女は本気で落ち込んでるみたいだった。
ちらっと妹を見ると、呆れたような視線を幼馴染みに向けている。私への追及の手はこれ以上は伸びてこなそうだ。
内心冷や汗を拭いつつ、私は何食わぬ顔で食事を再開した。
彼女たちには気づかれないようにこっそり別れを惜しんで、明日は何も言わずに出ていこう。うっすら感じる謎の寂しさからは、力いっぱい目を逸らしておいた。
「……そのつもりだったんだけど」
どうしてこうなった。
翌日の昼過ぎ、私は例の公園で頭を抱えていた。隣に立つ留学生も、タレの包みを抱えて「ニンム……失敗デス……」とうなだれている。
その原因は、私の後ろにぞろぞろとついてきた美少女と美女たちだ。
幼馴染み、委員長、先輩、お嬢様、妹に至るまで、なぜ全員ついてきてしまったのか。それは、留学生と私のごまかしスキルが低すぎたからだと言わざるを得ない。
簡単に言えば、挙動不審すぎてみんなに怪しまれ、監視の目をかいくぐることができないまま公園に着いてしまったというわけだ。
「……全く、本当に最後まで手間のかかる」
どこからともなく現れた女の子は、呆れたように腕組みして居並ぶ美少女と美女たちを見渡す。
「最後……?」
その言葉を耳ざとく聞きつけて、委員長が形のいい眉を寄せた。やばい、と思った瞬間、女の子が鋭く指示を飛ばした。
「来るぞ。下がっておれ!」
見た目年齢で言えばこの場で一番年下であろう彼女の声には、しかし有無を言わせない威厳があって、私を含めたみんながちょっと後ずさる。
数秒の静寂の後、何とも言えない音が聞こえた。
音がしたほうを見ると、誰も乗っていないブランコの片方が小刻みに震えている。私がよく座っていたブランコだ。
「え、何」
「……幽霊とか……?」
妹がぽつりと口にした言葉に、先輩の目が輝いた。幽霊も好きなのか。さすが、超常現象研究部の部長なだけはある。
幼馴染みとお嬢様は心なしか青ざめ、身を寄せ合ってぷるぷるしている。委員長は比較的冷静に様子をうかがっているようだ。留学生は事態を飲み込めないのか、ぽかんとしている。
そして女の子は、次第に大きく震え始めるブランコを瞬きもせずに睨んでいた。
態度は違えど、その場にいる全員が見つめる中、ブランコは一度大きく跳ね上がった。
次の瞬間、二本の鎖とブランコの座面、そして鎖がぶら下がっている金属の棒で囲まれた四角形の中が、真っ黒に塗りつぶされていた。
「……何あれ」
黒いという言葉ではとても足りないくらい、その黒は濃かった。あまりに黒すぎて何の質感も感じられず、ただのっぺりと闇が広がっているみたいに見える。
そんなものが見慣れたブランコの中に出現しているものだから、違和感がすごかった。
全員が言葉を失って、ただブランコを凝視する。その視線の先で、ブランコの中の闇からにょきっと何かが突き出した。
「ひいっ」
幼馴染みとお嬢様が抱き合ってがたがたしている。私もビビったにはビビったけど、すぐそばに自分よりビビっている人がいるせいか、妙に冷静だった。
「……人の腕……?」
突き出しているのは人間の腕のように見える。ほっそりと白くてきれいなのが、逆に不気味だ。
「よく見ておれ。全ての元凶だ」
闇を見据えていた女の子が不機嫌そうに言った。
唐突に、ぬるっ、と効果音がつけられそうな動きで、闇の向こうから人が現れた。
ブランコの座面を乗り越えて地面に立ったその人は、先にこちら側に突き出していた腕を確かめるように撫でる。それから、立ち尽くしている私達のほうに顔を向けた。
「……え」
私は確かにその顔に見覚えがあった。
「あれがこちらの世界のお前だ」
彼女は、私が電車に飛び込む直前に駅のホームで見た、とんでもない美少女だったのだ。
幼馴染みや妹、その他美女美少女たちの反応からして、現れた美少女はやっぱりこの世界における私で間違いないみたいだった。
それにしても、と私は彼女を眺める。
改めて見ても、やっぱりものすごい美少女だ。この世界に来てからさんざん美少女を見てきたけど、その中でもトップを狙えるくらいだと思う。なんでこんなに恵まれた顔にわざわざ原色メイクを施したりしたんだ。
見た感じでは十七、八歳。緩く波打つ栗色の髪、フランス人形にほんの少しだけ人間味を足したような顔立ち、小さな頭に長い手足。
その体の細さを見て、この体格に合わせた制服ならそりゃきついか、と嫌な感じに納得してしまった。
しかし、私との共通点が見事なほどに何もない。本当にこの美少女が、この世界の私に当たる存在なんだろうか。
「……?」
彼女が棘のある目つきで私を見据えているのに気づいた。
そんな目で見られる心当たりはないけど、ほぼ完璧なまでに整った顔で睨まれると、問答無用で私が悪い気がしてきて萎縮してしまう。まさしく美少女に睨まれたブス。
「ちょっと、感じ悪いよ」
幼馴染みの声が飛んできて、やっぱり私が悪いのか、可愛いは正義、つまりブスは罪ってことか、と体が強張った。
でも、彼女がかばうように抱き寄せたのは私の肩だった。
「もー、取り替えっ子が美人だからってひがまないの!」
幼馴染みの説教口調は、私を睨んでいる美少女に向けられている。状況が飲み込めなくてぼんやりしていると、私より数歩前にいた女の子が肩越しに振り返った。
「お前、あいつの顔を見てどう思う?」
「え、すごい美人」
唐突な問いかけに、反射的に正直な答えを返してしまった。その瞬間、美少女の目つきがいっそう険しくなって、思わず腰が引ける。
女の子はそんな美少女の様子を気にする風もなく頷いた。
「ふむ。では、この世界の美の基準と、お前の世界の美の基準の関係は?」
「……あ」
そこでやっと思い当たった。この世界の美人の基準は、私の目に映っているのと逆だ。ということは、目の前の美少女の美しさは平均的なものだということになる。
……いや、私から見てすごい美少女だということは、この世界の人から見ると、どちらかというとブスになるのかもしれない。もしかしたら結構なブス、もっともしかするならすごいブスになるのかも。
そう考えると、私と目の前の美少女は、文字通り表面の皮一枚が違うだけで、本質の部分は共通なのだ。それに気がついて、納得すると同時に何とも言えない脱力感に襲われた。
「……でも、なんで私、すごい睨まれてるの?」
その部分についてはやっぱり心当たりがない。小声で聞くと、女の子は肩をすくめた。
「たとえば、お前があいつから『すごい美人』と言われたとしたらどう思う?」
「えっと……お世辞にも程がある、とか?」
「そういうことだ」
「……あ」
美醜の基準が逆になっているだけで、ここまでややこしくなるとは。もうやだこの世界。




