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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
1.幼女(美幼女)
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2

「ああ。お前のいた世界とは美の基準が違うのかもしれんな」

 今にもブスの罪で連行されるんじゃないかとびくびくする私に、女の子はあっさりそう言った。

「……基準?」

「理想的な容姿というのは普遍ではない。たとえ同じ世界でも、時代によって変化したりする。たとえばそうだ、昔の美人画なぞを見て、現代の美人とはかけ離れていると思ったことはないか?」

「ああ、そう言われれば」

 平安美人とか、確かに今の基準とはだいぶ違っている。私も「縄文時代だったらモテモテだったかもね」と言われたことがあるけど、あれもそういうことだったんだろうか。


「この世界ではごく標準的な容姿が、お前のいた世界の基準で見れば美しく思えるのかもしれん」

 女の子の言葉の意味を噛みしめて、私は愕然とした。

「……ってことは、この世界の女の子はデフォで美人ってこと?」

「あくまでお前から見た場合、だがな。……何をそんなにしょぼくれておるのだ?」

「……もはやこれまで」

 女優か何かかというくらいの美人ばかりの世界に、私のようなブスが放り込まれる。そこに絶望以外の未来を見出すことは、私にはできない。

 打ちひしがれていると、女の子はやけに大人びた仕草で肩をすくめた。

「美醜の基準というのは絶対的なものではない。お前から見てこの世界の女が美女に見えたとしても、彼女ら自身はそう思ってはいないかもしれない。同じように、この世界の女から見てお前が醜いとも限らないぞ」

 それは慰めになっているんだろうか。そう思ったところで、根本的な問題点はそこではないことに気がついた。


「……私が違う世界に来ちゃったっていうのは、とりあえず信じることにする。で、元の世界に帰れるの?」

 帰れさえすれば何も問題はないのだ。私は元の世界でたくさんの不美人とひとつまみの美人に紛れて、心安らかに生きていく。

「そうだな、方法がなくはない。簡単ではないがな」

 女の子は、私の決意のほどを探るような目で見てきた。その視線に応えるように深く頷く。

「教えて。私にできることなら何でもする」

 簡単ではないと言っても、このまま美女の巣窟でサバイバルするより難しいことは、そう多くないはずだ。

 このときは確かにそう思った。けれど今思えば、あの決断は大きな間違いだったのかもしれない。


「元いた世界に戻るには、この世界と元の世界を接触させなければならない」

 女の子はそう話し始めた。

「平行世界とはその名の通り、通常は互いに交差することなく存在している。その距離が限りなく近くても、決して接点は持たない。その隔たりを飛び越えるには、何らかの衝撃やそれに準ずるものが必要になる。お前の場合は、電車に飛び込んだことがそれだったわけだな」

「ってことは、もう一回電車に飛び込めば帰れるってこと?」

 思わず口を挟んだら、異様に鋭い眼光で睨まれた。

「人の話は最後まで聞け。これだから最近の若い者は」

 まさか幼女にそのせりふを言われることがあるとは思ってもみなかった。仕方なく口を閉じて、話の続きを待つ。


「――そもそも、お前がこの世界に来たのは偶然だ。お前が死のうとした時点で、お前のいた世界と一番近かったのがこの世界だったから、たまたまここに来たのだ」

 女の子は「偶然」「たまたま」という単語を強調した。

「そして、平行世界同士の距離は常に変化している。もう一度同じことが起きたとしても、その瞬間にたまたまここから一番近くにある世界に行くだけだ。それがお前の元いた世界だとは限らない。全てが偶然に支配されているのだ」

 その言葉の意味を噛み砕いて飲み込んだ私は、絶望的な気分になった。

 そんな私を見ながら、女の子はやけに楽しそうに話を続ける。何だこいつ、人の不幸は蜜の味ってやつか?


「加えて、電車に飛び込んだからといって確実に平行世界の間を飛び越えることができるとも限らない」

 確かに、それはその通りなのかもしれない。

 電車に飛び込んで別の世界に行けるなら、現実世界からの逃避のために電車に飛び込む事案が続出しそうだ。特に日曜の夕方とか多そう。

「電車に飛び込めば、単に死んだだけとして処理される可能性の方が大きい。その場合、お前は元の世界ではなくあの世に行くだけだな」

「……あの世って、どういうところなの?」

 私は現世にそこまで未練がある方ではない。でも、あの世が火炙りにされたり舌を抜かれまくったりする場所だとしたら、文字通り死んでも行きたくない。


 恐る恐る聞いた私に、女の子はあっさり答えた。

「知らん。三途の川の岸までしか行ったことがないからな」

「……今更なんだけど、あなた何者なの?」

 さすがの私も、この子が見た目通りの子供だとはもう思っていない。

「何だと思う?」

 ……見た目通りの子供じゃないなら何なのかと考えると、何も浮かばないんだけど。

「……服は巫女さんっぽいよね」

 女の子が着ている白と赤の着物のようなものは、どこか見覚えがあると思ったら巫女装束だ。そう思って見ると、一つに束ねた長い黒髪も巫女さんのように見える。


 女の子は自分の服を見下ろし、首を横に振った。

「これはコスプレだ」

「……コスプレ」

 思いもよらない言葉が飛び出した。思わずオウム返しすると、女の子は重々しく頷く。

「可愛いだろう?」

「ええ、まあ」

 見た目に限って言えば、愛らしいという表現がぴったりだ。見た目に限って言えば。

「コスプレってことは、実際は巫女さんじゃないってこと?」

「そうだな。ちなみにこの外見そのものも幼女のコスプレだ。その気になれば自由に変えられる」

「……なんで幼女?」

「可愛いだろう?」

 彼女はそう言って、両手を軽く広げて首を傾げてみせた。

「ええ、まあ」

 見た目に限って以下略。


「……で、巫女さんでも幼女でもないってことは、ほんとは何なの?」

 話を戻すと、女の子は虚空を眺めた。

「そうだな……迷える子羊を導いて崖から鍋に飛び込ませ、ジンギスカンを作り上げる職人とでも言っておこうか」

「なにそれこわい」

 とりあえず説明する気はなさそうだということだけは分かった。これ以上聞いても駄目そうな気がしたので、今のところは諦めることにする。


「それで、元の世界に戻るにはどうすればいいの?」

 女の子は確かさっき、元の世界に戻る方法はなくはないと言っていた。すがる思いで見つめると、彼女はあっさりした口調で答えた。

「この世界とお前がいた世界をつなげればいい」

「……そんなことができるの?」

 だんだん女の子のペースに巻き込まれつつある自分に気づいたけど、見ないふりをすることにした。どうもここは私が知ってる世界じゃないっぽいことが、皮膚感覚的な感じで分かってきたのだ。

 そうなると、今のところ頼れるのはこの幼女しかいない。


「うむ、私の相棒に任せれば概ね間違いない」

「相棒……?」

「そうだ。私の相棒の専門は世界間をつなぐことだからな」

 専門は法律です、くらいのノリで言われたけど、私の常識の中にはそんな専門はない。

「だが、一つ問題があってな」

 女の子の小さな唇からこぼれた不穏な響きに、眉間にしわが寄るのを感じた。

「……問題?」

「うむ」

 女の子は重々しくうなずく。

「相棒は今、うまいジンギスカンを求めて他の世界に行っているようなのだ。ここ二十年ほど姿が見えなくてな」

「……は?」

 唐突にスケールがめちゃくちゃ大きくなった。


 ぽかんとしている私を気にする様子もなく、女の子は半分ひとりごとのように続ける。

「まあ、奴が他の世界に行くこと自体はそう珍しいことではないのだが。それにしても今回は長いな。……もしや、まだ怒っておるのか?」

「……怒ってるって? 喧嘩でもしたの?」

 おずおずと尋ねると、女の子ははっとしたように瞬きした。そして小さな手を顔の前でぱたぱたと振る。

「いや、何でもない、気にするな」

 そう言われると余計に気になる。でもまあ、私にとって大事なのは、彼女と相棒の仲ではない。

「えっと……それで、元の世界に戻るには、その相棒さんに頼めばいいの?」

「ああ、まあ、そうなるかな」

 あやふやな答えに不安になる。


「……私、ほんとに帰れるの?」

 念を押すように聞くと、女の子はやたら貫禄のある仕草で腕を組んだ。

「うむ、私が何とかしてやろう」

 なぜか恩を売られてるみたいになったのが納得行かないけど、ここで彼女の機嫌を損ねるのは得策じゃなさそうだ。

「……お願いします」

 とりあえず下手に出ておく。そう長くはないOL生活の中で身についた数少ない技だ。

 どうやらそれは正しかったみたいで、女の子は偉そうに顎を上げた。

「少し待っていろ、相棒に声をかけてみる」

 彼女はそう言ってちょっとうつむき、物思いに耽るような顔になった。……あれか? テレパシーとか飛ばしてるんだろうか?


 もしかして、すごい電波系なだけのただの幼女だったらどうしよう、と今さら心配になる。ジンギスカン職人とか相棒とか世界間をつなぐとか、全部でたらめだったりして。

 ちょっと考えたけど、結局諦めた。もしそうだったとしても、この世界が美人まみれらしいのはさっき自分の目で見た通りだし、この女の子以外に誰も頼れない状況も変わってない。半ばやけくそ気味に、流れに身を任せることにした。

「――ふむ」

 うつむいていた女の子が、ふっと顔を上げた。黒目がちな目で私をまっすぐに見つめて言う。

「二ヶ月後らしい」

「……はい?」

 あまりにも脈絡のない言葉に、私はぽかんと口を開けたのだった。


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