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週末の昼過ぎ、私は買い物に行ってくると言って美少女包囲網を抜け出し、公園に向かった。前にも来たことがある、学校からもアパートからも少し離れた公園だ。
自分の部屋は美少女と美女に占拠されているので、ゆっくり話をしようと思ったらこんな場所に来るしかない。まあ、ここにいても先輩にダウジングで見つけられたりする可能性もあるから、完全な安全地帯はないんだけど。
ブランコに腰かけて、私は斜め上辺りに向かって声をかけた。
「ジンギスカン職人さん、いる?」
何と呼びかけたものか迷った挙げ句、これしか思いつかなかった。
これで女の子が現れなかったら、私は一人で虚空に話しかけているちょっとアレな女子高生だ。この世界の私と大差ない。
でもちゃんと女の子は姿を見せてくれたので安心した。
「何だ」
「そろそろ、私がこの世界に来て二ヶ月になるわけだけど」
私の前に仁王立ちした女の子は「ふむ」と腕組みした。
「もうそんなに経つか。時の流れというのは速いものだな」
私の体感では全然速くなかった。電車に飛び込んだあの日がずっと遠い昔みたいな気がする。
「相棒さんがこの世界に来るのってそろそろじゃない?」
女の子は目をぱちくりさせた。それから宙を見つめ、ああ、とうなずく。
「そういえばそうだったな」
……微妙に不安になる反応だ。私の未来は大丈夫なんだろうか。
「……相棒さん、ほんとに来てくれるんだよね?」
一応念を押すと、女の子は黒目がちな目をまっすぐ私に向けてきた。
「何だ、疑うのか?」
そんな純粋っぽい目で見られると、自分が汚れた大人みたいに思えてくるからやめてほしい。中身はジンギスカン職人のくせに。
「……いいえ」
渋々答えた私に、女の子は鼻を鳴らした。
「分かった、聞いてみてやる」
そう言って、女の子は私の隣のブランコに腰を下ろした。それから少しの間宙を見据え、やがてこっちに顔を向ける。
「……彼女は予定通り、もうすぐこちらの世界に戻ってくるようだ。厄介事もそこそこ順調に片付きつつあるらしい。……ついでに、もうそれほど怒ってもいないようだ。まあ、さすがに二十年以上も経てばな」
「……怒ってたの?」
そういえば、初めて女の子から相棒の話を聞いたときにもそんなことを言っていたような覚えがある。そのときも、喧嘩でもしたのかと軽く尋ねてみたけど、確かはぐらかされたような。
けれど、今度はまともな答えが返ってきた。
「うむ、少し見解の相違があってな。そのまま喧嘩別れのような形になってしまったのだ。彼女は思い込んだら人の話を聞かないところがあるのでな」
この幼女に「人の話を聞かない」と言わしめる相棒っていったい。
「……見解の相違ってどういうことなの?」
どこまで詳しく聞いていいものか迷ったけど、女の子の口ぶりは別に機嫌が悪そうでもなかったので、控えめに尋ねてみた。
女の子は大きな瞳をアンニュイに細めた。
「私と彼女の共用のもの、まあ仕事道具だな、それを私が見失ってしまったのだ。ちょっと見失っただけだというのに、彼女は私がそれを紛失したと言って烈火のごとく怒り狂ってな。そのまま姿を消してしまったのだ」
「……その仕事道具、見つかったの?」
聞くと、女の子はしれっと首を横に振った。
「いや。未だに出てきておらぬ」
「完全にあんたが悪いんじゃん」
見解の相違も何もあったものじゃない。
ちなみにこの直後、久しぶりに神通力でどつかれたけど、今回に関しては私は正義を貫いたと信じている。
「まあ、もう彼女もそこまで怒ってはおらぬよ。先日までは私からの連絡も遮断されていたからな、応えてくれるようになっただけ態度は軟化したということだ」
女の子は何でもなさそうにそう言うけど、非常に不安だ。
そんな微妙な関係のときに、この幼女から私を元の世界に戻すよう頼まれたとして、相棒はちゃんとそれに応えてくれるんだろうか。幼女憎けりゃブスまで憎い状態になってしまったら、目も当てられないんだけど。
私の懸念を読み取ったのか、女の子はちょっと不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「一応言っておくが、相棒はお前に対して既にいい印象を持っていないと思うぞ。ついでにそれは私のせいではない」
「……はい?」
……会ったこともないのにもう嫌われていると? ブスだから? それもこれもブスだからなのか?
混乱する私に、女の子は投げやりな口調で言った。
「相棒が今巻き込まれている厄介事は、この世界のお前によって引き起こされたものだからな」
「……はい?」
更にわけが分からなくなって、さっきと同じ反応をしたら、「語彙が少ない」と神通力でどつかれた。理不尽だ。
女の子いわく、この世界の私は今、私が元いた世界にいるそうだ。
「……そうなの?」
「ああ」
「……いつから?」
「お前がこの世界に来る直前からだな」
「……直前」
女の子の言葉をぼんやりと復唱して、はたと思い当たる。
「……え? ってことは、私がこっちの世界に来ちゃったから、こっちにいた私が押し出されたわけじゃないの?」
私が来たことによって、この世界の私はところてん方式でどこかに飛ばされてしまったものだと思い込んでいたけど、そうすると時間的な辻褄が合わなくなる。
女の子は呆れたような半目で私を見た。
「逆だ。この世界のお前があちらの世界に行ったことが、全ての発端だ」
女の子は、私が発作的に電車に飛び込んだのは、実はこの世界の私のせいだったという衝撃的な発言をした。
「お前、どうして電車に飛び込もうと思ったのか覚えているか?」
そう言われて、はるか遠い昔のようなその場面を思い出そうと努める。
「えっと……確か電車のホームでものすごい美少女を見て……死んで美少女に生まれ変わろうと思ったような気がする」
今考えても、我ながら意味不明だ。恥ずかしくて尻すぼみになる私の言葉に、でも女の子は真顔で返してきた。
「今、ちょうどそれに近い状況になっているではないか」
「うーん……そう言われればそうなのかもしれないけど……」
確かに、周りからすごい美少女扱いされてるという点だけ見れば、電車に飛び込む前に思った通りになったと言えるのかもしれない。でも、何だろう、この圧倒的なこれじゃない感は。
「その電車に飛び込もうという衝動は、お前自身の意志ではなく、この世界のお前によって引き起こされたものなのだ」
複雑な気持ちになっていた私は、女の子がそんなことを言い出したので首を傾げた。
「……どういうこと?」
「つまり、この世界のお前があちらの世界に行ってしまったせいで、あちらの世界におけるお前の枠が奪われてしまった。枠、つまり居場所がなくなったということは、この世から存在が消滅してしまうということだ。それでお前の中に『死にたい』という気持ちが生まれたわけだな」
理解が追いつかずに口を半開きにしている私にかまわず、女の子は話し続ける。
「それでお前は、その気持ちに従って電車に飛び込んだ。――あとは、前にも言った通りだ。電車にぶつかった衝撃で、その瞬間にたまたま一番近くにあった世界に入り込んでしまった。それがこの世界だったということだな」
「……えっと……要するに、私はこの世界にいた私に押し出されてここに来たってこと?」
「一言で言えばそうなるな」
……なんてこった。ところてん方式で押し出されたのは、私のほうだったのだ。
「ちなみに、この世界のお前は自ら望んであちらの世界に行ったぞ」
「……そんなことができるの?」
女の子はブランコの上で足をぷらぷらさせながらうなずいた。
「うむ。この世界で意識を取り戻したとき、部屋で怪しいものを見なかったか?」
「むしろあの部屋に怪しくないものがなかった気がするんだけど」
「それらを使って、この世界のお前は別の世界に行く儀式をしていたのだ」
……知りたくなかった情報がまたしても。
「……儀式」
「ああ、どうやら成功したらしいな。人間の身で世界間を移動できる者などなかなかおらぬぞ」
微妙に褒めてるっぽい口調だけど、全く嬉しくない。
私が美少女に包囲されて死ぬ思いをする羽目になったのも、全部この世界の私のせいだったのか。まさかの新事実に、何も言葉が出てこなかった。




