3
校舎の裏手はだいたいいつも日陰になっていて、じめっとしていて足元には苔が生えたりしている。そんな場所だし、特に学校の設備なんかもないから、人が通ることはほとんどない。
今日も、今出て行った委員長以外の人影はなかった。
委員長は誰もいないことを確認するみたいにきょろきょろしてから、すっとしゃがみこんだ。そして、学校の敷地を囲む塀のそばに転がっていた大きめの石に手をかける。
「よいしょ」
彼女はそんなかけ声とともに石をずらす。少し距離があるし、委員長の体に隠れてはっきりとは見えないけど、石の下には穴が空いているみたいだった。
何をするつもりなのかと見つめている私の視線の先で、委員長は手首に引っかけていた紙袋を両手で持ち、穴の上でひっくり返した。中からは白っぽい紙のようなものがどさっと出てくる。
……封筒?
それらを飲み込んだ穴を見下ろす委員長。その端整な横顔が何とも言えない笑みに歪んで、私は思わず目をぱちぱちさせた。今まで見たことのない表情だった。
(うおっ……)
そのとき、委員長が急に顔を上げて周りを見回したので、私は慌てて首を引っ込めた。
心臓がばくばくしている。彼女が何をしてるのかは分からないけど、見てはいけないものを見てしまっているかもしれないということは何となく感じられた。
このまま引き返して、お嬢様たちが待っているだろう中庭に行くべきか。しばらく葛藤して、結局好奇心に負けた。胸の中でゆっくり十数えてから、静かに外を覗く。
ちょうど、委員長が火のついたマッチを穴に放り込むところだった。
「な……っ」
思わず声を上げて、ばちんと口を手でふさぐ。けど、遅かった。
ばっとこっちを向いた委員長の顔が、みるみる青ざめていく。
「え……」
「なな何も見てないよ! 大丈夫!」
全力で言ったけど、それはつまり一部始終見てましたと告白するようなものだった。
顔色を失った委員長と私の間で、地面に空いた穴だけが赤々と燃えていた。
その日の放課後、私はお嬢様の教室を訪ねていった。
「あなたからわたくしのところに来るなんて珍しいじゃないの」
お嬢様は妙な表情で出てきた。何というか、顔がほころぶのを押し隠しているみたいな感じで、変に力が入っている。まあ、どんな表情だろうが相変わらずの美少女なんだけど。
「あ、別に喜んでなんかいないんだからね? ただ珍しいこともあるものだって思っただけなんだからね?」
「ああ……うん、分かってる」
ツインテールをふりふりしながら相変わらずのツンデレ感を振りまくお嬢様と、廊下で並んで立ち話の態勢を取る。
今日お嬢様と話そうと思ったのは、昼休みに見た委員長の衝撃的な行動についてだ。あの後、どうにか本人から聞き出したところによると、紙袋の中身は私宛のファンレターだったらしい。
そういえばこの世界に来たばかりの頃、毎朝下駄箱にファンレターが詰め込まれて困っていた。それを処理すると言ってくれたのが委員長だった。
「……それがまさか、あんな物理的な処理の仕方だとは思ってなかったけど」
話を聞くお嬢様の顔が引きつっている。もしかして、長年の友人の隠された一面にショックを受けているのかもしれない。
「えっと……この話、続けても大丈夫?」
一応気遣って尋ねると、彼女は何とも言えない顔をしながらも頷いた。とりあえず話を続けることにする。
「最近は下駄箱に手紙が入ってることもなくなってたから、さすがにもうみんな私に手紙書いても仕方ないって分かってくれたんだと思ってたんだけど」
「……あの子があなたより早く学校に来て、毎朝手紙を回収して燃やしてたってことね」
なかなか察しのいいお嬢様の言葉に、私はうなずいた。
そう考えると、いろいろと納得が行くこともある。
委員長は昼食の前や放課後に、そっと一人でどこかに行ってからまた教室に戻ってくることがあった。委員長だし、先生に何か用事でも頼まれているのかと思ってたけど、本当はたぶん今日みたいに校舎の裏手で手紙を燃やしていたんだろう。
「確か、おうちに呼んでくれた日もそうだったんじゃないかな」
お嬢様の家でのティーパーティーに招かれた日。
あの日の放課後、私を教室まで迎えに来てくれた執事と、どこかから教室に戻ってきた委員長が教室の前で鉢合わせたのを思い出す。
この前妹に言われた、委員長はやばいというせりふが耳の中に蘇った。あの日、昼休みから放課後まで校内にいた妹は、うろついているうちに委員長の行動を目にしたのかもしれない。
あのときは委員長ほどまともな人は私の周辺にはいないと思ったけど、そんなことはなかった。むしろ、実は一番危ない存在が彼女なのかも。
うーん、何を信じていいのか分からなくなってきた。
私の話を一通り聞いた後、お嬢様は腕を組んで廊下の壁にもたれかかった。
「うーん……そうね、昔からそういうところのある子だったから」
もっとショックを受けているかと思ったので、予想外に冷静なコメントにちょっとびっくりしてしまった。
「そういうところ……って、手紙燃やすようなところ?」
「違うわよ! ……何て言えばいいのかしら。一度気に入ったものはとことん自分の手の中に収めて、それに近づこうとするものを徹底的に排除しようとするっていうか……」
なんか穏やかじゃない表現が聞こえた気がする。
「……気に入ったもの」
「ものだけじゃなくて、人についてもそうね。……もしかして気づいていないのかしら? あの子、あなたのことを相当気に入っているみたいだけど」
「……そうなの?」
初耳だ。
確かに委員長はいつも優しいし、何かと世話を焼いてくれるけど、それは委員長としての使命感みたいなものが働いているからだと思っていた。留学生に対しても同じように接しているように見えるし。
思いがけない言葉に首を傾げている私を見て、お嬢様は吊り気味の目をちょっと細めて肩をすくめた。
「あなたもなかなか大変な子に好かれてしまったものね。あの子の執着は割とすごいわよ」
今までずっと、委員長とお嬢様の関係において主導権を握っているのはお嬢様のほうだと思っていた。でもこの感じだとそうとも限らないのかもしれない。何となく、新たな一面を垣間見たような気がした。
「わたくしだったらそんな苦労は……って」
お嬢様は何かを言いかけて、勢いよく口を手でふさいだ。なんかこの仕草、ちょっと前にも見たような気がする……ああ、保健室の先生だ。
「え?」
「何でもありませんわ! それで、話は終わりなの? 終わりならさっさとお帰りなさい!」
なぜか頬を赤く染めたお嬢様に追い立てられて、私は首をひねりながら帰路についたのだった。




