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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
8.保健室の先生(美女)
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「失礼しまーす……」

 ドアを細めに開けて、小声で言ってみる。部屋の端の机に向かっていた先生らしき女性が、顔を上げてこっちを見た。

「はい、どうしました?」

 まあ、当然美女だ。

 黒髪をきっちりまとめて、委員長のとは趣が違うおしゃれ眼鏡をかけている。見たところ二十代後半、もしかしたら二十代半ばかもしれない。白衣がよく似合う妙齢の女性だった。


「その……ちょっと体調が悪くて。横にならせてもらってもいいですか?」

 寝たいんですけど、とストレートに言うのはちょっとためらわれたので、そんな風に濁してみた。

「まあ、そうなの。熱は? 体温計っておく?」

 眼鏡の奥から心配そうな視線を向けられて、後ろめたい気持ちが増す。

「いえ、大丈夫です。ちょっと休んだら治ると思うので」

 それを隠すように早口に言うと、先生は頷いた。

「そう。ベッドは空いているから、どちらでも好きなほうを使って。何かあったら遠慮せずに言ってね」

 そう言って二つあるベッドを指差してくれたので、おずおずと保健室に足を踏み入れた。部屋には先生しかいないみたいで、ちょっと緊張が解ける。


 一瞬迷って、先生から遠いほうのベッドを選んだ。衝立で目隠しされているとはいえ、あまり近くに人がいると落ち着かない。

 上履きを脱いでベッドに上がり、周りを囲むカーテンを閉めると、簡易的な密室ができた。久しぶりのひとりきりの空間に、自分でもびっくりするくらいほっとした。

 もしかしたら、私は基本的にぼっちで生きていく星の下に生まれているのかもしれない。

 保健室のベッドは寝心地がいいとは言いがたかったけど、優しい静けさに包まれて、私はすぐに眠りに落ちたのだった。



 私の目が覚めたのは昼前だった。美少女の下着に惑わされない自然な目覚めが、こんなに爽やかだったとは。熟睡したからか、頭はだいぶすっきりしていた。

「具合はどう?」

 カーテンを開けて上履きを履いていると、先生が声をかけてきた。

「だいぶ良くなりました、ありがとうございます」

 私の答えに彼女は優しく微笑む。何というか、近くにいて安心する、お母さんみたいな雰囲気の人だと思った。

「それは良かった。……四時間目の途中だけど、すぐ戻る? 昼休みまでここにいてもいいけど」

「じゃあ、昼休みまでいさせてください」

 即答した。私は授業の途中に堂々と教室に入っていけるタイプの人間じゃない。そういう人間だったら、たぶん私は今頃ここにはいない。


 というわけで、昼休みまで先生と喋って時間をつぶすことになった。

「あなたのことは、担任の先生なんかからちょっと聞いてたの。実はね、さっき来てくれたとき、私、ちょっと喜んじゃって」

 机を挟んで私と向かい合う先生はそう言って、はにかんだような笑みを見せた。

「保健室に来ないってことは健康だっていうことだから何よりなんだけど、いつか会ってお話してみたいとは思ってたから」

 うーん、癒される。


 先生には、私みたいな卑屈系ブスでも温かく包み込んでくれるようなふわっとした雰囲気があった。保健室の先生がまさに天職という感じだ。

 美少女たちの濁流に押し流されるような日々を送っていたから、誰かと喋っていてこんなに落ち着くのは、この世界に来て初めてかもしれない。

 ついでに、先生という立場のせいか、私の見た目について触れてこないのもありがたい。顔を褒められたときの正しい対応が未だに見つけられていないのだ。できればその話題は振らないでほしい。


「あ、先生は、入れ替わる前の元の私のことは知ってますか?」

 ふとそう聞いてみた。

 この世界の私について、未だに私は断片的にしか知らないのだ。ここまで分かってきた断片を見る限り、あまり知らないほうが幸せなのかもしれないけど。

 それでも、もしかしたら自分だったかもしれない存在に対して、興味がないと言ったら嘘になる。

 先生は柔らかく首を傾げた。

「そうね……彼女はよく保健室に来ていたから、結構話したことはあるかな」

「……よく来てたんですか?」

「ええ。生傷が絶えない子だったから」

 どことなく楽しそうに言う先生を前に、私は絶句した。運動部でもないのに生傷が絶えない女子高生って何だ。


「……なんでそんなに怪我を?」

 やっと絞り出した質問に、先生は記憶を辿るような目をした。

「そうね、いろいろあったけど。嵐を呼んでみせる、って木に登って、落ちて枝で擦り傷を作ったり。火の精霊に餌を与えないと、ってマッチで火遊びしててやけどしたり」

「もういいですありがとうございます」

 駄目だ、この世界の私の奇行は全校規模で知られてたっぽい。今さらすぎるけど、この学校で生きていくのが恥ずかしくなってきた。


 打ちのめされている私に向かって、先生は優しい笑顔を見せる。

「あら、そんなに落ち込まなくてもいいのよ。あなた自身がやったわけじゃないんだし、それに若気の至りなんて誰にだってあることよ。私だって……あらやだ」

 先生は何かを言いかけて、はっとしたように口元に手を当てた。……何だろう?

 聞き返そうか迷ったとき、チャイムが鳴り響いた。

「あ、四時間目の終わりね」

 壁の時計を見上げてそう言う先生の表情が、心なしかほっとしているように見えて、ちょっと気になった。

 でも四時間目の終わりということは昼休みが始まったということで、早く戻らなければ。

 今日の昼食当番はお嬢様だったか。いつまでも戻らないと、昼食のメンバーを引き連れて押しかけてくるかもしれない。


「じゃあ、私は失礼します。ありがとうございました」

 椅子から立ち上がって会釈すると、先生も立ち上がった。

「こちらこそ、お話できて楽しかった」

 保健室の入り口まで見送りに来てくれた先生は、きれいな手を軽く振ってにっこりした。

「またいつでも来てね。体調が悪くなくても、お喋りしに来てくれるだけでもいいから」

「はい、ぜひ」

 心から言って、私は保健室に背中を向けた。



 久々に心休まる時間を過ごせたからか、足取りも軽くなる。

 さて、一旦教室に戻るか、それともお嬢様宅の執事たちが昼食の準備をしてくれているだろう中庭に直接向かうか。

 ちょっと迷って、委員長たちと合流してからにしようと教室に向かいかけたとき、視界の端に見覚えのある姿が映った気がした。

「委員長……?」

 廊下の角を曲がって姿を消したので、後ろ姿が一瞬見えただけだけど、あのきれいに編まれた三つ編みとまっすぐ伸びた背筋は委員長だと思う。

 人影が向かっていった方向には昇降口がある。きっと中庭に出るために靴を履き替えに行ったんだろう。

 そう思って、私はその後を追いかけることにした。


 私が見た後ろ姿はやっぱり委員長だった。でも予想に反して、彼女は下駄箱から靴と紙袋のようなものを取り出し、そのまま廊下に戻ってきた。

 委員長がこっちに向かってきて、思わず私は下駄箱の陰に隠れてしまう。彼女は私に気づかなかったみたいで、私の近くを通りすぎて、下駄箱から遠ざかっていく。その足が向かう先は中庭の方向じゃない。

「あれ……?」

 いったいどこに行こうとしているのか、何となく気になって、ちょっと距離を置いてその後ろについていくことにした。


 委員長が向かったのは、校舎の裏手につながる出入り口のほうだった。そっちには裏門くらいしかない。今はまだ昼休みだし、こんなところに用事はないと思うんだけど。ますます謎は深まる。

 人通りの少ない廊下を抜けて、委員長は出入り口のところで持っていた靴を置いた。それを履いて、紙袋を提げたまま校舎を出て行く。

 私は靴を持ってこなかったので、出入り口から首だけを伸ばして、そっと様子をうかがった。

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