1
私の生活における美少女濃度は増していく一方だった。
まず、アパートに委員長やお嬢様、先輩までが出入りするようになった。家に遊びに行きたいと三者三様の態度でねだられて、根負けしたのが悪かったらしい。仕方ない、ブスは結局何事においても美少女には勝てない運命なのだ。
彼女たちはさすがに泊まっていったりまではしない。でも、同居している妹と留学生、それにほぼ常にうちにいる幼馴染みも合わせると、最大六人の美少女が部屋にひしめくことになる。
六畳の部屋に六人だ。畳一枚に一美少女。美少女分の吸い過ぎで死ぬ。
アパートに集結した美少女たちが何をしているのかというと、これといって何もしない。ただとりとめもなくオカルト談義をしたりお菓子を食べたり、一部では殴り合ったりしながら、自由に過ごしている。
そんな不毛な風景も、登場人物が美少女だと途端に青春っぽく見えてしまうから腹が立つ。もしも全員がブスだったら、これほど凄惨な光景もそうないだろう。
ついでに、私の元の世界でのブス的高校生活とはかけ離れているので、なおさらむかつく。何だこの人口密度、私なんて部屋に友達を呼んだことすらなかったぞ。四畳半の部屋を一人と一台でのびのび使ってたぞ。
一台は言うまでもなくパソコンだ。
かと言って今のこの状況が楽しいかというと、あんまり楽しくない。まず、近くに人が多すぎて疲れる。その全員が美少女なので、視界に入るたびに自分の顔面レベルを意識して、さらに精神が削られる。
いい加減自分がブスであることは諦めろと、自分でも思う。しかもこの世界では、振り向いた瞬間に相手から「こいつ、どの角度から見てもブスだな」とか思われる恐れがないのだ。そろそろ自分がブスであることを忘れてもいいのかもしれない。
でも元の世界でブスとして生きているうちに身についた卑屈さのせいなのか、なかなかそこまで潔くはなれないのだった。
そして、私を苦しめる最大の要因は睡眠不足だった。
カーテンを開ける音が聞こえるのと同時に、周りが明るくなるのを感じて、ぼんやりと目が覚める。数秒後、はっと気がついて体を起こそうとしたけど、その数秒が命取りだった。
「ぐえっ」
みぞおちの辺りに重いものが降ってきた。
「朝だよー」
「はい、起きてます!」
私を揺さぶって叩き起こすべく肩に伸ばされた手は、起きているアピールをすることで何とか回避した。さすがに毎朝のこととなると、多少は学習する。
私のみぞおちにまたがっているのはいつものごとく幼馴染みだった。しっしっと手で追い払う仕草をすると、つまらなそうな顔で布団の上から降りる。
その上半身は普通に服を着ているけど、下は下着しか穿いていなかった。……今日もか。
布団から上体を起こして、狭苦しい室内をげんなりと眺める。狭苦しいのはオカルトグッズのせいだけじゃなく、美少女オールスターが集まっているせいだ。下着で。
ここ何日か、起きると六人の美少女たちが下半身下着で枕元に立っているという、目が覚めても悪夢の中にいるみたいな現象が続いている。
いっそ上下とも下着なら、水着だと思い込むこともできるかもしれない。パンツじゃないから恥ずかしくないもん、というやつだ。でも、上半身は服を着ているだけになんか生々しい。
なんでそんなことになったかというと、私にもよく分からない。
ある朝、何となく不穏な空気を感じて目が覚めた。薄目を開けると、床で寝ている私の周りを人影が取り巻いていて、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
体が硬直して身動きできない。泥棒か!? 幼馴染みの謎の勢いに負けて玄関の鍵をかけなくなったせいで、不審者に入り込まれたのか!? と、いろんな可能性が頭の中を駆け巡る。
でも、すぐにその人影が顔見知りの美少女たちだと気づいて、私は別の意味で固まった。
「おはよー」
能天気に声をかけてくる幼馴染みが下着しか穿いてないのは、不本意ながらいつもの光景なのでもう何とも思わない。妹が下着姿なのも、まあたまにあることだ。
留学生が同じく下着姿なのは、たぶん間違った日本文化を信じこんでしまったからだろう。下着で人を起こすのは日本の伝統と言うわけでは全くない、だから真似しないで、と必死に言い聞かせたけど、どうも伝わってなかったみたいだ。
でも、他三人は何なんだ。
先輩の下着姿の色気は私ですら鼻血を吹きそうなくらいだけど、問題はそこではない。下着一枚でも堂々としているのはすごいと思うけど、問題はそこでもない。
お嬢様と委員長には、先輩とは違って恥じらいがあるらしく、微妙に上半身の服を下に引っ張りながらもじもじしている。……委員長、あなたはこの世界の良心じゃなかったのか?
「そこの幼馴染みさんが、毎朝下着姿であなたを起こしてあげているって聞いたから。みんなで起こせば、あなたの一日の始まりをもっと素敵に演出できるんじゃないかと思って」
あまりの衝撃に言葉を失った私に、先輩は妖艶に微笑みながらそう説明してくれた。説明されたものの、全体的に何を言っているのか全然分からない。
「べ、別にあなたのためなんかじゃないんだからね! ただ、ちょっと楽しそうかもって思っただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
顔を真っ赤にしたお嬢様は、お手本のようなツンデレっぷりを見せてくれた。いや、下着で人を起こしに行くのが楽しそうって、そっちのほうがどうかしてると思うんだけど。
私は目だけを動かして委員長を見る。朝早いのにきっちりと編まれた三つ編みを揺らして、彼女は優しげに目を細めた。
「目覚めが爽やかだと、その日一日いい気分で過ごせますよね。委員長として、そのお手伝いができるならと思いまして」
委員長として、今すぐ家から出て行ってほしい。とは、その笑顔があまりに清楚すぎて口にはできなかった。
このときにきっぱりと断らなかったのが良くなかったのか、彼女たちは毎朝私の枕元を下着姿でうろつくようになってしまった。女子のパンツに飢えている男子高校生だって、この状況はさすがにあまり嬉しくないんじゃないだろうか。では私はどうかというと、言うまでもない。
それにしても、同居している二人と隣人である一人はともかくとして、先輩たちは朝早くからはるばる私の家まで来ているわけで、彼女たちにそこまでさせる原動力が理解不能だ。
そんな全く爽やかじゃない目覚めを迎えることが分かっていると、明日が来てほしくなくて寝るのが遅くなる。寝るのが遅くなると朝なかなか起きられなくて、結局パンツの乱舞に迎えられる。ついでに、そんな状態でぐっすり眠れるわけもないから、慢性的な寝不足にもなる。
完全に泥沼にはまっている私だった。
私がこの世界に来て初めて保健室に向かったのは、あまりの眠さに耐えかねたからだ。
教室で机に突っ伏していてもあまり疲れは取れないし、何より両隣にいる委員長と留学生が放っておいてくれない。かといって、黙って教室を抜け出せば余計大騒ぎになりそうだ。美少女の群れがダウジングや女の勘を駆使して私を探しに来る姿が目に浮かぶ。
その点保健室に行くなら、具合が悪いということにしておけばそっとしておいてもらえるんじゃないかと思ったのだ。
ちなみに、元の世界で学生生活を送っていた頃は、保健室に行った記憶は身体測定のときくらいしかない。昔から体だけは無駄に丈夫だったからだ。佳人薄命の逆ってあるんだろうか。ブス長命?
そんなわけでちょっと緊張しつつ、保健室のドアの前に立つ。授業中なので、周りの廊下には人気がなく、しんと静まり返っていた。




