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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
7.留学生(美少女)
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4

「あのっ、コレ何ですカ?」

 殺伐とした空気を和らげたのは、部室の隅から投げかけられた留学生の声だった。

 見ると、彼女は古びた大きな本をこちらに向けて捧げ持つようにしている。

「ああ、それは古い伝承をまとめた本。装丁に使われているのはヒトカゲの皮だという説もあるわ」

 答えたのは先輩だ。ヒトカゲ……人影、じゃないよね。……火蜥蜴? 何それファンタジック。

「じゃあ、こっちハ?」

 留学生は細い腕で本を重そうに抱えたまま、棚に無造作に突っ込まれている布の塊のようなものを指差した。

「それはね……見せてあげましょうか、ふふ」

 先輩は優雅な仕草で椅子から立ち上がり、彼女のほうに向かう。


 棚から布の塊を取り出し、そっと広げてみせる先輩と、それを食い入るように見つめる留学生。美少女と美女が並んでいる図は映画のワンシーンみたいだ。

 でもいかんせん場所が悪い。周りを黒魔術グッズみたいなものに囲まれていては、せっかくの絵になる光景も魔女の会議にしか見えなくなる。布の塊が入っていた棚の一番上にはしれっと頭蓋骨とか入ってるし。きっとレプリカだけど。お願いだからそうであってくれ。


 妹のほうに目を向けると、苦虫を口に詰め込まれたような渋い顔をしていた。どうやら彼女は超常現象の類には興味がないみたいだ。同志がいてくれて心強い。

「……彼女もオカルト好きだったりする?」

 小声で尋ねると、妹は渋い顔のまま曖昧に首を振った。

「私と喋ってるときには、そんな話はしたことないけど……」

 その答えに、何となく嫌な予感がした。それはすぐに的中することになる。


「見てクダサイ、コレもらっちゃいマシタ!」

 興奮した様子で駆け寄ってきた留学生は、大事そうに何かを抱えていた。布に包まれた何か細長いもの、たとえばそう、何かの骨みたいな――

「ごめんあんまり見たくないからしまっておいてくれるかな」

「エ?」

「ひいいいっ」

 私の制止を全く聞く気配なく、留学生は布包みを机の上でごろんと広げた。出てきたのは――


「……タレ?」

 出てきたのは大きめの瓶だった。中にはどす黒い液体が入っていて、貼り付けられたラベルには手書き風の文字で「タレ」と書いてある。何のタレだ。いや、何であっても食べる気はしないけど。

「そう、タレですヨ! 日本人は、一番弟子と認めた者にはタレを贈るんですよネ?」

 私は妹を見た。妹はものすごい勢いで首を横に振った。

「……どこでそんな話を?」

「今、師匠に教えてもらいマシタ!」

 留学生は振り返って、棚のそばに立ったままの先輩をびしっと指差した。指差された先輩はいつもの微笑みを浮かべている。


「……先輩……間違った日本文化を教えるのはやめてください」

 これが巡り巡って、万一外交問題とかに発展したら、私には責任が取れない。私の壮大な妄想をよそに、先輩は楽しそうに笑みを深めた。

「あら、日本には『嘘から出た真』って素敵なことわざがあるじゃない?」

「何ですかソレ、知りたいデス!」

「あーだめだめ、もうおしまい! 帰るよ!」

 いよいよ業を煮やしたのか、妹ががたんと椅子を鳴らして立ち上がった。そして留学生の腕を掴み、彼女を部室の扉のほうに引きずっていく。


「あ……待って、タレ、ワタシのタレ」

 強制連行されていく留学生は、青い目をうるうるさせて机に転がった瓶を見た。その視線が、机のそばに座ったままの私に移る。

「うっ……」

 彼女の宝石みたいな目とばっちり視線が合ってしまった。無視するのは忍びない、けどこの怪しすぎるタレはあんまり持っていきたくない。爆発とかしたら嫌だし。

「それは彼女にあげたものだから、どうぞ持っていってあげて?」

 助けを求めて先輩のほうを見たら、事態が悪化した。

「タレーっ、うわああぁぁっ」

 ついに部室の出口まで連れて行かれた留学生は、扉の脇にしがみついて泣き叫んでいる。そして、そんな彼女を必死の形相で外へと引っ張る妹。

 お菓子を買ってほしくて駄々をこねる子供と、それを連れ帰ろうとする親状態だ。美少女と美女が織り成す、豪華絢爛な地獄絵図がここに。


「あー、はいはい、持っていく! 持っていくから泣かない!」

 地獄絵図に真っ先に耐えかねたのは私だった。半ばやけくそで瓶に布を巻きつけ、乱暴に抱え上げる。何だこの布、カビ臭いぞ。

「お姉ちゃん、それ持っていくの?」

 妹に信じられないというような目で見られた。心外だ。

「私だって持っていきたくないけど、仕方ないでしょ、いろいろと」

 ずんずんと部室の出口まで行って、布包みを留学生の目の前に突き出した。美少女らしからぬ液体でぐしゃぐしゃだったその顔が、一瞬にしてぱあっと輝く。


「ありがとうございマス、師匠!」

「……なんで師匠?」

「だって、今ワタシにタレくれたじゃないですカ!」

 ちょっと考えて、さっき先輩が吹き込んだ偽日本文化のことだと気がついた。

「……タレくれた相手って、上書きされるんだ……」

 もうどこから突っ込みを入れればいいのか分からないので、全てをスルーすることにした。柳に風の精神だ。


「あ、明日からあの方も一緒にオベント食べるらしいデス」

 布に包まれた瓶を大事そうに抱きしめた留学生は、ふと思い出したようにそう言った。あの方、と示されたのは先輩だ。

「はあ!?」

 妹のほうが反応が速かった。露骨に嫌そうな顔をしている。さっきの先輩の稚魚発言に相当気分を害したのかもしれない。

 私たちの視線を受けて、先輩は長い髪を指にくるくる巻き付けながら首を傾げた。

「あなたたち、毎日一緒に昼休みを過ごしていたのね。私を誘ってくれないなんて水臭いわ」

「一緒にオベントを食べる人数が多いほど秘密の力が身について、高度な忍術を使えるようになるんですよネ?」

 留学生は疑いを知らない無垢な目で私を見つめてくる。

「……それも先輩に聞いたの?」

「ハイッ」

 ……スルースルー。自分に言い聞かせる私のそばで、妹は額に青筋を立てていた。

 

「こんなところにはもういられない、私は帰らせてもらう!」

 ここが冬の山荘とかだったら真っ先に死にそうなせりふを吐いて、妹は私を部室から引きずり出した。留学生はタレを手にしたらもう部室への未練はなくなったのか、素直に部室の前の廊下に立っている。

「またいらっしゃいね」

 先輩は部室の中で艶やかに微笑んだまま、片手を軽く振る。

「お断りします」

 妹が勝手に断って、ぴしゃりと扉を閉めた。



 部室からの帰り道、殺伐とした雰囲気を漂わせていた妹が、ふと思い出したように呟いた。

「委員長、だっけ? あの三つ編みに古臭い眼鏡の」

 分かってないな、そのちょっと野暮ったいところがまたいいんじゃないか。とは、たぶんこの世界の美意識にはそぐわないと思うので、口にしなかった。

「うん、委員長だけど。それが何?」

「あの人……ちょっとやばいよ」

 妹の唐突な発言に、私はぽかんとした。

 委員長に「やばい」という形容詞は全然似合わない。少なくとも、私の周辺にいる美少女たちの中では一番まともだと思う。

「やばい……って、何が?」

「……知らないならそのほうがいいかも」

 どう頼んでも、妹はそれ以上は説明してくれなかった。めちゃくちゃ気になるんだけど。

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