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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
6.妹(美少女)
19/35

3

 黙って聞いていた女の子は、私の顔をじっと見る。思わずたじたじとなった。

「……何?」

 この世界に来てから、無数の美少女や美女たちにそんな風に見られ続けてきたけど、未だに慣れない。二十五年かけて刷り込まれたブス意識は、一ヶ月やそこらで消えるものじゃないらしい。

 女の子は両足をぷらぷらさせた。ブランコが少しだけ揺れる。

「いや、それでそんな疲れた顔をしておるのかと思っただけだ」

「あー……うん。我ながら疲れてると思う」 


 元の世界にいた頃は、大学に入るのと同時に一人暮らしを始めたから、短期間の帰省を除けば人と共同生活をするのは数年ぶりになる。しかも今一緒に暮らしている美少女たちは、親ガモの後を追う子ガモでももうちょっと自立してるだろうという勢いで私についてくるのだ。

 トイレとお風呂だけは聖域として何とか死守しているけど、いつか侵略されるんじゃないかと怯えている。そんな中で暮らしていたら、それはまあ疲れた顔にもなるだろう。

 女の子は訳知り顔をして頷いた。

「ふむ、つまり居場所がなくなって家に帰りたくないと。それでリストラされたサラリーマンのごとく、こんな公園でブランコに座っているわけか」

 この世界にもリストラってあるのか。世知辛い。


 そのとき、ふと毎朝の悪夢が脳裏をよぎった。

「……あと、毎朝パンツ見せられるのが辛い」

「……は?」

「何でもない。聞かなかったことにして」

 珍しく本気で呆気にとられたような顔をした女の子に、私は首を横に振った。

 幼馴染みが下着を見せながら起こしに来るのは、もう諦めた。でもあろうことか、それを見た妹まで同じように朝から下着を見せてくるようになってしまったのだ。


「教育上よくないからやめて!」

 思わずそう言った私は、次の瞬間顎を打ち抜かれて布団の上に倒れていた。何が妹のアッパー要件だったのかしばらく分からなかったけど、どうやら「教育上」というのが子供扱いと取られたらしかった。

 そんなわけで、私は毎朝起床と同時に幼馴染みと妹の下着姿を見る羽目になっている。それが嫌で眠りが浅くなっているのも、顔が疲れている原因の一つかもしれない。疲労が顔に出るとブスが悪化するから勘弁してほしい。

「……詳しいことは分からぬが、まあ、何だ。元気を出せ」

 幼女に慰められる女子高生の図。シュールだ。


「下着がどうかしたの?」

 うなだれていたら急に背後から声がして、危うくブランコから落ちかけた。うろたえながら振り向くと、先輩が真後ろに立っていてさらにビビった。

「え、な、なんでここに!?」

 先輩は憂わしげな表情で、緩く波打つ長い髪をかきあげた。相変わらず、仕草のひとつひとつから色気がだだ漏れだ。

「最近あまり部室に来てくれないでしょう? 寂しいから会いに来ちゃった」

「……なんでここにいるって分かったんですか?」


 私が気づかなかっただけで尾行されていたんだろうか。今日は幼馴染みを撒くのに必死で、先輩がついてきているかどうかにまでは気が回らなかった。

 先輩は両手を少し持ち上げてみせた。その長くしなやかな指には、L字型に曲がった棒が握られている。

「ダウジングで」

「……」

 そういえばこの人、超常現象研究部の部長だった。っていうかダウジングで見つかるって、私は地下水か貴金属なのか?


「そちらは?」

 私の正面に回りこんできた先輩の視線は、隣のブランコに座る女の子に向けられている。

「えーと……」

 正直に言っていいものか迷う。実のところ、この幼女を紹介するのに「ジンギスカン職人です」と言うのが本当に適切なのか、未だに分からないし。

 そんな私の一瞬のためらいは、先輩を盛大に誤解させたようだった。

「……もしかして、あなたの隠し子かしら? 大丈夫よ、あなたにどんな過去があろうとも、私はあなたを大事に思っているから」

「いやいやいや」

 どうしてそうなった。


「私はジンギスカン職人だ」

 誤解を解いてくれたのは女の子自身だった。偉そうに胸を張って言った彼女に、先輩は数回瞬きをする。その妖艶な顔に、畏怖するような表情が広がった。

「あら……あなたがあの有名な? お目にかかるのは初めてだわ、光栄です」

 先輩は幼女に恭しく頭を下げた。私は絶句する。何? この子の存在ってそんなに広く知られてるの?

 女の子は当然の反応と言わんばかりに腕組みする。

「うむ、苦しゅうない」


 そこからは私は会話に入れなくなった。

 先輩が超常現象に関するいろいろな質問を投げかけ、女の子がそれに答える。めんどくさがってるのか何なのか、その答えは全体的に雑な感じがしたけど、先輩は興味深そうに聞き入っていた。

 入れ替わる前のオカルトオタクな私だったら、二人の話に加われたのかもしれない。でも残念ながら、今ここにいる私はオカルトへの興味はほとんどなかった。

「……あのー」

「なあに?」

 二人の会話が一瞬途切れた瞬間を見計らって声をかけると、耳のすぐ後ろから答えが返ってきた。その声は間近で聞くとさらに破壊力があって、体中の毛がぞぞぞっと逆立つ。

「そろそろ帰りたいんですけど、下ろしてもらえますか?」


 私はなぜか、ブランコに腰かけた先輩の膝に座らされている。どうしてこうなったかは聞かないでほしい、むしろ私が聞きたい。

 その激しく主張してくる胸が背中を押してくるので若干前のめり、かつ全体重を先輩にかけるのは気が引けるので半分空気椅子状態という体勢だ。なかなか辛い。

「だーめ。久しぶりに会えたのに、すぐに帰っちゃうなんて悲しいわ」

「むぐ」

 私のお腹の辺りに緩く回されていた両腕にぎゅっと力が込められる。背中側には圧倒的なボリューム感があって、物理的な意味で板挟みになる。

 助けを求めて隣のブランコに目をやったけど、幼女は興味がなさそうにふいと目をそらした。こいつ……お前をジンギスカンにしてやろうか。


 そう思ったとき、視界の隅に人の姿が映った。公園の入り口に小柄な人影が見える。夕焼け空を背負ったその人影は、足早にこっちに近づいてくる。

 ――妹だった。

 逆光になっていて表情ははっきり見えないけど、そのせいでむしろ神々しい感じがする。美少女は顔が見えなくても美少女なのか、とものすごく矛盾したことを思った。

 ブランコの正面に立った妹は、無言で私たちを見つめる。正確には、私を膝に乗せている先輩を。

 その目つきには明らかに険が含まれていたけど、何に対して機嫌を損ねているのか分からなくて、私はただ身を硬くする。


「……ご飯の買い出し頼まれたから、一緒に行こう」

 張り詰めた空気を破ったのは妹だった。背後で先輩が首を傾げる気配がした。

「あら……今度こそ、あなたの隠し子かしら?」

 耳元で聞こえた先輩の言葉にやばいと思う暇もなく、顎に衝撃を感じた。

「ぐふっ」

 先輩がとっさに抱きとめてくれたみたいで、地面に転がるのはどうにか免れた。でも頭がぐらんぐらんして、目の焦点が合わない。

「姉の妹です!」

 妹が声を張り上げているのが遠く聞こえた。とりあえず、その説明はちょっとどうかと思う。

 ……っていうか、なんで私が殴られてるんだろう。今妹の逆鱗に触れたのは先輩だったはずなのに。位置的に私のほうが殴りやすかったとかだったら、末代まで祟る所存だ。


「ほら、行くよ!」

 妹に腕をつかまれて、無理やり立ち上がらされた。そのまま引きずられるように歩き出す。

 まだ頭がぐらぐらするのをこらえて肩越しに振り向くと、先輩はブランコに腰かけたまま片手を振った。

「妹さんなら仕方ないわね。また学校で」

 悠然とした微笑みに、私を引きずる妹がむっとしたように眉間にしわを寄せた。さらに足を速める彼女に、よろよろしながらなんとかついていく。

 そういえば、女の子はまだブランコに座ってたのかな、と思ったときには、もう私たちは公園から出てしまっていた。



 夕焼け空の下、私と妹は黙ったまま歩く。

 腕をつかんでいた手は離してくれたけど、一歩先を行く妹の背中は不機嫌オーラ全開だ。まだ先輩の隠し子発言を引きずってるんだろうか。

「……今日の晩ご飯、何だろう?」

「……聞いてない。買い物リストだけ渡された」

 いつも食材を買う商店街が見えてきたところで声をかけると、ぶすっとした口調ながらも一応返事をしてくれた。

「ふーん。リスト見せて」

 妹は無言でポケットに手を突っ込んで、折りたたまれた紙切れを引っ張りだした。ぞんざいな手つきで差し出されたそれを受け取って、開いてみる。


「とーふ、は豆腐だろうけど……生麦って……? あと、鳥の瓜……って何」

 そこに書かれているものがほとんど何なのかわからない。私がまだ知らないだけで、この世界ではありふれた食材なんだろうか。

 そう思って妹にリストを渡してみたけど、怪訝そうな顔をされた。

「……何これ。晩肉……晩ごはんの肉ってこと?」

 この世界の住人にもわからないらしい。私と妹は、商店街を前に途方に暮れたのだった。



「明日、私の友達が来るから」

 妹の口から突然そんな言葉が飛び出したのは、夕食を食べ終えてくつろいでいるときだった。

 ちなみに今日の夕食は麻婆豆腐だった。幼馴染みは買い物リストに、生姜、鷹の爪、挽肉と書いたつもりだったそうだ。妹と二人がかりで「漢字が書けないなら無理せずひらがなで書きなさい」と諭したけど、どれくらい分かってくれたかは微妙だ。

「友達? 向こうの国の?」

 幼馴染みが首を傾げる。妹は特に表情を変えずに頷いた。

「そう、あっちの学校のクラスメート。休暇の間、日本に短期留学するんだって」

「へー。日本が好きなの?」

「そうみたい。ニンジャにスシ作ってもらってフジヤマでハラキリしたい! って言ってた」

 なんかいろいろ混ざってる。


「どこの学校に留学するの?」

「それが、お姉ちゃんたちが行ってる高校らしくて」

 その妹の答えに、なんだかすごく嫌な予感がした。

「さあ、ご飯も食べたしお風呂入って寝ようか」

「というわけで」

 強引に話題を変えようとした私の言葉にかぶせるように言った妹は、澄んだ大きな目でまっすぐに見つめてきた。

「この部屋の住人が明日からもう一人増えます」

「『増えます』じゃないから! 決定事項みたいに言うのやめて!」

 半ば悲鳴のようにそう訴えつつも、たぶんこれは決定事項なんだろうな、と諦めの境地に至っている私だった。

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