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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
6.妹(美少女)
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 週末の朝、玄関のチャイムが鳴る音で目が覚めた。


 時計を見ると、まだ早朝と言える時間だ。こんな時間に宅配便でもないだろうし、来客の心当たりもない。

 ちょっとだけ考えて、居留守ならぬ寝留守を使うことにした。布団をかぶり直して二度寝の態勢に入る。やっとこの不気味なおっさん柄の布団でも熟睡できるようになってきたのだ。もはや私の眠りに敵はない。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 やや間を置いて、チャイムは繰り返し鳴らされる。寝てまーす。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 玄関の外の人物はなかなか諦める気配がない。むしろ、微妙にチャイムの間隔が短くなってきた。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポピンポピンポピンピン……


「あー、はいはい! 今行きます!」

 このアパートの壁は決して厚いほうじゃない。隣の部屋のチャイムが鳴らされた音が割とはっきり聞こえるくらいだ。こんな朝早くからチャイムを連打されたら、私のほうが白い目で見られるかもしれない。

 パジャマ姿だし頭はぼさぼさだし顔も洗ってないけど、朝っぱらから礼儀のかけらもない来客に対して気を遣う必要もないと思って、そのまま出ることにした。



 結論から言うと、玄関の外にいたのは私の妹だった。初対面の。


「初対面の幼馴染みの次は初対面の妹か……」

 名状しがたい疲れを感じて、私はベッドに転がった。妹を名乗る少女は、部屋にあふれるオカルト用品を押しのけて作った空間にちょこんと座っている。

 やっぱりというか何というか、ものすごい美少女だ。肩にかかるくらいの栗色の髪にはくっきりと天使の輪ができているし、色素が薄めの瞳は、私と同じ種族の生き物とは思えないくらい大きい。

 この世界の私は、この美少女と同じ遺伝子を持っていたのか。それはもはや私ではない。

「おばさんたちからもなんにも連絡なかったからびっくりしたよ。いつこっちに帰ってきたの?」

「今朝早く」

 ローテーブルを挟んで妹と喋っているのは幼馴染みだ。今朝ほど彼女の存在に感謝したことはなかったかもしれない。


 玄関を開けた向こうに妹の姿を見たときは、家出少女かと思ってめちゃくちゃ焦った。だって、小学校高学年くらいの見知らぬ女の子が、でかいキャリーバッグを引いていたのだ。

 いったいどうすれば、とおろおろしているところに、隣の部屋の玄関が開いた。そこから顔をのぞかせた幼馴染みは、私の前に立つ女の子を見て目をぱちくりさせた。

「あれー、久しぶり」

「え、知り合いなの?」

 私の言葉に、幼馴染みはぽかーんと口を開けた。そんな間抜けな顔に寝ぐせのオプションをつけても可愛いから、世の中は不平等だ。


 でも幸いにして、彼女はすぐに私が取り替えっ子だったことを思い出してくれたようだ。

「あー、そっか、まだ会ったことなかったっけ。妹さんだよ」

「……誰の?」

「あなたの」

 絶句した私は、目の前に立つ女の子をまじまじと見た。女の子も大きな目でまっすぐ私を見つめてくる。

「……私の妹がこんなに可愛いわけがない」

 長い沈黙の後、ようやく絞り出したのは、何だかどこかで聞いたような言葉だった。



 幼馴染みが計ったようなタイミングで出てきたのは、妹がうちの玄関のチャイムを連打する音が聞こえたからだそうだ。やっぱり他の部屋にも聞こえてたのか、と憂鬱な気分になったけど、そのおかげで助かったのも確かなので何とも言えない。

 妹は海外赴任している母親と一緒に暮らしていて、学校が休暇に入ったので日本に帰ってきた。日本に戻ったときはいつも姉、つまりこの世界の私の家を宿代わりにしているので、今回もそのつもりでやってきたら、姉の家から出てきたのは知らない美少女だった。

 幼馴染みと妹の会話から得られた情報をまとめると、そういうことらしい。自分が美少女と認識されていることについては、もう触れないことにする。


「でもびっくりしたでしょ? お姉ちゃんがこんな美人と入れ替わってて」

 幼馴染みの問いかけに、妹は軽く首を傾げる。繊細そうな髪がさらりと揺れて、そこから光の粒子が飛び散るような錯覚を覚えた。何というか、もはや人間の女の子というより妖精だ。

「それは別にびっくりしなかったけど」

 高めの可愛らしい声に似合わず、ずいぶん肝の据わった発言だった。

「そう?」

「うん。だって、あのお姉ちゃんならいつか入れ替わりかねないって思ってたから」

 不穏な発言に、思わずがばっと身を起こしてしまった。二対のきれいな目で不思議そうに見られてどぎまぎするけど、ちゃんと確認しておかないと。


「……えっと、それはどういう意味?」

「何が?」

「あのお姉ちゃんなら……って」

 妹は幼馴染みと顔を見合わせた。

「だって……ねえ?」

「うん、日頃の行いが……」

 いつか入れ替わりかねないような日頃の行いって何だ。

「お姉ちゃん、変なことが好きだったし。部活も、何だっけ……鳥獣戯画研究部とか入ってたし」

「超常現象研究部ね」

 むしろ鳥獣戯画の研究をしていてくれたほうが、私としては心安らかに過ごせたかもしれない。

「だから、いつか違う世界に行っちゃってもそんなに不思議じゃないなって思ってたの」

 この世界の私、家族にすら見放されるレベルのオカルトオタクだったのか。辛い。


 絶望して再びベッドに転がった私は、ふと気づいた。さっきの妹の口ぶりからすると、私が取り替えっ子になってしまったことは、ここに来るまで知らなかったようだ。

 私がこの世界に来てもう一ヶ月くらい経つのに、家族に連絡が行っていないなんてことがあるんだろうか。そんなことが起きた場合、誰より優先して伝えるべき相手だと思うんだけど。

 私は顔だけを幼馴染みたちのほうに向けて聞いた。

「ねえ、この世界の私が取り替えっ子と入れ替わっちゃったってこと、私の親には言ってなかったの?」

 幼馴染みはきょとんとした。少しの間があって、それから彼女はぺろっと舌を出して自分の頭を小突いてみせる。

「てへ」

 そのせりふと仕草が似合う人間が実在するとは、この世界に来るまで思わなかった。


 そんな私の内心と裏腹に、妹はなぜか幼馴染みに冷たい目を向けた。

「そういうの、そろそろやめたほうがいいと思うんだけど」

「そういうのって何?」

 妹は幼馴染みの手を指差した。その手は、頭を小突くポーズのままだ。

「その、何て言うの? ぶりっ子ポーズ?」

 うわ、なかなかずばっと物を言う子だ。海外暮らしでそうなったのか、それとももともとの性質なのか。

 言われた幼馴染みは、傍で聞いていた私以上に顔をひきつらせた。

「え、ぶりっ子とかじゃないし」

「じゃあ何?」

 幼馴染みは「ぐぬぬ」と言葉に詰まる。

 

 そんな彼女に、妹は更に追い打ちをかけた。

「その擬音語とか口に出しちゃうのもやめたほうがいいと思う。そういうのが許されるのは超絶美少女だけだよ」

「え」

 発言の内容にはだいたい同意するけど、それをこの幼馴染みに向かって言うか? こんな光り輝くような美少女に?

 そう思った次の瞬間、私ははっと思い出した。この世界では幼馴染みは決して美少女とは見なされていない。つまり、この世界の住人から見た彼女は「大して可愛くないけど、ぶりっ子風な仕草をしたり擬音語を口に出したりする癖がある女子高生」ということになる。

 ……うん、それはやめたほうがいいかもしれない。

 その本音は、もちろん本人には言わなかった。



「……で、いつまでここにいる予定?」

 幼馴染みは妹によって完膚なきまでに精神を打ちのめされて、膝を抱えて部屋の隅っこを向いている。とりあえず静かになったので、立ち直るまでそっとしておこう。

 身を起こしてベッドにあぐらをかいた私が聞くと、妹はちょっと首を傾げて、そばに置いていた自分のショルダーバッグをごそごそ探った。そこから取り出されたのは携帯電話のようなものだ。

 今まで見てきた限り、この世界における日本の携帯電話事情は、私がいた日本より多少遅れているようだった。スマホのようなものよりガラケー的なものを持っている人のほうが多い感じだ。

 理由は分からないけど、この世界と私のいた世界が八年くらいずれているせいなのかな、と勝手に思っている。記憶をたどれば、私が本当に高校生だった八年前は、みんなガラケーを使っていた気がする。


「もう携帯持ってるんだね」

 スケジュールをチェックしているのか、かちかちと携帯を操作する妹を眺めながら、私は何となく言った。

 私が子供の頃は、小学生が携帯を持つなんてほとんど考えられなかった。そのせいもあってか、こんなに若い、というか幼い子が慣れた手つきで携帯をいじっているのは、なんだか妙な感じがする。

 妹は画面から顔を上げてこっちを見た。その大きな目はちょっと細められている。

「もう、ってどういう意味?」

「え、だって小学生くらいでしょ? そんなに早くから携帯、ぐふっ」

 顎に強烈な衝撃を受けて、私の言葉は途中で途切れた。脳がぐらんぐらんと揺れて、上下左右が分からなくなる。

 やっと目の焦点が合ってきたと思ったら、間近に妹の顔があってビビった。


 みぞおちの辺りに重みを感じる。寝転がった状態で妹にのしかかられているみたいだ。彼女の人形のような愛らしい顔は完璧なまでの無表情で、言いようのない凄みを感じる。

「……一回しか言わないから、よく聞いて」

「はい」

 その威圧感に圧倒されて敬語になる私に、妹は高く澄んだ声にドスを利かせて言った。

「私、十六歳だから」

「……はい?」

 思わず聞き直してしまって、また顎を殴られた。

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