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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
5.お嬢様(美少女)
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3

 幼馴染みの指摘を、けれどお嬢様は鼻で笑った。

「あら、客人の嗜好に添うのはもてなしの基本でしょう?」

 客人って私のことだろうか。別にそんなに肉が好きなわけじゃないと何回も言っているのに、どうも間違った噂が消えないみたいだ。

「それとも、幼馴染みのくせに食の好みも把握していないのかしら?」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべて続けられたお嬢様の言葉に、幼馴染みの口元がぴくっと引きつった。

「把握してるし! 私は好みを知り尽くした上で、それに合っててしかもバランスがいいご飯を作ってるんだから!」

 厳密には彼女は私の幼馴染みではないから、そんなにむきになることもないと思うんだけど。そして二人とも顔が近い。間に挟まれた私は、目の前の料理を口に運ぶのもままならない状態だ。


「ねえ、あなたもそう思うでしょ!?」

 自分に向かって言われたのかと思ってびくっとしたけど、お嬢様の顔は私の向かい側に座る委員長に向けられていた。

 決してがっついた印象は持たせず、それでいてなかなかのペースで肉料理を体に収めていた委員長は、軽く首を傾げる。

「お肉料理はいいですよね。活力の源です」

 穏やかな声で若干見当外れな答えを返されて、その場から何となく緊迫感が失われた。そういえば彼女は、私とは違って本当に肉が大好物なんだった。


「よろしければ、お茶を」

 斜め後ろから控えめに声をかけられた。

 首をひねって振り向くと、エプロンドレスの女性が完璧な微笑みを浮かべてティーポットを持っていた。声をかけるタイミングも絶妙、さすがプロのメイドさんは違う。

「ど、どうも」

 メイドさんは優雅な仕草で、めちゃくちゃ高そうなティーポットからおそろいのめちゃくちゃ高そうなカップにお茶を注いでくれた。


「ありがとう、ございます」

 本当のセレブはいちいちお礼とか言わないのかもしれないけど、私は筋金入りの庶民だ。人に何かをしてもらうことに慣れていないので、ほぼ反射でお礼を言ってしまう。

 メイドさんは一度瞬きをして、それからほんのり頬を染めた。そして慎ましやかな会釈を返してくれる。うーん、美人だと何をやっても様になる。

 昔言われた「お前の会釈は赤べこに似ている」という評価を思い出して、唐突に辛い気持ちになった。


「ほらそこ、見とれない!」

 メイドさんに見入ってしまったのを注意されたかと思って、反射的に背筋を伸ばした。

「し、失礼しました」

 でも私が言うはずだった謝罪は斜め後ろから聞こえた。見ると、メイドさんが深々と頭を下げている。

「え、え、何?」

「えー、理不尽ー。こんな美人がいたら、そりゃ見とれちゃうでしょ」

 うろたえていた私は、能天気な幼馴染みの言葉にはっと思い出す。そういえばここは、美少女や美女が赤べこ似の会釈をするブスに見とれる世界だった。いや、決して赤べこを馬鹿にしているわけじゃないけど。


「いや、あの、大丈夫なんで、顔上げてください」

 メイドさんと同じくらい頭を下げながら懇願して、どうにか彼女に顔を上げさせるのに成功した。

 ほっとしながらふと横を見ると、お嬢様が不機嫌そうな顔をしている。

 何を怒ってるんだろう、私がメイドさんに顔を上げさせたのが悪かったのか? もしかして、メイドさんが頭を下げているのを見るのが好きな性癖とか持ってるんだろうか。ブルジョワ怖い。

「……ねえ、あなた」

「はい、ごめんなさい!」

 お嬢様の低い声に、つい意味もなく謝ってしまった。彼女はそんな私をちょっと訝しげに見て、それからおもむろに切り出した。


「あなた、わたくしのものになる気はない?」


 その場の空気が凍りついた。

 幼馴染みは口をぱくぱくさせ、肉料理を味わい続けていた委員長もフォークが空中で止まっている。メイドさんもぽかんとした顔で、少し離れたところに控えている執事までもが目を丸くしている。

 そんな中、お嬢様だけが至って真面目な顔をしていた。

「だって、こんなに整った顔をしているんですもの。無防備に暮らしていては危ないわ。実際、身の危険を感じたことがあるでしょう?」

 そう言われて私は考える。……これといってそんな記憶はない。美少女たちは私を取り囲みはしても、危害を加えてくるようなことはないし。いろんな意味で精神が崩壊しそうになることは多々あるけど。


「いや、別に」

「わたくしのものになれば、常に護衛の者をつけて差し上げるわ」

 私の否定の言葉にかぶせるようにお嬢様は話を続ける。だめだこいつ、人の話を聞く気がない。

「それに、あなたが望みさえするなら、学校なんてやめてしまってもいいのよ。一生わたくしが面倒を見て差し上げるから」

 なにそれ嫌だ。……あ、でも学校に行かなくていいなら、やたらと美少女に囲まれたり遠くからひそひそ言われたりすることもなくなるのか。それはちょっとありがたいかも。


 私の微妙な心の揺らぎを読み取ったのか、お嬢様は身を乗り出してくる。顔が近い。

「もちろん食事はうちのシェフが作る最高の肉料理を提供するし、ご希望なら十時と三時のティータイムも設けるわ。三食おやつ付きの生活、いかがかしら?」

 あ、それは若干心惹かれるものがある。できれば肉じゃないものも食べたいけど。

「駄目だよ、絶対駄目! 私の幼馴染みをそんな悪い道に引きこまないで!」

 幼馴染みにぐいっと腕を引っ張られて、危うくひっくり返りそうになった。三食おやつ付きって悪い道なんだろうか。


 お嬢様は整った眉をむっとしたように寄せた。でも、すぐに余裕たっぷりに唇を吊り上げる。

「あら、あなたみたいな下賤な人間と一緒にいるよりは、わたくしの家に来たほうがずっと幸せになれると思うわ」

「下賤……」

 幼馴染みが絶句する気配が伝わってきた。私も下賤な人間なので絶句した。

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 柔らかな声で割って入ったのは委員長だ。彼女の優しい微笑みが菩薩か女神様に見える。私は無宗教だけど。

「間を取って、私のところにいらっしゃいませんか?」

「どさくさに紛れて何言ってんの!」

 これは幼馴染みの言葉だけど、私とお嬢様も含めたこの場の総意だったと思う。


 三人はそのまま言い合いを始め、状況はカオスの様相を呈してきた。

 話題の中心のはずなのに置いてきぼりにされた私は、メイドさんが注ぎ直してくれたお茶をすすりながらその様子をぼーっと眺める。

「――お金ならいくらでも出すわ」

「ぶほっ」

 唐突にそんな言葉が耳に飛び込んできて、思わずむせた。まさかそのせりふをリアルに聞くことがあろうとは。っていうか何の話だ。

「……いや、お金とかじゃないから! 取り替えっ子、プライスレス!」

 これは幼馴染みの答えだ。今一瞬迷っただろ、と言いたかったけど、咳き込んでいる私にその余裕はなかった。


 やっと咳がおさまってきたと思ったら、お嬢様に肩を引き寄せられた。

「ねえ、試しに一週間でいいからうちに来ない? 部屋も一番いいものを用意するし、毎日学校まで送迎だってするわ。食事も何でも好きなものを用意させる。どうかしら?」

 至近距離で囁くように言われて、私は動揺した。半分はその内容に、もう半分はお嬢様の美少女ぶりに。なんだこの肌、毛穴がないぞ。

 この肌はあれか、すごい化粧水とか美容液とかを湯水のように使ってるのか。それを使わせてもらえば、私だって肌が汚いブスから美肌ブスにクラスチェンジできるかも。

 そんな希望的観測に操られるように、首を縦に振ろうとした。


 その瞬間、側頭部に衝撃を受けて、全く身構えていなかった私は椅子ごと倒れた。

「ちょっと、どうなさったの!?」

「あああ、大丈夫!?」

 お嬢様や幼馴染みの悲鳴や、メイドさんと執事が慌てて駆け寄ってくる気配の中に、幼女の声を確かに聞いた。

「その令嬢の家に行くと、世界間の距離が広がるぞ」

 中庭の地面にべたっと倒れたまま、あーそういえば神通力で教えてくれるとか言ってたな、と思い出す。どうやら、三食おやつ付きの生活は諦めなければならないみたいだ。


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