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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
5.お嬢様(美少女)
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 突然だけど、私は由緒正しき庶民だ。元の世界ではもちろん、この世界でも別に資産家の娘というわけではなかったらしい。

 だから、こんな豪邸に招かれたのは生まれて初めてだ。ケーキスタンドとか言うんだったか、三段重ねのお皿に山盛りのお菓子を出されたのも。こんなの、ホテルのパンフレットで写真を見たことくらいしかない。


「ほら、遠慮せずに食べなさい。もしかして、甘いものは嫌い? ……あ、そういえば肉料理が大好物だとか言ってたかしら? お待ちなさい、すぐに用意させるから」

「大丈夫です甘いもの大好きですいただきます」

 別にそんなに肉が好きなわけじゃないし、この状況で肉を貪り食らえる図太さは私にはない。急いでお菓子をいくつか手元の小皿に取ってかじりつく。マナーなんて知らないけど、もう開き直りの境地だ。

 もぐもぐしながらちらりと目を上げると、向かいに座る美少女はほんのりと頬を染めて私を見つめていた。

 気が強そうな顔立ちだけど、そういう表情をすると年齢よりも幼く見える。何より、私の作法に気分を害している様子はないことにほっとした。


「……どう、かしら? 美味しい?」

「美味しいです」

 即答したけど、正直味わう余裕なんてない。

 たぶん美味しいんだと思う。でも、豪華に装飾されただだっ広い部屋でふかふかすぎる椅子に座って、斜め後ろにはメイドさんが無言で控えている状況は、味を分からなくさせるには十分すぎた。

 私は隣に座る委員長を横目で見る。紅茶が入った高級そうなカップを口元に運んでいた彼女は、伏せていた目を上げて、いつもの優しい微笑みを返してくれた。

 この場に彼女がいてくれて、本当に助かった。



 私がこんな庶民らしからぬお茶会に招かれてしまったのは、今朝の出会いのせいだ。


 朝、いつものように美少女の群れを引き連れながら幼馴染みと登校している途中、黒い車が横を通り過ぎていった。車にほとんど興味のない私の目にも留まるくらい、いかにも高級そうな車だった。

「今の見た? すごい高そうな車」

「あれでしょ? 今あそこに停まった」

 道路の先の方に向けられた幼馴染みの視線を追うと、まさにその黒い車が路肩に停まるところだった。人が出てくる気配はない。

 横目で中をうかがいながらその脇を通ろうとしたとき、運転席から声をかけられた。

「よろしければ、学校まで乗って行かれませんか」


 見ると、開けた窓から男の人がこちらを見ている。ロマンスグレーという言葉がものすごく似合う、上品な初老の男性だった。

 私は周りをきょろきょろした。それから恐る恐る自分を指差してみせる。男の人は微笑みを浮かべたまま、穏やかに頷いた。

 ……そう言われても、こんな高そうな車に乗せてもらえる心当たりはない。朝っぱらから誘拐かとも思ったけど、私を誘拐しても大したメリットはなさそうだ。何より、誘拐犯にしては運転席の男の人には気品がありすぎる気がする。

 隣に立つ幼馴染みを見ると、彼女も困惑したような顔をしていた。幼馴染みの知り合いというわけでもないみたいだ。


 二人してためらっていると、後部座席のドアが開いた。タクシーみたいに自動で開くようだった。

 そこに座っていたのは、軽く釣り気味の目が印象的な美少女だった。高い位置のツインテールという、幼女か美少女にしか許されない髪型をしていて、しかもそれがまたよく似合っているのが腹立たしい。ブスに喧嘩を売ってんのか。

 着ている制服から判断するに、彼女も私と同じ高校の生徒のようだ。見覚えはないけど。

 美少女は強い視線をまっすぐに私に向けて、淡いピンク色の唇を開いた。


「何をぐずぐずしているの? 早くお乗りなさい」

 外見から受けるイメージ通りの高飛車な口調だった。自分の容姿に合わせてわざとやっているのかと思ってしまうほどだ。

 私は再び幼馴染みを見る。やっぱり困惑したような顔で見つめ返された。この美少女も、幼馴染みの知り合いではないみたいだ。

「もう、じれったいわね! お乗りなさいと言っているでしょう!」

「はい!」

 鋭い叱声が飛んできて、反射的に返事をしてしまう。何というか、人の上に立つことに慣れきった人の声だった。


 返事をした以上、乗らないわけにはいかない雰囲気になってしまった。ちょっと苛立っているみたいな美少女の視線に引きずられるように、私は恐る恐る車に歩み寄る。

「ほら、どうぞ」

 美少女は自分の隣を手でぱしぱしと叩いて示す。

 私は半ばやけくそで車に乗り込んだ。万が一誘拐目的だったとしても、私の後をついてきているたくさんの美少女たちが目撃してくれているはずだ。それに、幼馴染みだっている。もし私の身に何かあったら――


「……って、どうしてあなたまで乗ってくるの!?」

 美少女の声に肩越しに振り向くと、幼馴染みが体を車にねじ込んでくるところだった。

「むぎゅ」

 前後を美少女に挟まれるという何とも贅沢な状況に陥った。贅沢すぎて圧死しそうだ。

「あなたは誘っていないわ、降りなさい!」

「やだ! 私には幼馴染みとしてこの子を監督する義務があるんだから!」

 そんな義務、初めて聞いたぞ。

 私を挟んでやいやいと言い争う二人の声に、耳がきーんとなる。ついでに、満員電車かというくらい両側からぐいぐい押されて、油断するとさっき食べた朝食をぶちまけそうだ。


「――お嬢様、そろそろ行かないと遅刻の恐れが」

 助け舟は運転席から出された。見ると、初老の男性が少し困ったような微笑みを私たちに向けている。

 美少女は細い手首に巻かれた腕時計を見て、顔色を変えた。

 私はその華奢な腕時計が見るからに高そうなことに、違う意味で顔色を変えた。

「早く! 早く車を出してちょうだい!」

「かしこまりました」

 美少女の悲鳴に近い叫びに応え、車は発進した。同時に後部座席のドアが自動で閉まって、若干車外にはみ出していた幼馴染みが押し込まれてくる。

「ぐえ」

 朝食を辛うじてぶちまけずに済んだ私を、誰か褒めてほしい。



 高そうな車に乗っていた美少女は、とある富豪の令嬢らしい。

 学校に着くまでに得られた情報はなんとそれだけだった。

 彼女はプライドが高いのか何なのか、無駄にツンデレ感を振りまいて、なかなか率直な物言いをしてくれない。それに加えて、学校はうちから徒歩圏内なので、その途中で車に乗せてもらったらすぐに着いてしまうのだ。

 美少女の方もまだ話し足りなかったみたいだ。


「今日の帰り、わたくしの家に来てちょうだいね。放課後に迎えの者をやるから。約束よ!」

 門の前で車から降ろしてもらった後、決闘でも申し込まれているのかと思ってしまいそうな口調でそう言い捨てて、美少女は駆けていった。

 向かっていったのは一年生の教室の方だったので、彼女は下級生なんだろうか。それさえ聞いてなかった。

 遠ざかるツインテールの後ろ姿を見送ってから、私と幼馴染みは顔を見合わせる。

「……何だったんだろうね」

「さあ……」

 そのとき、予鈴が鳴り響いた。はっと我に返った私たちは、同時に下駄箱に向かって走り出した。



 その放課後、教室に私を迎えに来たのは、今朝車を運転していた初老の男性だった。

 教室の入り口に立つ男性の姿を見て、周りにいた美少女たちがざわめく。それは、彼が学校という空間では異質な存在だということに加えて、男性が私に接触するのは珍しいせいでもある。

 未だにこの学校の男子生徒は私には近づいてこない。幼馴染みが言うには「高嶺の花って感じで近寄りにくいんだと思うよ」だそうだ。自分が花扱いされることに違和感しかない。

 まあ理由は違うにしても、男子と関わらないこと自体は元の世界と変わらないので慣れっこだ。何度でも言うけど、元の世界の私はブスだったので、男子なんかに縁はなかった。あれ、なんか目から塩水が。


 滲んだ塩水を手で拭っていると、教室の入り口近くにいた美少女の一人が私に近づいてきた。

「あの男の人が、お迎えに上がりました……って」

「あー……えーと」

 男性は教室の中には入らず、扉の脇に控えめに立っている。その穏やかな微笑みをスルーして帰宅する豪胆さは、私にはなかった。

 行くしかないのか、ないんだろうな。諦めの境地に至って、かばんを手に男性の方へ歩き出した。


 教室にいる生徒たちがみんな、好奇心に満ちた目を私に向けているのを感じる。人に見られることに未だに慣れなくて、際限なく湧き出す手汗でかばんを落としそうだ。

 ぎくしゃくした動きで教室の入り口にたどり着こうとしたとき、微笑みを私に向け続けていた男性が、ふと教室の外に顔を向けた。

「あら、お二人はお知り合いなんですか?」

 眼鏡の奥の目を丸くして廊下に立っていたのは、私のクラスの委員長だった。

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