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[ ランプブラックに燈されたサーモンピンクの小さな優しさ ]

私の従兄は些か変わっている。その職業柄、普通ではないのは当たり前なのだが、そう云うことではなく変わっているのだ。何処がどの様に?と問われると困るのだが、それでも矢張り変わっている、と私は断言するだろう。ただ、彼が普通でない所をあげろと言われたら私は極々自然にその全てをあげることが出来るだろう、その一つ。彼は私を猫っ可愛がる節がある。それは気が付いたらそうなっていた、と云えるほど自然に行われており、其れがそうなのだと私が認識したのは、甘えるのでも甘やかすのでもなく、ただ猫っ可愛がられているのだと認識したのは、遅いかもしれないが中学の頃だった。他の従姉妹たちにブーイングされるまで、それがそうなのだと気が付かなかった私も私なのだが、それをそうだと認識させなかった彼も彼だった。従姉妹たちの話を考慮し、彼と私の今までを振り返って、嗚呼本当だ、と思った私は、それを愚直にも彼に問うたのだが、それはそれは上手い具合にはぐらかされ、未だ答えを貰うことが出来ぬまま既に10年以上の月日が経ってしまった。そう、10年以上。詰まるところ彼は私が歪みを理解した頃から今の今まで、私に明確な答えを与えないまま安穏と私を振りまわしているのである。とは云っても別段その所為で生活のリズムが狂ったとかそう云う事ではないので余り気にしていなかったと云えばそうなのだが。ただその質問をした後ぐらいから、唐突に驚くようなことをされることが増えたぐらいで、それを悪いとは思わないが、それが良いとも思えない。と云うただそれだけの話。


「どうして、居るの」


だからまぁ、その言葉に間違いはないのだ。だって此処は私の借りているマンションで、彼の住処からも実家からも私の実家からも其れなりに距離がある場所のはずだ。何故なら此処は京都という古の町で、栄転と云う名の転勤を余儀なくされた私が二ヶ月前から住んでいる場所で、その事を彼に告げた記憶はないのだ。


「なんで言わねーの?」


ぼんやりと(茫然と、ではない)告げた私の問いに答えないまま不満たっぷりに言葉を紡ぐ彼は不機嫌ですとその態度が公言している。そう云うのは周りに迷惑がかかるから止めた方が良いよ、と以前言ったはずなのに如何して彼はこうも私の言葉を無視するのか。


「報告するようなことだと思わなかったから」


同じ問いを幾度繰り返しても現状の彼が答えるわけがないことを知っている私は大人しく彼の望む答えを紡ぐ。その言葉にさらに眉間のしわが深まったのを認めて嗚呼如何しよう何かを間違えた、と思ったが別にだからと云って態度を改めることが無いのは恐らくそれがある種の日常となってしまっていたからだろうか。これが従姉妹たちなら確実に彼のご機嫌を取りに右往左往するのだが、私はそんなことはしない。何故なら途方もなく面倒だからだ。


「言えよ」


その断言された言葉に軽く息を吐いた。なんて俺様なんだろう、と思って撤回した。彼は何時だってこうだったではないか。私も彼と同じ末っ子と云う名のぬるま湯に浸かっていた身分では有るが、彼と違うところは恐らく一般社会という枠組みの中に居ることだろうか。


「今度から気をつける」


そんな私の言葉の意味に気付いたのだろう彼は、然し私がそれ以上の譲歩をしないことにも気づいて苛々と息を吐き出した。そう云えば彼は煙草を吸うのだったか。然し私は彼が煙草と云うモノを吸っている場面に出くわした記憶が無い。何時如何なる時も彼は絶対に私の傍ではそう云ったものを持ち歩いていなかったように思う。つかつかと歩み寄ってきた彼が私の手からバカみたいに重たいカバンを取り上げていつもカバンを置いているラックへと戻すのを見て(如何して其処が指定場所だと知っていたのだろう、と思ったけれどよくよく考えれば私はどんな場所に住もうと何時だってカバンは其処だったことを思いだした)、帰って来た時のままリビングの入口に突っ立ったままだったことを思い出してコートを脱いでハンガーにかけた。


「お腹空いた、」


ぽつり、と零れ落ちた欲望に、先に風呂行け、と云う命令が落ちてきて、嗚呼今日はそういう日なのかと諦めて脱衣所へ向かった。がらり、と開けた風呂場は普段は余り張らないお湯がたっぷりと有って、嗚呼もう入ったのかと何故だか笑いがこみ上げてきた。たぷん、と音を立てて私を呑み込んだお湯は少しぬるめで、いつの間にか張りつめていたのだろう何かが音もなく緩んだらしい。気が付けばぽちゃりぽちゃりと軽い音を立てて涙が湯船の中に吸い込まれていた。暫くそのまま放置して、漸くおさまった頃には既に一時間以上も時間が経っていたが、そんなことは気にせず髪と身体を洗ってシャワーを浴びた。適当に水気を取ってパジャマ代わりの白いロングキャミソールを纏い、髪の水気も有る程度取った後にミストグレーのもこもことしたカーデを羽織ってリビングへ戻ると、ソファーで寛いだようにテレビを見ていた彼が「おせーよ、」と苦笑した。


「うん。ありがと、」


なにが、とは言わないし彼もそんなことは聞かないだろう。食うか、と促されたダイニングテーブルの上には彼お得意のパスタがほわほわと温かな湯気を立てて鎮座していて、彼の優しさに留まったはずの涙がまた溢れだしそうになって慌てて首を振ったら彼が変なモノを見る眼で此方を見ていて何故か笑えた。


「いただきます、」


何時ものように両手を合わせて食事が出来るという幸せに心から感謝をして、カトラリーを手にする。私の好きなキノコとサーモンのクリームソースが何故だかとても甘く感じるのはきっと彼の優しさの甘さなのかもしれないと、訳のわからないことを思いながら21時を過ぎた時間に食べるものではない気がする、と何処か冷静な私が突っ込んだが、空腹と甘さに耐えきれないだろう私は、きっとその後に出てくるであろう甘い甘いデザートまで全て完食するのだろう。きっとその後は二人で仲良く食器を片づけて、私のために入れられた甘い甘いココアと彼のために淹れられた苦い苦いブラックコーヒーをお供に、他愛もないことを寄り添いながら喋り続けて、疲れ果ててその場で眠ってしまう私をベッドまで運んだ彼は、そのまま一緒に朝まで眠るのだろう。そうまるで恋人のように。そして矢張り私よりも先に起きた彼が朝食とお弁当と云う名の私のランチを準備して、遅刻するぞって楽しそうに笑いながら私を起こすのだ。それは何とも幸せなことで、其処までしてもらって其処までさせておいて、それでも私たちは恋人とか家族とかにはならないのだろうという確信があった。サドっ気の強い彼がそこまでする人間を他に知らないと彼の仲間にも散々言われた事では有るが、それこそ彼みたいな身内に舞いあがって美味しい蜜を吸いたくて仕方のない従姉妹たちからすれば冗談じゃないって事なのかもしれないが、それでも私は現状にこの上なく満足しているし、彼は彼で自分を貫くところがあるので本当に欲しければ私の意志など気にせずに俺のモノに成れ、ぐらいのことは言ってのけるのを知っている。事実、数年前に付き合っていた男が碌でもないと何処かで入手してきた彼は有無を言わさず私とその男を別れさせたのだから。だからまぁ、欲しければ彼はそう云うだろうと断言しよう。そして私は今までの人生の中で彼にそのような事を言われた記憶が無いし、彼が彼女を作ろうが私が彼氏を作ろうが二人の間で変わるものなど何もなかったので別にそれで好いのではないだろうか、と云うのが私の認識だった。例え彼が私以上に私を理解していても、例え私が彼以上に彼の状態を理解できても、私たちは現状を貫くのではないだろうか。

些か変わっている私の従兄は、私と云う家猫を酷く猫っ可愛がる傾向にある。だけど、それは私が彼に甘えているわけでも彼が私を甘やかしているのでもなく、私が不器用で彼が優しいと云うだけの話であって、それ以上でもそれ以下でもない。そして傍から見た私たちの関係が幾ら恋人のように見えようとも、私たちはそれを否定するのだ。彼が彼で在る限り、私が私で在る限り、ずっと。

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