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[ 苛立ちに呑まれたディープロイヤルのモーヴと溶けるクラレット ]

俺の従妹は些か変わっている、と思う。所謂末っ子な俺は可愛い妹とか弟とかが欲しくて、然し両親に望むには遅すぎるぐらいだったそれを身近に求めたのだが、近くに居る従姉妹たちは俺をアクセサリーか何かのようにしか見てくれなかったのに、彼女はそんな風に俺を見ることはなく、なんというか理想に一番近かった。だからだろうか、俺は彼女を猫っ可愛がっているらしい。或いは恋人のように扱っているのだとか、甘いのだとか、とにかく彼女に対する俺の態度に周りは言いたい放題だ。まぁそれでも好いかと放っているのはきっと其れを彼女が否定しないと云う事実が嬉しいからだ。もっとも其れが当たり前のことなのだと感じるようにずっと接してきたから、彼女からしてみればそれが普通だと云うだけでそれ以上でもそれ以下でもないのだろうが、それでもそれが無性に嬉しかった。然しそれも束の間のことで、あれは何時だったか、確か中学の終りか高校の初めぐらいの時に、久しぶりに会った彼女がどうして、と呟いたのを聞いたときに俺が何も言わないから従姉妹たちが彼女を責めたのだと瞬時に分かって無性に腹が立ったが、当たり前のことを当たり前のように問う彼女に酷く脱力したのもよく覚えている。気にするな、と頭を撫でてはぐらかした俺に気付いていたはずなのに、彼女はそう、と頷いたきり何も云わずに10年以上も俺の我儘に黙って付き合ってくれている。否、それが俺の我儘だと彼女は認識していないのかもしれないが、それでも何処か一般的な感覚からずれている彼女は黙って容認してくれている。それが好いことだとは云わないが、それを悪いことだとも思わないというだけの話だ。


「どうして、居るの」


何時ものように何処かぼんやりとした彼女の問いに答えられるほどの余裕はなかった。何故なら久しぶりに仕事が早く上がりとなり、久しく逢っていなかった彼女と話をしようと向かったら、数か月前までは確かに住んでいたはずの場所に全く知らない人間が住んでいたからだ。慌てて彼女の実家に連絡を入れたら、叔母の驚いた声とともに彼女が今京都に居ることを教えられた。幸い、明日は夕方まで時間があったので、彼女の実家に寄って合鍵を借りた後、京都までドライブと洒落こんだ。


「なんで言わねーの?」


苛々と吐き出された言葉に少しだけ不満げな顔をした彼女は一体何を思ったのか。ゆったりと息を吸って吐き出すのを幾度か繰り返えす。嗚呼、きっと何を言うべきか悩んでいるのだな、とその僅かに垂れ下がった眉を見て思った。


「報告するようなことだと思わなかったから」


下にさがっていた視線を此方に合わせて、少し小さめの声が彼女の中の答えを告げた。そんな事だろうと思ってはいたが、それで納得が出来るほど大人になれない俺は、自分の中で溢れるモヤモヤとした感覚に更に苛々とした。


「言えよ」


その苛々を隠すことなく吐き出せば、彼女は目を瞬かせた。こう云う時、他の従姉妹たちなら慌てたようにご機嫌を取ろうと躍起になるのに、俺が苛立っていると分かっていても彼女は絶対にそのようなことはしない。それは彼女の性格を考慮するにただ単に面倒だと思っているからだと推測できた。同じ末っ子のはずなのに、如何して彼女と俺はこうも違うのだろうかと、時折脳裏を過る疑問がまた、僅かに顔を覗かせた。


「今度から気をつける」


こくり、と僅かに首を振って吐き出された言葉には、確約はしないというニュアンスが含まれていたが、彼女がそれ以上の譲歩をするとは思えなかったので盛大に息を吐いた。こう云う時、タバコがあればいいのにと思わなくもないが、彼女の前で吸うのが何故か昔から嫌いな俺は、彼女に会うときは荷物の中どころか車にさえ積まないようにしているのを思い出して再び苛々と息を吐いて頭をかいた。そして、彼女が未だリビングの入口に立っていることに気付き、何も云わずに近づき彼女の手からカバンを取り上げたら、何故か無駄に重くて驚いた。しかしそのようなことはおくびにも出さずに彼女が何時もカバンを置くために作っている場所に其れを乗せた。振り返った先には思い出したようにコートを脱いでハンガーに掛ける彼女がいた。


「お腹空いた、」


不意に思い出したようにぽつりと呟く彼女に先に風呂に行くように告げて、キッチンへと向かう。予め買い込んでおいた食材を取りだし、彼女の好きなキノコとサーモンのクリームパスタを作る。先ほどの彼女を思い出して、どうせ後一時間は出てこないだろうと珍しくホワイトソースそのものから作り始める。グリルで軽く火を通したサーモンの切り身を解し、バターでソテーしたキノコ類と絡めて更に炒める。パスタを茹でて適当なところで火を止めたまま数分ほど放置して水を切る。後は彼女が出てくるのを見計らってもう一度それぞれに火を通せば出来上がりだ。コーヒーを手にソファーに座ってテレビをつける。未だ静かなバスルームは、後30分は沈黙を保つだろうと予想できた。似ても似つかないと云われる俺たちだが、そこだけは、何かをため込んで人には語ろうとしない所だけはそっくりだと親戚中に笑われるほど似ている俺と彼女だから、もう暫くは好きにさせておこう。そして、彼女が動き出したのだろう水音を聞いて、漸く腰をあげる。水気が十分に取れたパスタをクレイジーソルトを塗して軽く炒め、クリームソースの中に炒めたキノコとサーモンを入れて軽く煮立てる。それらを少し大きめの丸い更にバランス良く盛り付けてテーブルにセットし再びソファーに座る。リビングの扉が開く音に「おせーよ、」と告げれば、うん、と頷いた。


「ありがと、」


なにが、なんて云わなかったけれど、その一言で彼女の中で何かの区切りが付いたのだと分かって安心した。食うか、とダイニングテーブルへ彼女を促し席に着けば、不意に彼女が首を振るから驚いたが、楽しそうに笑ったので気にしないことにした。


「いただきます、」


少し長めのいただきますは、彼女が食事が出来ると云う今を感謝しているからで。カトラリーを手にしたのを見て、俺もカトラリーに手を伸ばす。少し遅めの夕食は、高カロリーにも程があるだろう?と思うほどだが、彼女の気持ちが浮上するなら別に構わないのではないだろうかと思う。結局、食材とともに買っておいたケーキまで二人してぺろりと平らげてしまった。その後、新婚さんよろしく二人で食器を片づけ、彼女用に無駄に甘いココアと、俺用のケーキの甘さを消すために入れたブラックコーヒーを手に二人でソファーに寄り添い他愛もないことを彼女が眠るまで喋り続けた。彼女をベッドへ運び、マグを洗って彼女の横に入り込む。セミダブルのベッドは少し窮屈だけど、俺が寝転べば彼女はまるで猫のように擦り寄ってくるから、それ以上の大きさは余り必要が無いことを知っているので、眠っている彼女と向きあうように眠り、彼女の携帯の音で目を覚ます。アラームを止めて、二人分の朝食とランチ用のお弁当を用意して、彼女を起こすために声を掛けるが、朝が苦手な彼女は何時だって子どものようにむずがる。それが余りにも可笑しくて遅刻するぞと笑いながら告げれば、渋々と云った感じで布団から抜け出てくる。そんな彼女との日々が幸せだと思うが、其処までしておいて其処までさせておきながら、それでも俺たちは恋人とか家族にはならないのだろうと、断言できた。それを周囲は酷く不思議がる。恋人そのもののような、或いは夫婦そのもののような事をしておきながら何故それ以上に発展しないのだと、それはもうすごい剣幕で問われたことも有るが、俺たちは現状のままでも十分に幸せなのだ。

些か変わっている俺の従妹は、まるで動物を可愛がるかのように猫っ可愛がる俺を容認している。だけどそれは、俺が彼女に甘えているわけでも彼女が俺に甘えているわけでもなく、互いが互いに干渉しすぎない丁度いい場所を提供できるから容認しているのであって、それ以上でもそれ以下でもない。

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