第7話 魔女にも王子さまのキスは有効なんですか!?
「ねぇロッカ。この国のむかし話、知ってる?」
ロッカの唇を親指でなぞりながら、フランが問い掛ける。
突然の問いかけで、しかも混乱しきったロッカの頭では何も考えることができなかった。硬直してただ目を見張るだけの様子に、フランは蕩けるような笑みを向ける。
「ロッカは可愛いなぁ」
ニコニコ笑いながら、結い上げられたロッカの紅茶色の髪の毛を崩さないようにそっと撫でる。
「呪われたお姫様と、女神の祝福を持った男。二人は結ばれてめでたし、めでたし。これね、僕の先祖様のお話なの」
「え……?」
「お姫様は、このドルチェ王国のお姫様。そしてそのお姫様を助けた男は、お姫様と結ばれて、王様になった。だからね」
にっこり笑ったフランは、ロッカの頬に手を添えた。
「僕も、女神の祝福を持ってるんだ。アレ、血筋で継がれるものだから」
「は……!?」
なかなか超展開なフランの発言に、ロッカの頭は着いていけない。先程から、まともな言葉を発することが出来なかった。
それでもなんとか頭を働かせて問いかける。
「え、女神の祝福って……?」
「悪い魔女の呪いを解いたもの」
「う、うん」
「具体的にはね」
そう言ってフランは再びロッカの唇を親指でなぞる。じっとロッカの瞳を見つめる青空色の瞳には、熱が籠っていた。
「キスを贈った相手と幸せになれるお呪いなんだ」
「……は?」
「だからねロッカ。僕と幸せになろう? 僕が、幸せにしてあげる」
にっこり、と蕩けるような甘い笑顔で囁かれたが、色々とロッカには理解が出来なかった。
しかし、王族はこれと決めた人以外とはキスしてはいけないんだ、と笑いながら告げるフランに、ブチリとロッカの中の何かが切れた。
「ねぇ、フラン?」
ロッカの唇に触れて続けていたフランの手を掴み、可愛らしく首を傾げる。そしてにこやかな笑みを顔に張り付け、フランの瞳を見上げた。
ロッカを見返すフランの顔が期待に輝いたので、より笑みを深くする。
そして一つ、大きく息を吸い。
「あたしの意志を、無視すんなっ!!」
右手を大きく振りぬき、フランの頬へめり込ませた。
勿論、手はグーだ。
フランが王族だろうが、今日のパーティーの主役だろうが知ったことではない。
勝手に人の唇を奪い、しかもそれには女神の祝福が付いてくるとか。意味が分からない。理解できない。許せない。
憤懣やるかたないロッカは、そのままフランを放置して城を後にしたのだった。
§ § § § §
それから。
「なぁロッカ、なんでここ居るんだよ」
「プレゼントを届けに来たのよ。最近、ストレス溜まって仕方ないから、発散するために作った力作よ」
そう言いながら紙に包まれた軽い何かをディドイに押しつけるロッカは、疲れきった顔をしていた。そして吐き出されるため息は、酷く重々しい。
昼時を過ぎた、どこか気の抜けた空気が広がる王城の一般職員用食堂には似つかわしくない重さだ。
「どうしたよ?」
「最近、歩けば洗濯ものが飛んでくるし、ほうきで飛べばカラスが突っ込んでくるし、チョコパンを買ったのにチョコが入っていないし、冷蔵庫の中の卵が腐るしで、地味に色々ついてないの……」
「多分最後のは、ロッカの不注意だ」
「……でも、全部、あのパーティーの後から!」
「やぁロッカ! 今日も会いに来たよ」
「フラン! どっから湧いてくるのよ!?」
ぐったりと食堂のテーブルに突っ伏していたロッカは、勢いよく跳ね起きる。そしてふわふわの髪の毛を逆立てて警戒をする姿に、フランはにっこりと笑いかける。
「会いたいと思ってたら、偶然ロッカの声が聞こえたんだ。さすがは女神の祝福だね!」
「なにが祝福よ! なにが幸せにする力よ! あたしは最近、地味な不幸続きよ」
チョコレート色の瞳を吊り上げて抗議をするロッカに、フランは首を傾げた。そしてしばらく考え込んだ後、空色の瞳を輝かせる。
「ロッカが離れてるから!」
「はぁ?」
「多分、ロッカも僕と一緒に居れば、そういった不幸が降りかかることはないよ」
「何で?」
心底理解できない、という表情のロッカ。しかしフランは自信たっぷりに笑う。
「だって、僕はロッカと一緒に居たいと思って、祝福を贈ったから。そうなるように、女神の祝福が働いてるんじゃないかな?」
そしてロッカに近付いて手を取り、熱の籠った眼差しを向けて囁く。
「ねぇロッカ。僕と幸せになろうよ?」
「……」
さっと頬を赤らめながらも、ロッカはフランを睨みつけた。
「女神の祝福なんて、呪いよ!!」
そう言い捨てて、ロッカは食堂から逃げ出す。
しかしその途中で机にぶつかっている辺り、先程の愚痴の通り地味な不幸が降り注ぎ続けているようだ。
「あ、ロッカ!」
「見事に逃げられてんな」
「ディドイ」
すぐそばで恥ずかしいやり取りを繰り広げられてげんなりしているディドイは、どこか投げやりにアドバイスをする。
「押してダメなら引いてみたら?」
「この前それやったけど、無意味だったから。だから、やっぱり押して押して押しまくらないとね!」
固く拳を握ってやる気満々なフランから、ディドイは目を反らす。
ここ最近何かあるたび、ロッカもフランも揃ってディドイの元へ愚痴をこぼしたり、助力を仰いだりしに来るのだ。
「いい加減、オレを巻き込まないで欲しいんだけど……」
しかしそのディドイの願いも空しく、いつまでも延々と繰り返されるこのフランとロッカの追いかけっこには、ずっと付き合うハメになるのだった。
多分この二人は、一生この関係性のまま行くと思われます。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。
不備等ございましたら、ご指摘頂けますと幸いです。
この後は、おまけの小話です。
よろしければ、引き続きお付き合いください。