第5話 魔女には土の香りがお似合いです!
煌めくシャンデリアに、華やかな音楽、煌びやかな貴族達。
いつもは、天井付近から魔法のほうきに乗って見下ろすだけだったそこに、ロッカは立っていた。
「おい、変なとこ突っ立ってると危ないぞ」
この大広間までエスコートしてくれたディドイがどこからか取ってきた飲み物をロッカに渡しながら、壁際へ誘導する。
「オレは仕事だからもう行くけど、お前は大人しくその辺の食べ物食ってろ。うろちょろすんなよ。あと、間違っても酒飲むなよ」
「あんたはあたしのお母さんか!」
「ふざけんな! 誰がお母さんだ」
ロッカの身支度が終わってからパーティー開始までの半刻程の間、くどくどと言い聞かせていたことをまた繰り返しているのだ。どうにも過保護な母親像が被って見える。
せっかく普段のローブとは違い、色々と装飾の多い王宮魔法使いの盛装を着ているのに、台無しだ。
「てかまじ、そういうふざけるのはなしで、変にうろちょろすんなよ。今日みたいなデカいパーティーは招待客多いから、大変なんだ。お前みたいな慣れない奴は、大人しくしてろ。間違っても、人気のないとこ行くな。多分後でフランが来るから、それまで大人しくしてろ」
いいな、と念押しまでされてディドイは大広間から出ていった。
そんなに何度も忠告されるほど、ハチャメチャな振る舞いをしていないのに。解せない……。
むう、と眉間にしわを寄せつつ手元のグラスに口を付ける。ほんのり柑橘の味が付いた炭酸水だ。美味しい。
そして一つため息を吐いて気を取り直し、周りを見回す。
今はまだ、本当にパーティーが始まったばかりの頃合いで、招待客が続々と集まっているところだ。主役であるフランや、王様などはまだ姿を見せていない。
周囲の男性貴族たちは、挨拶廻りをしたり、難しい顔で政治的な話をしたりと大忙しだ。若い女性たちも、笑顔で相手を誉めているように見せかけて自分を持ち上げたり、若いイケメン相手に複数人で談笑しているように見せかけて互いに牽制し合ったりと、非常に忙しそうだ。近寄りたくない。
時々軽い食事を摘み、なんか話しかけて来そうな人が居たらさりげなく逃げ、といったことを繰り返していると、いつの間にかフランたち王族が登場していた。そして王様の有り難いお話やらフランの挨拶やらがあった後、パーティーも本番、大広間の中央ではダンスが始まっていた。
しかし、魔女のロッカは踊れない。見た目は貴婦人のように飾ってもらえても、ダンスなんてしたことないのだ。
普段のパーティーでフランにダンスに誘われても断っているのは、仕事のせいだけではなかったのだ。
元々理解しているつもりだったが、本当にここは場違いだ。
ロッカは、ちらりと遠いところにいるフランを見る。
白いかっちりとした礼服。キラキラと輝くひまわり色の髪の毛。にこやかな笑みを湛える、青空色の瞳。
お祝いを言いに集まった貴族への対応をしているフランは、見た目も、振る舞いもしっかりとした王子様だ。
本当に、王子様なのだ。
物理的な距離だけでなく、本当に遠い存在だ。
無意識のうちに触っていた、胸元で輝く六花の飾りを見下ろす。
「奇跡の花」とか言われて、少し舞い上がっていたのだ。でも、ロッカは魔女。フランは王子様。
この関係は変わることはないし、変えるつもりもない。
自分は、ただ王命だからこのパーティーに参加しているだけであり、フランは鬱陶しくまとわりついてくる昔馴染み。それだけだ。寂しさなんて、感じる必要性なんてどこにもないのだ。
言い訳のようなことをずっと胸の内で考えていたロッカは、自分を見るいくつかの視線に気づくこともなかった。そしてさらに、長々と言い聞かせられていたディドイの忠告も頭から飛んでいた。
だから、自身のもやもやを解消することを選ぶのだった。
「……下らないこと考えちゃうのは、場違いなとこにいるからよね」
小さく呟き、ロッカは窓へと視線を向ける。
パーティーの開始時はまだ夕日が射していたが、いつの間にか外は闇に包まれていて、小さな灯り以外何も見えなかった。しかし、この大広間の外には大きなバルコニーがあり、しかもそのバルコニーには庭園に繋がる階段が設けられていたことは覚えていた。そして庭園には、美しくも珍しい花々が咲き誇っていたことも。
そっと窓からバルコニーへ出れば、意外にも多くの貴族たちが談笑していた。まだ場違い感は拭えない。
談笑する人々の邪魔をしないようにと庭園へ降り、落ち着く場所を求めて奥へ奥へと足を進めていく。大広間の明かりが届かない、ざわめきすら遠い奥まった場所まで来てやっとロッカは息を付く。
咲き誇る花の香りと、その花々を育む土の香り。
こういう場所の方が落ち着くし、ロッカにはふさわしい場所だ。自然と顔には笑みが浮かんでいた。
そうやって、庭園の各所に設置された灯りの仄かな光に照らされている花を眺めている時だった。
パキリ、とロッカの背後で枝が踏み折られる音が響いた。