第3話 魔女は呪いを振るうんです!
晴れ渡った空に、少し暑いくらいの陽射し。そして目の前に広がる、一面の野菜畑。
長閑な景色が広がるここは、王都から少し離れた農耕地帯。そして今日のロッカの仕事場所だ。
「えっと、獣除けと豊穣の呪いよね」
今日の依頼を口に出して確認し、持参した道具の確認を行う。
小さめに砕かれた水晶片と数種類の薬草にシャベル。薬草が嵩張っているので、結構な大荷物だ。
それら荷物を一旦地面に置くと、今すぐ必要となる水晶片1欠片と、適量の薬草を手に取る。
そしてシャベルを使って小さな穴を畑から少し離れた位置に掘り、手に持っていた水晶片と薬草を放り込む。あとは少しの魔力を使って呪いを掛け、穴を埋めるだけ。
やることは簡単。しかし、この畑は嫌になるほど広大なのだ。呪いを行き渡らせるためには、畑の周囲で何ヶ所も同じことを繰り返さなくてはいけない。
ん、と背筋を伸ばして畑を見渡すと、思わずため息が出てしまう。
「平和で安全なお仕事は大歓迎だけど、地味なのよねぇ」
「そんなら、派手な王宮勤めはどうよ?」
「!? ディドイ!」
突然横から声を掛けてきたのは、銀色の髪をキラキラ無駄に輝かせているディドイ。
今日は屋外作業のため麦わら帽子を被っているロッカの頭に大きな掌を載せ、ポンポンと叩く。普段ならばふわふわな紅茶色の髪の毛をかき混ぜてくるのだが、さすがに麦わら帽子を撫でる気にはならなかったらしい。
「なんでここに?」
「ん、フランのパシリ」
そう言って差し出されるのは、王家の紋章の透かしが浮かぶ、非常に立派な封筒。
つい先日見たフランの紋章入りの封筒以上に、嫌な予感しかしない。
しかし、今回は王家の紋章。フランのもののように、雑な扱いは出来ない。
ぐぬぬ、と唸りながら封筒を睨みつけていると、ディドイがまた頭を叩く。
「燃やすなよ?」
「燃やせないわよ、フランのじゃないから」
バカにするな、とディドイを睨むと呆れたように笑われる。
「ほんっと、お前もフランへの対応すごいよな」
「あんた程じゃないわよ。国仕えしてたら、こんな態度は取れないわ。フリーランスだから、よ」
「フリーランスでも、普通はもっと畏まるだろ。ま、だからこそフランもここまで執念深くお前に絡むんだろうけどな」
「……じゃあ、次からフランには敬意を持って対応するわ」
「無理だろ?」
確信を持って言われ、ロッカは黙り込む。ロッカ自身としても、出来る気はしないのだ。
むぅ、とディドイを睨み、近頃思っていた文句を投げつける。
「というか、なんでディドイはフランを手伝ってるのよ。あんたの仕事、フランの補佐と護衛でしょ?」
先日の家への来襲も、今日の手紙の配達も、どう考えてもフランの私用だ。ディドイが手伝う義務は無いはずだ。
そしてディドイが手伝わなければ、王子であるフランはそう簡単にロッカに接触することも出来ない。つまり、ロッカへの被害は格段に少なかったはずだ。
余計な事を、と睨みつけていると、ディドイはからからと笑う。
「だってお前がフランとくっつけば、オレ楽できるし?」
「何でよ!? ふざけないでよ! 給料泥棒!!」
「給料泥棒じゃねぇよ、今が過剰労働なんだよ! フランのお守りなんて、契約外だっての!!!!」
悲愴感溢れる叫びに、ロッカは目を見張る。
「パシリだけじゃねぇ。気が付けばどっかに消えてるし、野生の子ドラゴン拾ってくるし、謎の魔道具拾ってくるし……。無駄に運が良いし、能力もありやがるから性質が悪い」
「あ~……、ご愁傷様?」
「哀れむくらいなら、フランを引き取ってくれ……」
「それとこれとは別!」
ぶつぶつと呟き、しまいには頭を抱えてしゃがみ込むディドイは非常に哀れだった。
思わず同情して背中を叩いて慰めると、スカートを掴まれて縋るような眼差しで乞われた。
しかし、こればかりは、どんなにディドイが哀れでも受け入れるわけにはいかない。きっぱりはっきり断ると、ディドイもだよなぁ、と呟きながらため息を吐く。
「ま、今はいいや。とりあえず、その手紙読めよ」
「今?」
「そう、今。お前読まずに黙殺する気だろ。ちゃんと読ませるまでがオレの任務」
蒼い瞳でじっと見据えられてはロッカも逆らいにくい。しぶしぶ封筒を開き、中身の手紙を確認する。
「フランの誕生祝いパーティーの招待状?」
来月開かれるというパーティーの招待状だ。しかも、フランが19才になる祝いのパーティー。
どう考えても、魔女であるロッカが招待されるような催し物ではない。
しかも、だ。
「あたし、この日仕事入ってるわ」
「どうせ呪いのだろ」
「ええ。皆さまお楽しみのアレよ」
胸を張って言うが、ディドイは呆れたようにロッカの頭をはたく。
「それ、王宮魔法庁からの依頼だろ。こっち、王命」
「……やっぱり?」
頷くディドイにロッカは落胆して肩を落とす。
近頃のパーティーで人気の余興、呪いの行使。
ディドイの所属する王宮魔法庁からの依頼で、フリーランスの魔女、魔法使いが呪いをランダムに招待客へ掛けるのだ。もちろん、悪い呪いではなく、祝福の呪いだ。
ロッカのここのところのメインの仕事だった。
この仕事の依頼が入っていたのだが、先程渡された王家の紋章が入った招待状は、その依頼の破棄の意味も含まれているようだ。薄々分かっていたことだが、実に嫌なものだ。
そして場違いなパーティーに王命で参加なんて、どうやっても楽しみにはできない。
招待状を見つめて項垂れるロッカに、ディドイはため息を吐きながら自身の銀髪をガシガシとかき混ぜる。
そして励ますように麦わら帽子を被ったロッカの頭をパスパス叩き、話題を変える。
「そういえばロッカ。お前なんでいっつも呪いの時、窓からほうきで乱入してんだ? 正直不審者だぞ?」
「……そんなの、様式美よ、様式美。魔女だもの」
「アホか」
予想以上にくだらない理由だったことに、ディドイは思わず強い力でロッカの頭をはたいていた。
ぷっくり頬を膨らませて睨みあげてくるロッカ。そのチョコレート色の瞳は痛みで少々涙ぐんではいたが、普段通りの強気な光を宿していた。
ロッカには強気で居てもらわなくては、調子が狂うのだ。
そう勝手に満足したディドイは、もう用はないとばかりに踵を返す。が、足を踏み出す前に思い出したようにロッカを振り返る。
「そういえばお前、この国のむかし話知ってるか?」
「むかしむかしお姫さまが居て、悪い魔女に呪いを掛けられたけど、女神の祝福を持った男のキスで呪いが解けてめでたしめでたし。ってやつ?」
「そう、それ」
「それがどうしたの?」
突然の話題に、ロッカはきょとんとして首を傾げる。
しかし、ディドイは蒼い瞳に真剣な色を乗せながらも、説明ではなく、要点のみを伝えるのだった。
「それ、伝説でもおとぎ話でもなくて、ホントにむかし話だから。気を付けろよ」
「は?」
「オレは忠告したからな!」
それだけを告げると、ディドイは一瞬の眩い光と強烈な魔力の奔流と共に消え去っていった。
「なんなの、あいつ」
ディドイの消えた場所を見据え、首を傾げる。
そしてそれから手元の招待状を見つめ、ロッカは深いため息を吐いた。
「本当に、嫌な感じしかしない……」