007 仲良しアピール、かな
『なんか』という武道を侮辱するお母様の発言に苛立ちを覚えるより前にまず、お母様がそのことをお父様に報告したことへ私は驚いた。
まさか蒸し返されると思わなかったのではなく、いやむしろ、お母様の性格なら後々蒸し返すだろうとは思っていたのだけれど、そうではなくお父様に報告したことが驚きなのだ。
だってお父様……。
「何? クシェルは武術をやりたいのか?」
「は、はい」
お母様の言葉を聞いたお父様の声色は明らかに高くなり、誰の目から見ても嬉しそうである。
お父様はお母様とは違う教育を子供に施したいと考えて、いや、完全にベクトルが違うというよりは平行線といった感じで、微妙なズレがあるという感じなのだけれど。
お父様の大和撫子象というのはどうにも、男性に守られるだけでなく自己を守る術を自身が持ち合わせている存在らしく、一度お姉様へそう言った勧誘を掛けたことがあった。
まあ普通の女の子たるお姉様に武道への興味なぞ無かったのだけれど。
私の中ではもう既にその案件はもう解決したに等しいのだけれど、練習相手は居るに越したことはないから、私はお父様がお母様を論破する事に少し期待してみる。
「そうなの、ねえアナタからも止めてよ! 女の子が戦う必要なんか無いって!」
お母様、その口振りだと私、戦場へ行く為に強くなりたいみたいよ?
どんな時代錯誤よ……日本武道で戦が行われる時代ってもう何百年か前に終わってるのよ?
別に壁の外に巨人が控えてる訳でも、お母様を食われた訳でもないのよ?
「ましてやクシェルみたいなクシェルが戦う必要なんかないって!」
私みたいな私って何。
「いや、その考え方は古い。今や日本でも女性が男性に守られるなんていう思想は今じゃ廃れ掛けつつある。クシェルがやりたいというのであれば自主性を尊重して……」
お父様、お母様のボケを完全スルーで語りに入る。
何この親子似た者同士、政略結婚って風の噂で聞いてたけど、一緒になるべくして一緒になったんじゃないの? 実は恋愛婚とか、隠されたエピソードとかあるんじゃない?
今度お母様に聞いて見よう。
「何言ってるの! 駄目よ! アナタはクシェルが怪我をしても良いというの!?」
「そんな訳が無いだろう、可愛い娘に怪我をして欲しい親なぞ何処に居る」
「なら止めてあげるのが親の務めでしょ!?」
「しかし、だからと言って親の勝手な言い分で子供のやりたい事を否定するのは傲慢というものだ」
お母様は土下座も知らない癖に随分と前時代的……というか昔の日本の女見たいな考え方をしている。
多分お母様の育てられ方の問題なのだろうけれど、随分と日本人チックに育ってしまったものね。
見た目はフランス人形のようなのに……ってコレは全然人の事言えないか。
というかお父様、明らかに私的思考でお母様を説得してるのになに傲慢とかいっちゃってるの?
まあ私にはむしろ好都合だから言わない……好都合じゃなくても言えないけれど。
「……傲慢でもエゴでも、危険から子を守るのが親の務め。違う!?」
「……いや、それも見方の一つではあるがしかしそうしたエゴの結果の責任を取れと言われて君に取れるのか?」
「取れるわ! えぇ取ってやりますとも! もしそうなったら貴方と離婚してクシェルと結婚。一生養ってあげる!」
「待て、色々待て。日本で同性婚は認められていない」
お父様、ツッコミ所違います。色々違います。
というか、お母様の自分の選択に対する責任の取り方って一生その人を養うってことなのね。
男らしい、男らしいですよお母様。
「じゃあフランスにでも引っ越します!」
「待て、それだと私がクシェルに会えないではないか」
いやだから、それツッコミ所違いますよー。
そもそも肉親同士で結婚出来ないってことをツッコミ入れなきゃー……。
母×娘の百合物語って何ですかー?
「今もそんなに家に居ないじゃないですか!」
「今以上にもっと会えなくなるだろう! 世界各国を飛び回ってるとはいえ、日本が主本なんだぞ! 大体朱夏だってクシェルと会うのに苦労する事になるぞ!」
「大丈夫です! その頃には朱夏は嫁入りして家とは疎遠になってます!」
「何てこと言うんだお前は!」
いやいや、それ以前にお母様の中で私は駄目人間なんですか……?
確かに前世ではそれなりに男とは無縁でしたけど、今世でもそんな人生なんですか……?
まあ、そうなっても私は仕事に生きる女になるから良いけどね!
二人の口論は、二人だけの場であればこの後もかなり続くはずだったのだろうけれど、今日は朝食の場ということで、そろそろ可愛らしいゲストから仲裁が入りますよ?
「………お父様もお母様も、喧嘩しないで!」
はい、安定の心優しきお姉様。
つい先程まで楽しく会話していたのに、何時の間にか始まった口論へまったくついていけていなかった我がお姉様は、漸く二人の険悪ムードに気が付いて、そう声を上げたのである。
子供は人の悪意に敏感っていうけれど、別に状況判断に優れてるって訳では無いよねぇ。
というか私が議題になってるのに私、こんなに冷めてて良いのかな……。
「……あぁ、ごめんよ朱夏」
「少し、暑くなりすぎたわ、ごめんね」
お姉様の話では無いけれど、娘の話をしていて娘に叱られたらもう黙るしかないと言うのは円満な家庭において当たり前の現象であり、今の状況だけ切り取って見せられた人からしてみれば大層仲の悪い両親に見えただろうけれど、家族関係は円満だ。
お父様もお母様も、まだ夜の方もお元気みたいだしね(ゲス顔)。
「クシェルもごめんな、折角の朝食中に」
「いいえ、お父様もお母様を私を愛してくれているのが伝わってきて寧ろ嬉しかったですわ」
いやほんと。
お母様の愛はちょっと受け取れませんけど……家族愛じゃなくてラヴ的な何かだったし……。
「クシェル……後で私と二人で秘密の話をしよう」
「クシェル……お父様に呼ばれたらすぐ私を呼ぶのよ?」
いやお父様は朝食後仕事ありますから、そんな暇ありませんからーっ!
まあしかし、人への愛のぶつけ方なんて人それぞれ。
例え夫婦であってもそれは変わらないのだし、政略結婚のお父様とお母様なんてその違いが浮き彫りにならない方がおかしい。
気が合って一緒になった訳じゃ無ないんだから当然だよ。
いや、ていうか二人とも、やり取りが混沌として来てるから。
『ハピアン』っぽく無くなってきてるから!
そうして私は朝食を食べ終えた訳なのだけれど、御馳走様は全員が食べ終わってから。
おかわりをしたいところだけれど今の私ではおかわり出来るほど胃袋が大きく無い。
……折角の美味しい食事なのに沢山食べることが出来ないなんて地獄……早く成長してこの地獄から抜け出したいものだよ……。
「そうだ、今日は二人にプレゼントがある」
朝食が終盤に差し掛かった頃、お父様がそんなことを言いだした。
「プレ」「ゼン」「トで」「すか?」
「うむ。何故急にそんな喋り方?」
仲良しアピール、かな。
私とお姉様の完璧なコンビネーションで紡がれた言葉に対し、疑問符で返された訳だけれど、お父様は返答を待たずに一間入れた後に言葉を続ける。
というか、打ち合わせも無く良く出来たなぁ……練習してた訳でも無いのに。
繋ぎ目とか全く分からせないレベルで声だけ変わった感じに出来たよ。
「朝食を食べたらプレゼントを置いてある部屋に行こうか」
「はい!」
「……置いてある部屋?」
置いてある部屋? 置いてある部屋ってなんだ、この場で渡せないようなものなのか。
私はお父様のプレゼントと置いてある部屋というワードに不安感を消せぬまま、別腹のデザートを口に運ぶのだった。
あぁ、正月休みが終わってしまう。
鬱ぴょん……。
感想、評価頂けると嬉しいぴょん……。