006 いやなにしてんのさ
「…………んぅ……」
私はお姉様の体を揺すりながら声を掛ける。
どうやら私はお姉様の部屋で一緒に寝かされていたらしいことを周囲の一瞥で認識する。
子供らしく裕福な家らしい色々な玩具があり、それらが家政婦によって整頓されている、そんな部屋。
ちなみに私の部屋はというと、家政婦が片付けるまでも無く常時綺麗なまま。
四歳児の背では届かない収納スペースが多いので余り散らかさないようにしているし、少し散らかしても私の居ない合間に元あった位置に戻される。
お人形遊びには興味ないんだよなぁ……お人形向けの大きな家はその値段によってはインテリアにもなるんだけれど、子供の玩具ならダンプラでもやりたい……。
ちなみにダンプラとはダンダムプラモデルの略称。
男の子の遊び? 何かを作る事に意義があるのですよ……この歳で彫刻刀とかは持たせて貰えないからね。
それはさて置き、私はお腹が空いたので早くご飯を食べに行きたい。
そして仲良しなお姉様を置いて行くと言う選択肢も無い。
「お姉様ー……朝ですのよぉー?」
「………ぅん……」
駄目……起きない……。
「お姉様、お姉様! 朝はもうきています!」
カラスが鳴いたら帰る様に、朝が来たら起きるのです!
「ぬぃ……クシェルー……?」
私の声が漸く届き、お姉様は目を擦りながらに周囲を見回し、ピントを合わせる。
そんな様子を数秒眺めた後、私は確認する様に声を掛ける。
「お姉様、起きましたか?」
「うん……おはよー」
まだ寝ぼけてるかな……。
どちらが姉か分からないやり取りだけれど、ベットの近くに有る時計はもう既に七時を刺している。
もし私が起こさなかったとしてももうじき家政婦が起こしに来ただろう。
「……あ! クシェル、大丈夫なの!?」
眠たい頭を働かせて昨日寝る前までやっていたことを思い出したお姉様は、今目の前にいる私に心配そうな目を送る。
日本人は空気を読むのに長けている。朝からお姉様にこんな顔させて平然と大丈夫じゃないと言えるメンタルを私は持ち合わせてないなぁ……。
「はい、私は大丈夫ですわ」
「ホントに? わたしは事情を知らないけど、わたしに出来る事ならなんでもするわ! だから、遠慮しなくていいのよ?」
「本当に、ですわ。私の認識に過ちがあっただけでしたから」
「……? どういうこと?」
夢で師匠に会って気付かされたんです、とはいえないし。
というか、今現在進行形で首を傾げているお姉様に更なる疑問を与えてどうするのか、という話よね。
そんなやり取りをしていると扉をノックする音が聞こえてきて、眠っていることを前提にされた行動故に形式上のみの行動だ。
私達の返事を待たずしてすぐ扉が開き、名前は覚えていないけれど最早馴染みの家政婦が入って来た。
「お嬢様方、朝食のご用意が出来ました」
「わかったわ!」
「すぐいきますわ」
家政婦は、一日立って何でもない風な私の態度にやっぱり子供かという余り良く無い目を向ける。
恐らくは昨日私が泣いている様子を見に来た者の一人なんだろうけど、師匠の夢を見て無かったらきっと今も昨日の状態のままだったよ。
一日立ったらきれいさっぱりーなんてのはありません。
その後私はベットから降りて、未だ眠そうなお姉様の手を引いて長い廊下を進み食堂まで来たのだけれど、そこには珍しい顔ぶれがあった。
「……お父様?」
お父様ははぐれアイアン並みの出現率である。
全く出会えないという訳では無いけれど、出会えてもすぐに消えることからお父様メタルの称号を(私の中で勝手にではあるけれど)持つ言わば希少種なのだ。
朝食時に、というか朝食を共に摂ったことすら無い訳で、この時間に会ったことは無いのである。
……あれ? そもそも私がお父様に出会った回数って赤ん坊の時から合わせて二〇回に達してたっけ?
「あ、お父様!」
そのの存在に気が付いたお姉様は私の手を握ったまま走ってお父様の元へと向かう。
ちょっとお姉様!? 私は行く気無いんですけど!? 私からしてみれば親戚のおじさん以上に他人なおじさんにしか見えないんだよ!?
だって私のお父さんは普通のサラリーマンで、小学校の参観日でちょっと自慢できるちょっと格好良いおじさんなんだよ!? こんなお父様まで攻略対象にしたような美形ではないんだよ。
というか私の家族勢マジ非常識……。
ゲーム設定でも雨ノ森家の人間は本当に『ハピアン』登場人物かって程にハイスペックで、雨ノ森クシェルをラスボスに仕立て上げる為に無理をした感が半端無かったんだよなぁ。
『ハッピー&アンハッピー設定資料』二九〇〇円。
ゲームの設定を絵と一緒に綴っただけの本だと言うのに六法全書顔負けの二九〇〇ページ、一ページ一円の計算であり、明らかな赤字の為発売部数二九〇〇部という何故か二九〇〇縛りなのである。
何故私がそんなレアモノの内容を知っているのかと言うと、そんなそれを四冊手に入れた友達が何故か一冊くれると言ったので三〇〇〇円渡して「釣はいらねぇ!」って言ったら突っ返されて「金は要らねぇ、とっときな」と男らしく言った後、「それ(紫月専用の)布教用だし。フヒヒ」なんて気持ち悪く笑ったのでこちょばしたら「もっとやって」と言われので…………って、その後無限ループなやり取りが変態な友達があり、なんやかんやで手に入れたっちゃ。
ぶっちゃけ物語に微塵も関係無い裏設定が綴られまくったそれの中には、主人公以上に雨ノ森クシェルの設定が一〇〇〇ページも綴られていた。
主人公、攻略対象の設定を綴られているのは一人に付き平均二〇〇ページ。
いやなにしてんのさ。
それで見た雨ノ森クシェルのスペックはチートを通り越して化物。
『ハピアン』の世界に有る筈も無い(もしも○○が異世界へ行った場合に置ける)魔力適正が『SSS+』だったし、勇者との見比べ表なんてのもあったけど才能値では負けて無かった。
勇者なんてガラのキャラでは無かったけれど、むしろ魔王だったけれど。
そんな子供を生み出す父親、突然変異なんていう非現実的なことが起こらない『ハピアン』の世界では鳶が鷹を生むなんてことはなく蛙の子は蛙、荒波がバイキングを造る。
雨ノ森クシェルを生むに相応しい人物を作り出す為にこれまたゲームバランスを崩壊させるハイスペックキャラを作り出した。
というかそこまでのハイスペックキャラにしておいて最後事故死とか何さ。
絶対に強くし過ぎて勇者が魔王を倒せなくなったから物語をコメディに変えてみましたとかそんな感じのノリでしょ。
閑話休題。
その為、ゲーム上で雨ノ森クシェル以外の雨ノ森が登場することは無い。
現実的であることを売りにしている以上、そんなキャラをホイホイ出す訳には行かなかった為の苦肉の策なのだろけれど、設定資料集においてそれは浮彫だった。
つまりこのオッサン超ハイスペックってことなんだよね……登場人物『外』だから顔も生まれてから初めて見たけど。
それはさて置き、そんなゲームバランス上の問題で登場しなかったハイスペックなお父様はお姉様と巻き添えを受けた私の二人を難なく抱き止めて言う。
「久し振りだな。クシェル、朱夏」
「ホントによ! 会いたかったわ!」
「お久しぶりです、お父様」
お父様は私とお姉様の温度差に気付いた様子も無く、上目使いで自分を見る娘達に笑みを浮かべ、その表情は言うまでも無く嬉しそうだ。
漫画等に有り勝ちなお金持ちの重圧担当とも呼べる厳しく堅物な父親像なんかはこのお父様には存在せず、そこにあるのは娘を可愛がる何処にでもいる、そういうなれば現実的で一般的な父親だ。
久し振りであるが為かどうかは定かじゃないにせよ、娘の態度の温度差にも気付けない反抗期が来れば真っ先に敵となるであろうお父様。
「今日は二人と母さんと一緒に朝食を食べたくて待っていたんだ」
「そうなのですか」
「じゃあ早速召し上がりましょう!」
そうして始まった朝食は何時もより少し豪華で、というか何時もかなりグレードの高い食事である為、少しグレードを上げただけでかなりの御馳走であり、私はそんな美味しい朝食に舌鼓を打った。
お姉様はお父様との会話にばかり口を使っているせいで余り食が進んでおらず、お父様もそれは同様だ。
折角の食事を冷ましてしまうだなんて勿体無い事をよく出来るなぁ、なんて小市民的なことを思いつつ、お父様とお姉様の会話に混ざって笑うお母様を横目に私は食を進めるのである。
「そうだアナタ、ちょっと聞いて! クシェルったら武術なんか習いたいって言うのよ!」
今それを言いやがりますか。