005 エンターティナーの始まりだよ
あけましておめでとうございます。
「お師匠様! 聞いて下さいまし!」
「お、お師匠様!?」
お師匠様呼びに驚いた顔を見せる彼を見て、自分が千壌土紫月の喋り方では無く雨ノ森クシェルの喋り方をしていることに気付く。
成程、私は丁寧語だと師匠の事をお師匠様と呼ぶのか……なんかあんましキッチリしている気はしないけど、無理やり定着させたお嬢様言葉として反射的に出て来た言葉ってことはそんな感じなんだと思う。
「あ、っと……師匠」
「はは、お師匠様は兎も角として、また懐かしい呼び名を持ちだしてきたな。俺がお前に教えてたのなんて数年足らずだろう」
「師匠は私が初めて剣を握ったその瞬間から師匠だよ、時間なんて関係ない、一億光年経ったって私は貴方を師匠と呼ぶ!」
「それは距離だ」
「……あれ?」
「大丈夫か女学生。じいさん以下の記憶力だぞ……」
「いやー勉強は苦手なもので」
若干の辛口コメントだけれど、師匠の言葉だと全然問題無い。
これが師匠補正というものか……私にも、ラスボス補正の一つや二つついていて欲しいけれど、『ハピアン』においてそれを期待すのは無駄だろう。
師匠は「運動神経の良い人間は頭の回転が速く、勉強にも適している筈だから『勉強苦手』は思考の放棄だぞ……」なんて呆れながらに呟いてるけど、独り言っぽいので返事はしないで置く。
私のHPを持ってかれそうだし。
千壌土久遠……師匠が私に指南してくれたのは私が十歳の時から二年で十二歳まで。
指南を受けてからそれ以降私は師匠に会えていなかったから、十七歳で雨ノ森クシェルになって今四歳だから……八年ぶりにこの単語で人を呼んだことになるのか。
師匠って呼ぶ前はおじさんだっけ、そういえば私、師匠の歳知らないな……。
老けているだけで実は二十台とかだったら今更ながら失礼かも……まあ今は師匠だし良いんだけど。
っと。
「それより師匠! 聞いて下さい!」
「はいはいどうした? 主に恋愛相談とかなら受け付けるぞ」
「私、このままだと剣を振れないかも知れないんです!」
「お前の恋愛対象は剣か」
いや、別に師匠のボケをスルーした訳ではないんです。
ただ今この瞬間に師匠との夢を見たのはきっと何か意味がある。
そう思うと自分でも逸る気持ちを抑えられないの。
『ハピアン』の世界でそんな非現実的なことが起こり得る筈も無いとも思うが、それを言ったら私が雨ノ森クシェルであることも十分すぎる程にファンタジーで非現実的なのだけれども。
まあ、それを言っては設定崩壊。気にしないことにしましょう。
というか、剣の師匠なのに恋愛相談以外は受け付けてくれないのですか? 師匠。
「……腕を故障でもしたか?」
「いいえ、実はお母様に剣の道へ進むことを反対されて」
師匠はもしそうなら俺が直してやろうか? なんて言葉を続けていたが、私は否定を示した。
というか、師匠は二度と剣が振れなくなるような怪我を治す術を持っているのか。
流石としか言いようがないなぁ。
私や師匠の剣が振れなくなるような故障って腕が引き千切れる位の絶望じゃなきゃ有り得ないし、それ直せるなら医者に慣れるよ。
BJ先生を超えられるよ。
「お母様……それは多分だが、俺の知っている紫月の母とは違うのだろうな」
「はい……」
流っ石師匠! 察しが良いなぁ。
いや、夢だからある程度の事情は察している師匠が目の前にいてくれているのか。
でも私の事を紫月って呼ぶし、そんな様子は無い。
紫月であった時の母親がこっち方面の話において反対意見を出す筈が無いと知っていることから答えを導き出したのかな。
でもそうすると師匠は荒唐無稽な話を意図も容易く許容し考えているってことになるよね。
思考が柔軟過ぎでしょ。
私なら絶対そんな考え方出来ない。
「何故母親に反対されると剣が振れない? そいつは紫月を終始監視しているのか?」
「いや流石にお母様もそこまで暇じゃないですよ! ただ誰の元でも指南を受けることが出来ないってだけで」
お母様は日頃家に居るけれど、何時もいる訳では無いし、私も終始一緒に居る訳じゃない。
そんなのは当たり前だ。
子供がある程度成長したら、親だってプライベートな時間が欲しくなる。
ましてや家政婦という代わりに子守をしてくれる人だって居るのだから、愛がなければ干渉する必要すらないかもしれないのだ。
「なら何故無理なのだ?」
「え?」
「剣は持ち主を選ぶが、振るわれる場所を選びはしない」
何だろう、友達が言っていたら『中二病乙w』って笑い転げるところなのに師匠が言うとここまで格好良いと思えるこの心境は。
師匠の威厳や風格がそうさせるのか……。
それともイケメンだからなのか……。
もしそうなら、私にも男の顔でどういう印象を持つか程度の異性への関心はあるということだから、喜ぶべきところなのだけれど。
「えっと……」
「剣は、振れるぞ」
私が疑問符を浮かべて首を傾げていると、師匠は復唱する。
剣は振れる、うーん。
「…………」
「剣は、振れる」
…………あぁ、そういうことか! 確かにそうだ、私は一体何を迷っていたんだろう!
別に誰からか教わらなくても私は剣を振れるじゃないか! 他の誰でも無いこの師匠から、私は剣を教わったんだから!
私はまだ未熟で、基礎も出来上がってるとは言い難い。
師匠の口から出た言葉は記憶しているし、それを完全にこなせているとは言い難い。
対戦相手を求めるには私はまだ未熟で、未熟な内は反復練習のみで十分だと、そういうことか!
「師匠!」
「やる気があるなら剣を握れ。そしたらまた俺が、教えてやる」
師匠マジ師匠。
夢の中でも歪みない武術の申し子。
私の夢なんだからもう少し師匠が思い通りに動いてくれて良い感じのムードになるかと思いきや、夢の中でも本人そのままな師匠クオリティ。
「ありがとうございます!」
「まずは筋力を付けろ、剣は振られず振るものだ。今の紫月じゃそもそも剣を持ち上げられるかどうかも怪しいぞ」
「押忍!」
風が吹き、白金色の髪が揺れる。
気付けば私の視点は四歳児のモノへ、何時の間にか師匠を見上げる形になっていた。
私は、雨ノ森クシェルに戻っていた。
「しかし随分と可愛らしい外見になったものだな」
「結婚したくなりました?」
「ハハ、紫月は幾つになっても言う事が変わらないな」
それは師匠も同じだろうに。
あれ、でも千壌土紫月であったころは『綺麗になったものだな』だった気がする。
女としては格下げを食らった気分だよ……。
私がそんなことを考えて項垂れていると、師匠はそんな私を見て可笑しそうに笑いながら言った。
「さあ……楽しい、楽しい。エンターティナーの始まりだよ、紫月」
笑いながらにそう告げる師匠の顔はまるで少年のようだなと思いながら、雨ノ森クシェルに戻った私は自分が雨ノ森クシェルであることを再認識する。
それが目覚めの前兆であったことを目覚めてみて知った。
夢とは、短い出来事を何時間も掛けて見るものである。
私は何時の間にかベットに寝かされており、朝一番初めに見たものがお姉様の顔面ドアップという眼副と喜べば良いのか微妙な線である現状に終止符を打つが如く体を起こすと、聡明に思い出せる夢の中の師匠を何度も脳に刻み込む。
夢は今覚えていても後から忘れる類のモノだ。
幸いにも雨ノ森クシェルは記憶力も良い、本気で頭に叩き込めば記憶しておくのも容易い、筈。
取り敢えず、昨日晩御飯も食べずに眠ってしまったせいでお腹が空いてしまった。
今起きたのも空腹に限界が来たからだと思われる。
「おねえさま、朝ですわ。起きてください」
何をするにしてもまずは、横で愛らしい顔を此方に向けて眠るお姉様を起こして朝食を食べることから始めたいところである。
腹が減っては戦が出来ぬのである。
進行が遅い……。
区切りを考えずに書いてたせいで、投稿前の加筆が多く、区切りのよい所が見当たらない。
アッチョンブリケ!