003 駄目よ
目の前に居る、時代錯誤なドレス姿の綺麗なご婦人。
私の容姿に瓜二つというよりは、私が瓜二つであると言えば分かるだろうけれど、この婦人こそが今の母親であるところの彼女。
お母様は私が何を言ったのか理解すると同時に否定の言葉を口にした。
「そんな!」
「駄目よ!」
「お母様!」
「駄目よ!」
「話を」
「駄目よ!」
ちょ、お母様話聞いて、私まともに発言すら出来てない。
お母様は四歳の私に幼稚園の他、華道や琴、貴族としての身のこなしに紅茶の入れ方といった大和撫子にしたいのかお姫様にしたいのかよくわからない教育方針で私に習い事をさせている。
華道は千壌土紫月だった頃に親戚の家でやったことがあったが、琴は全くの未経験。
三味線じゃなかったことを呪いたくなる程向いている気がしない。
三味線なら……三味線なら弾けるのに! なんて言っても伝わらない。
同じ弦楽器でもどうしてここまで違うのか、アコギやエレキといったギターも弾けるのに、琴は駄目過ぎる。
多分手に持てないからだと思うんだけど……まさか琴を手に持って演奏する訳にも行かない。
というか、そんな奇妙な轢き方教えてくれる人なんていないよね。
音もなぁ……上品だとは思うけれど私の趣味じゃないし、私が弾いたらただの雑音だし。
「お母様ぁ!」
「大体どうして突然武術なんて野蛮な……身を守るのならボディガードを付ければ良いだけでしょう」
「そんな自分が弱ければSPを雇えばいいのよ的なニュアンスで言わないで下さい! 私は己を磨きたいのですわ!」
この言葉に嘘は一ミリも含まれていない。
私は自分の無力で何かを失うつもりは微塵も無い。
よく学校では漢らしい。結婚して! と言われたりしたが、流石に婿入りはお断りである。
「レディがそのようなことをする必要ありません!」
「そんな偏見、私がぶち壊しますわ!」
「ぶち壊すなんてそんな言葉、何処で覚えて来たのです!」
今そこですか?
お母様は若干入った天然からか子供の言葉にも真剣に向き合ってくれる大人ではあるけれど、私を淑女にする努力を惜しまない反面、こういったお願いが通りにくい。
特に偏見で野蛮ととれる行為全般はまず通らないと見て良い。
……武術、モロやん。
暴力に繋がるもの……。
でもだからといってここで諦めてしまうと私の今後の人生に支障をきたしてしまう。
「とにかく駄目よ! 駄目、駄目、駄目ぇ!」
「何故そこまで否定するのですか!?」
「駄目だからよ!」
子供か。
しかし、全然私の言う事を聞いてくれないっていうか取り合ってくれないっていうかどっちかって言うと私が駄々をこねられている気がするって言うか……。
……うーん
兎にも角にもこのままじゃ平行線、論じて駄目なら行動にして表すしかないかな。
「お母様ァァァ! このとおりですぅぅ!」
私は勢いを付けて地面に両膝を付き、全身を深く倒しながらに懇願した。
属に言う、土下座である。
「駄目ッ……!? な、何をしているのです!」
しかし、日本人では無いお母様に土下座は伝わらなかった。
とんだじぇねれーしょんぎゃっぷだよ!
「これは……DOGEZAです!」
「ど……DOGEZA!?」
「そうです! 日本では古来より心底の願いや謝罪する時にこの姿勢をとるんだそうですわ!」
ちょっと土下座の発音がおかしかったから聞き取りにくかったかもしれない。
元々は日本語ではない言語を使っていたお母様に対しては尚更だ。
だがちゃんと伝わったらしいことはお母様の様子を見れば分かる。
……いや、土下座して下を向いているから見えないんだけどね。
「か……顔を上げなさい! 娘がそのDOGEZAとやらをしている光景は母親として決して気持ちのいいものではありません!」
「ではこの願い、聞きとどけていただけますか!?」
「駄目よ!」
何……ですと。
振出しに戻ってるじゃないですか……。
「どうして!? どうしてゆるして下さらないの!?」
「……クシェル」
お母様は一度溜息を吐いて、私に視線を合わせる様にしゃがみ、量頬へ手を添える。
「我が子に傷付いて欲しく無いというのは、親のエゴですか?」
「はい! エゴですわ!」
「即答!?」
お母様の言わんとしていることは分かるけど、その台詞は卑怯だ、と思う。
私は千壌土紫月であった頃から武芸を始めた。
それは真に武道を究めた叔父(だった筈の人)の影響であり、家柄か武道の道へ進むことへの親の反対は無く、むしろそれを推進する親だった。
私が好んだの剣の道。
防具は着ると暑かったし臭かったけど、特訓自体は決して苦痛じゃなかったし、中学生になる頃には朝早くに起きて素振りするのは清々しい気持ちになれた。心頭滅却っていうのはああいうのをいうんだろうか?
私の瞑想は、剣を振るうことです。
今世では明鏡止水をマスターしたいと思います
同年代の試合での私は負けなしだった。
だけど何度勝利を得ようとも天狗にはなり得なかった。
何故なら遥か高みにいる存在を始める前より知ってしまっていたからだ。
尊敬すべき師匠にして、私の初恋(笑)の相手でもある叔父の名前は、千壌土久遠というそうだった。
まあお父さんの嫁になるとかいうのと同じ感覚だったのだろうけれど、それ以降同じ感情を抱いたことは無い私である。
無い私である……。
私じゃなくて仏なんじゃないかな。
そんな叔父は剣だけでなく様々な状況に応じた戦い方を教えてくれた。
その中には近代に相応しく無い殺す為の技を無理矢理抑制したような技が少なからずあって、私はそのことに数年で気付き、夢中になる内ツギハギな修正を施された殺しの鍵を意図も容易く開けてしまった。
けどこの修正が施されているってことは師匠がこの技達を使うなって言っていることに相違ないのだ。
探究心には負けてしまう為その技をマスターしようと言うのは抑えられないが、私はその技を抑制して使う術もちゃんと身に着けた。
親しい友人の中には私を脳筋だ何だと馬鹿にする者も居たが、ヘッドロックを掛けると大人しくなった。
たまに落としてしまって蘇生させるのが大変だったりしたけど。
……しっかり蘇生させたからね?
ついウッカリそのままお星様とかそんな事実は無いからね?
それはさて置き、叔父は私が武道の道に入ってから二年程指南してくれた。
それ以降は学校の部活と叔父の残してくれた『秘伝書』を元に独学で己を鍛える毎日。
私的には楽しかったが何故か私のまりにはキャピキャピしたギャルばかり集まって来たものだから一緒に遊べる日が少ないとか文句を言われたりもした。
部活が終わった後に合流、なんてのもした。
いやー昔は若かったねホント。
……いや、今はもっと若いんだけど夜更かしとか無理。七時にはもう眠いし昼寝無しには生きられない。
ちなみに学校は女子高だったので男友達はゼロである。
……部活繋がりで他校の女生徒とはかなり仲良かったのに、男っ気はゼロ。
それはさて置き兎にも角にも、私が武術を学びたいのは私が私であるからと言っても過言では無く、暴力対策だけでないもう一つの理由はソレだ。
武術と私は一心同体。
剣は私の心臓。
引き裂かれたら恐らく私は遠くない未来に死を選ぶだろう。
来世では剣を握れることを祈って。
しかもそれはそう遠く無い未来だろう。
何故ならもう四年、剣を握っていないのだ。
だから私はそんな武術へ対する気持ちを込めてお母様に訴えるのだ。
「……お母様に幾度反対されようとも私は、武術を学びたいのです」
感想、評価を頂けると嬉しいです