002 弟を遥か天空へ
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千壌土紫月最後の日は確か……そう、確かお正月で、親戚の家に上がり込みお年玉とおせち料理に肖ることになっていた筈の、行きでの出来事。
飛行機に乗って、その後電車を利用し、やっとこさ着いた親戚の家がある街で年の離れた弟がおやつを食べたいと愚図り出し、最後には泣き出してとても親戚の家まで行ける感じじゃ無かった為に母さんと父さんが私に弟を押し付け付近に有ったコンビニへおやつを買いにダッシュして、私は泣き喚く弟と共に取り残された。
そこはお菓子を買うのを私に任せるべきだよ!
そんな訴えは無言という形で却下されました。つらたん。
弟は泣きやみません。つらたん。
おねーちゃんじごくぐるまぁぁ! とか言って泣き喚きます。つらたん。
地獄車って何さ。決めていいの? お姉ちゃん今結構イライラしてるからやっちゃうよ?
もうすぐ幼稚園も卒業なのに、この弟ちっとも成長しないな。
そんなことを考えながら私は弟の手を掴み、全力で回転。
俗に言う、ジャイアントスイングである。
あぴゃぴゃぴゃぴゃとかキモい笑い方で私に振り回される弟。超ウケる。
弟は笑うのを止めません。超ウケる。
おねーちゃんとらばたぁぁ! とか言って笑ってます。超ウケる。
いやウケてる場合じゃないんだけど。
次の瞬間には何時もの私なら、否、何時もの立地条件なら起こり得なかったことが起こった。
下、雪。
雪の下、氷。
氷、張ってる。
氷、冷たい。
氷、ツルツール。
OH……。
足を滑らした私は弟を遥か天空へ。
私は叫びました、いや、叫んでないかも知れません。
この後の事は無我夢中過ぎて余り覚えていないのだけれど、なんとか弟をキャッチ。
安心したのもつかの間、何かがあった筈。
で、気付いたらフランス人形だよ。ローゼンメイデン顔負けの、二つの意味で顔負けの美貌だよ。
この子将来絶対美人、私が保証するって言うか私がその美少女だよ。
滑って、ブラックアウトして、次の瞬間には人のお腹の中。
人格が形成されたその瞬間から私は私として生まれ、わざわざ意識がハッキリしている中で頭を思い切り引っ張られて引き出されたかと思ったら次は臍の緒を切られるんだよ。
抵抗も出来ないし、一体何の拷問かと。
その後、ニューお母様からの母乳でのみの栄養摂取を強いられる等の精神的拷問にも耐え、気付いたら私は四歳だった。
いやはや、歳を取ると時間が経つのは早いって言うけれど、これは精神年齢のことなんだねぇ。
四年があっと言う間ですよ。
って、そんなことはどうでも良くて。
というか、物理的痛みも精神的苦痛も明確に覚えてたくないので早々に忘れたいのだけれど、どうにもそう上手くはいかなくて、不意打ちでお母様を見ると顔が熱くなったりします。
どうしてこうなった。
そんな問いかけには四年前からずっと自分の中で何度も繰り返したものだけど、答えは出ないまま。
まったくもって不可解である。
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冒頭に戻るが、『ハピアン』において最も危惧すべき対象は何か。
それは『暴力』である。
『ハピアン』は恋愛ゲームでありながら何故かレベル制を適応しており、そのレベルは通常のRPG以上に異常なまでの絶対値でありレベルが一でも高い相手に対して此方側に勝機はまずないと見て良い。
レベルは物理的な干渉にのみ効果を発揮する、完全にRPGと同様のモノである。
勉強や恋愛に必要な要素がまるで盛り込まれていないその制度の必要性は乙女ゲーユーザーにとって全く理解出来ないものであり、『ハピアン』はそれが理由で一部から叩かれていた。
いや、理由はそれだけじゃないんだけれども。
兎にも角にも、乙女の恋に物理戦なんかを盛り込むなと、そういうことなのだと思う。
その点で私は、他ユーザーとは別の思考回路でゲームプレイしていたのだと思う。
何故なら私はその機能を見た瞬間からずっと説明書に記載されていないレベル上げ方法を模索し続けたのだから。
まあしかし、『ハピアン』の世界において理不尽な暴力というのは結構頻繁に登場した。
土地柄、いや、学校風習柄、とでも言うのだろうか。
ゲームの舞台となる超お金持ち学校たる神華学園高等学校の制服を着た女子生徒が自転車と電車で通学していたらどうなるか、という話なのだが、分かるだろうか。
まず間違いなく、からまれるのだ。
無論それ程の頻度で襲われる訳では無い。
確率的に出せば何等不思議でもない程度、多くて月に四回、零の月だってあるのだ。
これは不良に目を付けられた人間と比べれば遥かに低い数字と言って良い。
その目的は金だったり体だったりと正直胸糞悪いので動機を詳しく説明させては欲しく無いのだが、まあその辺りである。
それに敵は何も町の不良だけではないのだ。
お金持ち学校の生徒を狙った誘拐、なんていうことも有り得なくない、起こり得なくはない。
だから『ハピアン』の世界では起こるのだ。
もし回避出来なければ即ゲームオーバーという鬼畜イベントとして。
『ハピアン』のコンセプトたる『現実感』だが、これはどうにも不幸に連なることに関しては絶対現実感無いだろって思われることが山ほど起こるのだ。
いや、そもそもの舞台が私の居た世界とは違ってて正確なところを知っている訳ではないが、明らかに『流石にこれが現実に普通に起こるのならば、世界は生きにく過ぎる』と思うような出来事が多々あった。
いや、制作者は本当にコレを乙女ゲームとして作ったのかな? と疑問が生まれる程である。
そして、話がそれたがそんなシビアなレベル制を取り入れられたこのゲーム、レベルを上げる方法は……無いのである。
即ゲームオーバーの危機を背負ったままにプレイするのは余りに怖い。
不平不満を漏らしつつも『ハピアン』ユーザーは私と同様にレベル上げ方法を探した。
しかしエンディングまで行っても結局、レベルを上げる術は無く主人公のレベルはずっと一のままだった。
その理由は単純明快、近くに武道を学ぶことの出来る施設が無く、戦う術を知ることが出来なかった為である。
学校の部活もざまざまな種類があったが、武術を学ぶことの出来る部活は全て即ゲームオーバーな地雷というふざけぶりである。
もうレベルを上げさせる気がないんじゃね?
という結論で全ユーザーがファイナルアンサーしてしまったという訳。
暴力への対処法としてあるアイテム『スタンガン』や『警棒』や『非常ベル』といった物で対処できる状況もあるにはあるのだが、数で来られるとそれだけでもうアウトなのである。
暴力との遭遇は有り金全部持ってかれることがまだ幸運という鬼畜っぷり。
そしてコレは、何処にでもいる平凡な女子高生だからこの程度で済んでいるという話である。
他生徒は基本的に寮生活か来るまでの送り迎えが当たり前であるのはさて置いて、この雨ノ森クシェルの容姿は常軌を逸脱しすぎている程に綺麗で目立つ。
主人公以上の危機が潜んでいても何等不思議では無い。
現に雨ノ森クシェル裏設定において十歳の頃に誘拐されかけたことがあったと記載されていた。
その時雨ノ森クシェルは『ハピアン』には似つかわしく無いその天才的な頭脳でその場を切り抜けたらしいのだが、残念ながら私にそこまでの頭は無い。
ならばその時までに別の力を手に入れて無ければ私はどうなるか。
奇跡なんて起こらずにデットである。
誘拐されて殺されるとか笑えない。
誘拐される前にある程度力を付けて誘拐犯と物理的に戦えるようにならなければ話にならない。
事故死をなんとかする前に殺害なんて論外だ。
まあそんなこととは全く全然無関係に、私自身が武芸に携えないなんて有り得ない。
そんなのは、動物園に檻が無いのと同義、つまりは根本から破綻している。
師匠無き今、この年齢で誰かに師事するならば親の手助けなしには不可能、その辺の現実は絶対に揺るぎ無く存在してしまうのが『ハピアン』クオリティである。
つくづく人を幸福から遠ざけようとするゲームなのだ。
四年立って、取り敢えず私も落ち着いてきた。
武道の道に入るなら、早ければ早い程良い。
早い奴はもう始めているだろう、私も負けてられない。
だから私は今、私にソックリでとても子供二人生んだとは思えない程若々しい母親に向かい、お願いするのだった。
「駄目よ!」
一蹴された訳なのだけれど。
さて、次はお正月です!
メリクリはもう古いんです! 前だけ向いて生きていきましょう!
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