001 どうしてこうなった
私が女性向け恋愛シュミレーションゲーム『ハッピー&アンハッピー』略して『ハピアン』に出会った切っ掛けは、そういったゲームに目が無い友人が「興味ない」と一蹴する私にしつこく……心っ底しつこく進めてきて私が根負けしたことだった。
この千壌土紫月はそれまで武芸に携わるものへしか興味を示さなかったのだけれど、始めてやるげぇむ(当時は本当にこんな感じの発音でゲームと言っていた)に少なからず魅了されたのはある意味必然といえるだろう。
人間は自分の持っていないものに憧れるものだと師匠は言った。
私はゲームをやってみてそれを痛感した。
呆れる程に筋肉が付き難く、胸部に駄肉ばかりが肥え太るばかりであった私の体は引き締めるのにかなり試行錯誤し切磋琢磨しなければならないというのに、一時期であれ鍛錬を怠ってしまったことがあったのだ。
その時間はざっと七二〇時間、期間にすると一ヶ月にも及んだ。
その事実は私を絶望させるに十分だった。
何たる自堕落。
何たる体たらく。
無論、武芸の稽古を怠る訳もないのだけれど何処か上の空であったこともあっただろうし、元々勉強は得意でなかったが、勉強に費やしていた時間をゲームに費やすことで更に苦手なものになった。
他にも睡眠時間を削ったりもしたので、如何に私がタフであったとしても体調になんら問題がないかと言われればそうでもなかった。
当然寝不足になって、授業中に居眠りしたりしたけど当然のようにそれじゃ疲れは取れない。
軽い風邪のような症状が続く等、体が今までにない不調を見せたりしていた。
それもこれも全て『ハピアン』のせいだと責任転嫁するのは簡単だけれど、時間をどう使うかなんてのはその人の自由であり、物に当たるのはお門違いだ。
そんな私の生活リズムを崩してくれたものには乙女ゲームという通称があるらしい。
乙女……あぁ、何処となく良い響きだ。
私はアマゾネスよろしくな感じに女を捨てたつもりじゃないのだけれど、周囲(友人を除く)からは『体は女、頭脳は男! その名は千壌土紫月!』なんていう認識で見られていたことを私は知っている。
あだ名『王子』だったし。
女子高なのにラブレターとか沢山貰ったし。
ちなみに武道家としての私の呼び名は『バーサーカー』。
誰が狂戦士か。
『ハッピー&アンハッピー』
従来の乙女ゲームとはまるで違うゲーム構成でテンプレートからギリギリ外れないストーリーを展開するこのゲームのコンセプトは『現実感』。
つまりはフィクションの中でしか有り得ないような所謂主人公補正なるものがゼロに等しいというかまんまゼロな世界で恋愛シュミレーションを繰り広げるゲームだ。
だがそんなコンセプトであるにも関わらずゲームの舞台は坊ちゃんやお嬢様達の通う小中高大一貫の学校における高等部での三年間で、主人公は勉強が出来るだけの普通に普通を上乗せしたようなザ・普通の称号を意図も容易く得られるようなちょっと可愛い女の子なのである。
主人公補正が無い中で、そんな既に派閥も仲良しグループも出来上がっている中へ飛び込む。
何たる無謀、チーターの檻の中へフェレットを放り込むに等しい。
他のフィクション作品では起きていることがこの世界では絶対に起きない。
正義は勝たない。
努力は報われない。
真の友情なんて無い。
男女間の友情なんかまやかし。
劇的なドラマなんて無い。
一発逆転は起こり得ない。
奇跡は存在しない。
例えば、ベタだけどライトノベルに出て来るヒロインのような美少女が多数の不良に絡まれたとする。
『ハピアン』に置いてはそんな美少女に見た感じ以上の力は無く、当たり前のように主人公も間に合わない。あっと言う間に絶望のおいでである。
けど、現実ではこれが普通だということは、言うまでもないことでしょう?
『ハピアン』でもこれが普通。
劇的な決着は起こらない。
決着自体は起こったり起こらなかったりだけど、白黒付かない事は結構ある。
後、女性向けであることと十八禁では無いことからレ〇プとかされたら即ゲームオーバー。
最後は結ばれたイケメン、又は主人公一人のエンディング。
無論、逆ハーエンドなんてのは無い。
そんなの現実に起こり得る訳無いじゃん、一人を決めたら他は普通に新しい恋見付けるでしょ。
というか、選択肢によってはラスボスによるNTRENDもある。
ちなみにコレ、『ハピアン』の中ではマシな終わり方。
『ハピアン』はその難易度もさることながら、これ絶対容量足りてないだろとか思わされる程多いマルチエンディングが話題になったゲームでもある。
パッシブでベリーハードモードである。
主人公の置かれた状況だけでもう既にそれなのに、ゲームシステムは更に鬼畜ときたものだから、よっぽどのゲーマーでなければこのゲームはクリア出来ないだろうとまで言われていた。
私はしたけどね、クリア。
初ゲームでクリアしてみせたけどね!(ドヤァ)
ちなみにこのゲームのラスボス、名前を『雨ノ森クシェル』というのだけれど、『ハピアン』は彼女との決着はつかずに終わる。
最後、雨ノ森クシェルは十七歳という短命で生涯を終える。
ゲームのラスボスというワードで予想出来た人も居るだろうけど、それで合っていると思われる。
ゲームは最後、雨ノ森クシェルが死亡という形で決着する。
けれど、決着はついていない。
何故か。答えは簡単で、雨ノ森クシェルが事故死したからである。
……うん、事故死……しちゃったんだよね、ラスボス。
学校への通学途中、居眠り運転をしていた暴走トラックが雨ノ森クシェルの乗っていたリムジンに突撃し、運転手と雨ノ森クシェルはその生涯を終えた。
別に最終決戦に突入なんかしていなかったし、一般人たる主人公は天才たる雨ノ森クシェルの攻撃に対し成す術も無かった。
主人公が攻略対象のイケメンと状況を打破しようと画策している間に何のドラマも無く死亡したのである。
ここまでプレイして来たプレイヤー達も、脱帽である。
まあしかし、流石『ハピアン』だと納得する人が殆どで、というか、クリアする頃には疲れ果てていて中傷する気力も無かっただけなのかもしれないけれど、それでも取り敢えず批判は少なかったらしい。
というか、この状況下でどうやって逆転するのか、誰にも思い浮かばなかったっていうのもあった。
ラストでいきなりご都合主義な展開があってのハッピーエンドであったなら逆に批判も多かっただろうけれど、何事も貫き通せば良いモノに見えるものなのである。
事故死したところからエンドロールが来た時はどうしようかとも思ったが。
一応、後日談という形で最大の敵が居なくなった状態で残りの高校生活を過ごすのだけれど、その頃にならないと恋愛シュミレーションっぽいシチュエーションには辿り着けなかったりもした。
その辺はどうにかして欲しいと思うユーザーが多かったそうだけど、私は別に思わなかった。
ほら私ってばアマゾネスだから。
男とかいう下等生物に興味ないから。
いやそんな訳あるかなんだけど。
周りに男が居なかったせいか、その辺希薄というか興味が湧かないと言うか……。
私、草系女子なのかもしれない。
と、まあ。
私の人間性と『ハピアン』との関係は以上なのだけれど、ここで話はガラリと変わる。
輪廻転生という言葉を御存じだろうか。
仏教で、車輪がぐるぐると回転し続けるように人が何度も生死を繰り返すことをいうのだけれど、天国地獄と一緒にこれを信じている人は少なくない筈だ。
そして生まれ変わるとしたらまた人間になりたいと思っている筈。
うん、まあ今の世界で人間に生まれる以外に幸せを勝ち取る手段は無いに等しいしね。
生物によって幸せはそれぞれだろうけど、人間の支配する世界で人間以上に生き易い生物なんていないでしょ。
ところで、そんな輪廻転生だけれど、既にある存在に転生を果たす、なんてことは当たり前だけど不可能だと思うんだよ。
何故ならそこにもう存在しているのだから、新たな生命としてそれが誕生したら同じ存在が二つ生まれ出でてしまうことになるよね。
さて、ここでクエスチョン。
白金の長く宝石のように綺麗な髪。
蒼く晴天の空のような瞳。
透き通るように白い肌。
人形であるかのように錯覚する程美しい顔。
世界中誰もが憧れる様な美貌に育つであろう少女。
「お母様! 私、武術を学びとうございます! 道場へ通うことをお許し下さい!」
雨ノ森クシェル、四歳。
旧、千壌土紫月、一七歳。
どうしてこうなった。