幼馴染の日常
私と 幼馴染は“変”らしい。 私が“変”だと言うのは納得だが悠君は変ではないと思う。私に言わせれば“変”というよりも少しずれているのではないかと思う。
幼馴染の悠君は、さらさらの綺麗な黒髪、そして同じ色の瞳。整った顔立ちに、すらっと背も高く、普段から甘く溶けてしまいそうな微笑みを絶やさず、乙女の理想の王子様とはこういう感じなのかと思うような容姿をしている。
まるで完璧な感じな悠君だが、時々、あれ?と感じるようなことがある。
この間だって――
とある日の昼休みの出来事。
私のクラスの教室。一番後ろの席で、目の前にいる幼馴染の悠君が用意したお菓子をぽりぽり食べていた時、窓の方を見ながらふと思いついたように悠君へ話しかける。
「なぁ、悠君。例えば、だな。この教室の窓から紙飛行機を投げてみるとするだろ」
「うん」
「投げた先にたまたま人がいて、ちょうど紙飛行機がその人の頭に向かって垂直に落下するとしよう」
「うん?」
突拍子もない話でも悠君はいつものように、相槌を打ちながら話を聞いてくれるのだが、何かが引っ掛かったのか笑顔のまま表情が固まってしまった。小首を傾げているのがとても可愛い。
――だが、何かが負けた気がするのは何故だろう?
何か腑に落ちない疑問を感じ、首をかしげながらも、この話の重要な点とも言える質問を投げかけた。
「紙飛行機はその人の頭に刺さるだろうか?」
「ん~刺さったら、痛いね」
そうだなと、返事を返しつつもこの質問に対して何故その答えが返ってきたのだろうと悩んでしまう。再び首をかしげながらも目の前で揺れ、まるで「食べて!」と言っているようなお菓子を口に入れる。――――と言うようなことがあった。
そういえば、あの時のお菓子は美味しかった。悠君にリクエストしておかねばと思いつつも思い出したお菓子の名前をもんもんと考えていると、
「――ちゃん。……美優ちゃん!!」
「ふぁ?」
ふと我に返ると悠君の顔がまじかに迫っていた。
放課後の教室で悠君と話し込んでいるにもかかわらずどうやら考え事に没頭し、悠君の呼びかけにも気づかず心配をかけてしまったらしい。過保護の悠君が発動している。心配そうな瞳がこちらを窺っていて、腕にも力が入っている。なんとも申し訳ない。
「美優ちゃんどうしたの?具合悪い?大丈夫?今日はもう帰えろうか?」
「大丈夫だ。すまない。ぼーっとしていた」
「本当に?無理してない?」
「無理はしてないぞ。だが、このお菓子食べ終えたらおとなしく帰る」
「わかった。具合悪くなったらちゃんと言うんだよ」
どこか納得がいっていないようだが、ちゃんと後で帰ると宣言したので、渋々承諾してくれた。
―――考え事はほどほどにしないとな。しかし、眉間にしわが寄ってしまってるが、美形は何しても美形なんだな。うん。今日も綺麗だ。
反省しているのかいないのか微妙なことを思いながら、目の前をゆらゆら揺れているお菓子を口に運ぶ。さっきの考え事の続きを思考しようと思ったが、悠君に心配かけるぐらいなら直接聞いた方がいいだろう。
―――それにしても、やっぱりお菓子は美味しいな(もぐもぐ)
「悠君。少し聞きたいことがあるのだが」
「ん?何?何が聞きたいの?」
どこか嬉しそうな顔をしながら質問を促してくる。
―――何か嬉しくなるようなでもあったのだろうか?
「今日な、言われたんだよ」
「何を!?誰に何を言われたの!?」
鬼気迫る顔をドアップで見ることになり、焦って早口でまくしたてるように話してしまう。
「いや、知らない女の子にだな、『桜井さんは佐々木君との関係が変だなって思ったことはないの!?』って」
きれいな女の子だった。
職員室からの帰りに廊下を歩いていたら呼び止められ、どこか必死さを感じるような言い方で、そう問われた。
「それで、思ったことがないって言ったら、『ちゃんとよく思い返して考えてみて』と言われたんだが、どれだけ考えても変だなんて思うことはないし、悠君が変だと思うなら変なのかもしれないなと思って……そんなに変なところはあるだろうか?」
「変なところ?」
「そう。関係って言われても、幼馴染だし……これが普通だよな?」
どこか不安げになってしまった問いかけに、そうだねって悠君が力強く頷いてくれるのでホッとして続ける。
「そうだよな。うん。私が変だっていうならわかるけど、悠君が変だなんてことはないもんな」
「そんなことないよ。美優ちゃんは変じゃないよ。変どころか、世界一可愛いよ」
慰めようとしてかとんでもないことを言う悠君に苦笑しつつもお礼を言う。
「悠君はちょっとずれているところがあるかも知れないなとは思ったことはあるが、そんなところも可愛いと思うし、逆にいいと思う。ギャップってやつがいいんだと……」
言ってからしまったと気づいた。ずれているなんて言われていい気分になる人なんていないだろう。
逆に悠君を傷つけてしまったんじゃないかと思い、焦りのあまりフォローを入れようとしたが、失敗した気がする。
それでも悠君は、きょとんとした顔がだんだん緩んでいき、老若男女問わず十人中十人を惚れさせる事が出来るのではないかと常々思っている笑みを浮かべた。
「美優ちゃん可愛い!!――――例え僕が変だって言われてたとしても、美優ちゃんがそれでもいいって言ってくれるなら、何言われたとしても気にしないよ」
今日一番、綺麗な笑顔でそう言われた。
あちこちがぎゅーってしまっていて少し苦しい。
――私はどこかおかしいのかもしれない。
私や悠君が変だとか、ずれているとかわからないけど、悠君が違うと言うからきっと違うのだろう。
今、私にはっきりとわかることがあるとすれば、悠君が私に世界一優しくて、そして――とんでもなく甘いのだろうということだけだ。
「お菓子も食べたし、家に帰ろうか」
「そうだね。――はい、美優ちゃんお手をどうぞ」
ドキドキする胸を押さえつつ悠君に帰宅する旨を告げると、目の前の王子様は手を差し出してくれた。その手を取って、いつものようにしっかりと手を繋ぐ。
普段と同じ帰り道。けれど、今日はゆっくり歩いて帰ろう。
少しでも長く悠君と手を繋いでいたい気分なんだ。
――その頃、二人がいなくなったクラスでは、
「誰だ?桜井に変だなんて言った奴は?……桜井に変なこと吹き込んだと思われて佐々木がめちゃ睨んでたじゃねぇーか」
「いや、そもそも佐々木の行動がおかしいのが原因だろ」
「「「「「確かに」」」」」
美優のクラスメイト達が集まって何回目か数えるのも嫌になった恒例の『俺達は空気になるんだ!!の会』の会議が開かれた。
もちろん議題は美優と悠のことである。
「何が変って、佐々木君が桜井さんを膝に乗せて至近距離で会話してことがおかしいでしょ」
「だよな。普通は幼馴染だからといてあそこまでしない。というか、普通のカップルでもしないんじゃないのか」
「それに対して、桜井さんが何も疑問を感じていないことが不思議で仕方ないわ」
『これが普通なんだよ~』と言って美優が疑問に思わないよう小さい頃から洗脳してきた悠。
そのため、美優が椅子に座ることは殆どない。座るのはもっぱら悠の膝の上である。
あまりにも普通にそれを行い、疑問にも思わない為、初めて見た者には、「あれ?幻覚かな?」とか、「ん?疑問に思う俺がおかしいのか?」と大混乱の淵に陥れる。何かを試されている気分になる光景だ。
「いや、それよりも佐々木が桜井に弁当やら、菓子やら食わせてやってることの方がおかしいだろ」
「いわゆる『あーーん』ってやつよね」
「餌付けってやつか?」
「そんな甘いもんじゃねぇだろ。だって俺、桜井が自分で食べてるの見たことないぞ」
「私も」
「俺も」
何故だろう。クラスメイト達の背筋をぞっとしたものが通り過ぎてゆく。「あぁ。悪寒が」と言う声がちらほら聞こえる。
これもまた悠の洗脳の成果である。美優を膝の上に乗せお弁当もしくはお菓子を食べさせる悠。見たものは精神に異常をきたすのではないかと言われている魔の光景だ。
それだけで、終わればまだいいのだが、他にも……
「私、この間見ちゃったの」
「「「「「…………何を?」」」」」
クラスメイト達がつばを飲み込む音が聞こえる中、彼女は告げた。告げてしまった。
「佐々木君が何かしら理由をつけて桜井さんに“頬にちゅー”をねだってるのを」
『ありえない』その一言に尽きる。
実はそれはクラスでよく見かける光景だったとしても。見てしまった瞬間に「俺は見ていない。俺は見ていない――」と自己暗示にかけなければ精神が保っていられないとしても。
その場の空気がしーーんとなった中、ある一人がポツリと漏らした。
「というかここまで来ると変っていうより、へんた、ゴホゴホ」
みなまで言わずとも、それは誰もが思っており、しかし誰もが口にはしない言葉だった。
最初は“へん”で始まって、最後に“たい”で終わる言葉なんて……。
自分一人では抱えきれず、自分が見たものが信じられないクラスメート達はこうして放課後集まり、自分が見たものは幻ではないと確認しあうのだった。
もう、悟りでも開かないとやっていけない気がする。
そんな彼らに、それよりも更に驚愕な真実が待ち受けているとは、誰も予想だにしないのであった……。
さておき、こうして、今日も今日とて幼馴染達とクラスメイト達の日常は過ぎてゆくのでした。




