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beat  作者: 久保とおる
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beat6

 深い眠りから目覚めた彼女の瞳に写った世界は、きっと殺伐としていたに違いない。

オブラートに包まれていた世界が、リアルなままに彼女に襲い掛かったのだから。

目覚めた彼女が辿った短く辛い人生を思うと、彼自身が施した処理が適切であったのか

倫理的に許される行為であったのか・・・多くの疑問点を彼に投げかけていた。

彼が初めて脳髄の再生処理を施した女性は、いわゆる・・・白痴であった。


それまで不可能とされてきた、脳髄の再生処理を初めて成功させた彼の功績は大きなものだったが「あの時、オレは慢心していなかったか?」と、込み上げてくる不快感。


「Dr.、Dr.ハマクラ、処理を中止しますか?」

「あ、ああ・・・いや、続けてくれ」

「ハイ」


メイの声に、彼の意識が現実へ引き戻されるが、「因縁」そんな言葉がふと頭に浮かび、再び意識は記憶の中に沈んでいった。


爆破事故に巻き込まれた少女を、血塗れのまま彼の元へ連れ込んだ老夫婦は

その腕の中で奇跡的に息をする、最愛の娘の命を繋ぎとめて欲しいと懇願した。

見るからに裕福とはいえない彼らを、追い返してしまえば・・・


けれど、彼は言った「脳髄再生処理の有用性をを立証したい。」

「その最終テストを彼女で行いたい。」「それしか彼女が助かる見込みは無い」と。

夫婦にとって、その言葉はきっと無慈悲に響いただろう。


横たわる少女の、失われた部位・・・

その生命の灯火が、今にも閉じようとしている事は容易に伺い知れた。

老いた男が口を開いた「お願いします」と。

目を伏せた妻の肩をしっかりと抱いて、少女をじっと見つめながら。


淡々と進められた作業を、部屋の片隅でジッと見つめる老夫婦の土気色の顔を

今でもはっきりと思い出せる。

あの夫婦がこの部屋の片隅に立っているような錯覚を覚え、彼はハっと顔を上げた。


「あれから25年か・・・」


四半世紀も経っているのに、この遅々として進まぬ再生工学の実態。

既に今の技術をもって挑むには、限界に達しているのかもしれない・・・

真新しい進歩のないまま、彼が25年前に確立した再生工学の基礎は、

それから何の奇知も生み出さないままだ。


早過ぎたのか?いや、神の領域に近づきすぎて、皆、恐れをなしたのだ。

「高い倫理観の下に」という建前まで掲げ、神の真似事をする言い訳を考えている。

そんな自分も、こんな場所で隠遁生活を送っているのだから、

他人のことをとやかく言う資格などは無いのだが。


「Dr.、何を考えているのですか?」

「25年前の成功を思い出してね」

「私もです、ビニーのことを思い出しました」


メイが再生処理に大きく関わった、最初のその実験。

彼女の制御が介入していなければ、脳髄再生の現在が変わっていたかもしれない。

その実験体が、ビニー。

まだ17歳の白痴の娘であった。

爆破事故で負傷した頭部の、特に前頭葉部分が大きくダメージを受けていた。

脳髄の再生と共に、吹き飛んだ肉体の部位を同時に再生させたのだ。


「ビニーは穢れを知らない女性でした」

「そうだな」


メイが意図的に使った「穢れ」という言葉に、彼の良心がチクリと痛んだ。

自我を覚醒させられた白痴の娘は、穢れを知らぬまま3年後に亡くなったと聞いた。

ビニーは・・・自らその命を儚く散らしたと。


モニターに映し出されていた、マサカドの肉体の設計図は、あくまでも予想図でしかない。

それはわかっている、そのシステムを組んだのも自分だ。

システムの弾き出すモノの確率がどの程度であるか、わかっている、わかっているけれど・・・

そこにあったのは、そうなる筈であったビニーの姿。

成人し大人の女へと成熟した、ビニーの姿だった。


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