beat5
砂の嵐に閉ざされる季節が訪れようとしていた。
2、3日前から吹き始めた強風は、彼のお気に入りのラナイを瞬く間に砂で覆いつくしてしまった。
これから2ヶ月ほどは満足に外にも出られない、
あのジリジリと肌を焼く太陽の日差しさえも懐かしく思えるはずだ。
窓を叩く砂混じりの風を恨めしく睨みつけながら、これから始める作業を前に大きく両腕を天井に伸ばした。
「用意はできているか?」
「ハイ、いつでも大丈夫です」
メイに任せておいた脳髄の再生処理は、昨日、無事終了した。
さすがのメイも完全体に再生するまで、相当手こずったように思える。
自分の中に納まっている全データを検証し施された処理は、
一般的な都心の再生施設であれば数ヶ月は掛かったであろう。
それを3週間と3日で終えた処理能力に、メイの大きな成長が伺える。
「一昨年なら、ここまで2ヶ月は掛かってたな」
「そうですね、昨年の蘇生処理で大きな躍進がありましたから」
薄い緑色の液体の中に浮かぶ美しい脳髄を見つめながら、
今、マサカドが何を思っているのか想像する。
『さっさと始めろ』、そう言っているように見えるな・・・と、彼は頬を緩めた。
「さてと、ヤルか」
「ハイ」
無菌状態の小さな箱の中で、自分の手先のように動くアームを見下ろした。
1つの細胞核を人工的に再生し、細胞を分裂させるための初めの一歩。
彼は大きく息を吐いて、そっとペトリ皿へ向かってその先端をゆっくりと降ろしていく。
上手く分裂を始めてくれよ・・・
ほんの瞬間の出来事だが、生命を創生するようなその一瞬。
まさに、神と自分が重なるような錯覚が彼を包むのだ。
ただし、彼が行っているのは生命のない器の部分。
しっかりと管理していないと、スグに干からびて全ての苦労が無駄となる。
そして、その管理は優秀な助手、メイに任せられるのだ。
「メイ、一定量まで増殖したらKB320を注入してくれ」
「ハイ」
まあ、上手くいかなければ同じ事を繰り返すまで。
再生された肉体は器でしかないことを、彼は十分に理解していた。
だから、神の領域を侵しているといった呵責に悩むことなく
この技術にのめりこみ、これまでずっとその先駆者として走り続けてきたのだ。
再生された肉体は、熱のあるジャンピング・ジャック、操り人形でしかない訳だ。
制限の多いメタルの身体より、比較的簡単に再生する事の出来る肉体。
しかも、何の違和感なく拒絶反応すら抑えられたこの技術は、大勢の人々に支持された。
それは「永遠の生命を手に入れる行為に似ている」と、彼はずっと感じていた。
「Dr.、一定量超えました」
「一発OKか、優秀だな」
「では、KB320を注入します」
「ああ、形成し始めたら脳髄と結合させてくれ」
「ハイ」
KB320、彼自身が昨年開発した分裂促進剤で、
これを用いる事で8倍の分裂速度を得る事が出来る。
明日の朝には、例のガラスの棺の中に脳髄と共にユラリと揺れる、
まだ形のない物体を確認することが出来るだろう。
どんな肉体を再生してくれるやら、マサカドとの初対面を思うと僅かに心躍った。
通常の再生処理と今回の大きな違いは、原形が確認されていない事だ。
失した肉体を補修する目的で行われる再生と違い、ゼロからの再生。
DNAの記憶と脳の記憶を頼りに行われる再生には、
メイのようなAIを備えた制御装置の存在はは欠かすことが出来無い。
メイは脳髄の完全修復を行う共に、脳の解析も行っている。
そこに留めてある筈のマサカドの肉体の記憶を元に、新たな器を構築するからだ。
「メイ、器の計算は終わっているのか?」
「ハイ、ただ・・・」
「なんだ?」
「マサカドの認証データとの相違点が多いので、Dr.に確認して頂きたいのですが」
先にモニターに映し出されたのは、マサカドの認証データに保管されていた姿。
男なら少なからずとも憧れる、長身の筋骨隆々とした逞しい均整のとれた体つき、
ブルーアイにブロンドの髪を持つ、女性には不自由しそうにないハンサムな青年であった。
しかし、それはあくまでもJJとしてのマサカドの姿。
本来の彼の姿を知る術は無いのだが・・・
「これは・・・」
「私の解析の結果は、ご覧の通りです」
目の前の事実に、彼はよろめいた。
メイの解析から構築されたマサカドの姿・・・
その姿に、心の奥底に眠っていた古い記憶が鮮明に甦る。
「悪い冗談か?」
そのままイスにドッカリと腰を下ろして、所在無く宙を漂った視線がたどり着いた先。
それは、ユラユラと水溶液に揺らめくマサカドの脳髄だった。