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beat  作者: 久保とおる
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beat4

 バタバタと騒々しい音がして、彼は目を覚ました。

音のする方を見やると、例のジェルポットの飛沫でやられた防塵マントが

強風に煽られ、バイクのシートに張り付いたまま音を立てて風になびいていた。

溶解液で洗浄する間もなくそのままに捨て置いていたそれらは、

カッチリと固まったジェルにまみれたまま、それはそれは無残な姿。

「はぁ」と、新たに増えた仕事に彼はため息をつく。


「メイ、まだか?」

『あと30分程です』


外耳道に貼ってあるスピーカーから直接聞こえるメイの声に、身震いする。

それは5ミリ四方の至極薄いシート状のものだったが、

音声が流れるたびに微かに振動して鼓膜がムズムズっと痒くなるのだ。

指で耳殻を撫でながら身体を起こし、彼は薄暗い室内へと戻った。


「Dr.、私がやりましょうか?」

「いや、オマエはソッチに集中してくれ」


持って来たカップから煎れ立てのコーヒーの香りが立ち昇り、鼻腔をくすぐる。

熱いソレを注意深くすすり上げながら、

サンプル採取した脳細胞を認証装置にスキャンさせた。


「運の無いヤツの正体は・・・と。」


DNA認証用の機密データベースにコッソリと潜り込んで、

コイツと合致するデータの持主を探す訳なのだが。

普段以上に時間が掛かっているのが腑に落ちない、どうしたんだ?

合致データが浮かんでこない。


特ランクの厳重管理か・・・それとも、特区扱いのデータか・・・

「間違えなく、特区だな」

独り言を呟きながら、更に深く潜り込む事にパネルを弾く指が軽快に動く。

より難解で強固なガードを潜り抜け、侵入したことすら気取られないように。


「Dr.、不謹慎です。」

「なにが?」

「面白がっていると、捕まりますよ」


彼はニヤリと口元だけ歪めてみせると、オレが捕まるって?とでも言いたげに首を振る。

そして、スグに指をパチンと鳴らして言った。


「あったぞ」


素早くそのデータファイルコピーすると、侵入経路の偽装とトラップまで貼るといった

念の入れようで浮上してきたのだ。


「かえってバレそうです」

「その時はよろしく、メイ」


無責任にメイの仕事を増やした彼の視線は、既に目の前のモニターを睨みつけていた。

「ヤレヤレ、大変なのを連れてきたぞ」というのが、彼の本心。

その名前、一度や二度ならずとも耳にした事がある。

関係者の間では名の通った奴じゃないか・・・

彼自身、生憎1度も接触された事は無いのが残念なほどだ。

裏稼業、機密専門の盗人だが、高額な成功報酬に余りある仕事をするとも。

もっとも、狙われたらそれこそ最後ということになるが。


「マサカドだ」

「通報しますか?」

「その必要はない、死亡扱いだ。」


腕組みをしてイスにもたれたまま、横の乳白色の溶液の入ったポットを見つめる。

メイはコピーを終えて、次の処理に入っている。

乗りかかった船、最後まで再生してみるか・・・後は本人次第。


「また面白がってますね」

「ああ、こんなに面白いオモチャは久しぶりだからね」

「悪い冗談ですよ」


少し冷めてしまったコーヒーの苦味が、口の中に広がっていく。

「コイツ・・・データ改ざんしてるのか?」

モニターのデータを、改めて凝視しながら彼は呻いた。


マサカドのDNA認証データは、抜け落ちた部分が多すぎる虫食い状態。

特区管理のはずなのに・・・ありえない・・・あまりにも不自然に思えた。


「どう思う?」

「改ざんはされていないようです」

「どういう事だ?」


通常、母親が身ごもった時点でデータベースに登録され、

生れ落ちたと同時にDNAが認証用に採取されてしまう。

成長と共に詳細なデータが管理されてしまうこの世の中で、

母親のデータすら記載されていないのは何故だ?


「闇っ子か?」

「そのようですね」


マサカドのデータが発生しているのは、5歳。

受診したのがきっかけのようだが・・・その実のところは不明だ。

このデータ自体、あてにならないな。

稀だが、人目を隠れて産み落とされる子供がいる。

理由はまちまちだが、その子たちの殆どが登録されるのは医療機関に接触した時点。

大概が貧困層であることは間違いない。


「メイ、さっさと終わらせよう」

「はい」


はっきりとしないマサカドの過去ではあったが、その犯罪歴だけは詳細に記載されていた。

マサカドが関わったと思われるものから、確実に手を下し雇主が割り出されているものも。

何度か、警察にも捕まっていることがあるようだ。

仕事を始めたばかりの時期、小さな物件ではあったがその際に身体の部位を失っている。

奴がJJジャンピングジャックと呼ばれる、義四肢胴体であった理由も

この辺から推測がつくが・・・全身を機械人間に作りかえる必要があるだろうか?


最低限必要とされるDNAが残されていれば、ほぼ完璧なまでに肉体再生出来るというのに。

これほどまでに再生工学が発達したこの世界で、マサカドがJJにこだわった理由・・・

脳髄だけを残して肉体をメタルに変えた人間の尋常でない行動に、

彼は不思議と自分に通じるものを何処と無く感じていた。






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