beat15
夜通し車を走らせて向かった先、メイにモニターリングされていることは
承知の上、真っ直ぐにキタムラの自宅へと急ぐ。
ハマクラは、ハンドルを握りながら旧友に連絡をした。
「どうした?」
「調べたい事がある、お前の家を使わせてもらえないか?」
「構わんが・・・今、どこだ?」
「あと30分ほどで到着する」
「わかった、待っていよう」
ヤツの家に入ってしまえば、メイとの通信は隔絶される。
それも狙いだ。
キタムラの強固なセキュリーをくぐる事はメイにも困難。
いや、そんな勝手な事をするほど愚かなAIではないはず。
マサカドの言葉の意味を考えながら、久しく口にしなかったタバコをくわえる。
カチリと開いた古びたライターの蓋の音が懐かしく聞こえる。
二つの月が見下ろす路は、文明と離れた辺境の地の風景とは変わって
閑静な住宅地を走り抜けていた。
キタムラの家は、その先の岬の突端にあった。
「すまないな、遅くに」
「いや、直に来ると思っていた」
そう言ってニヤリと笑うと、キタムラは快く彼を家の中へ招き入れた。
窓から入る海からの心地よい風に吹かれながら、二人の旧友は久しぶりの再会に喜んだ。
連絡はとっていたものの、こうして顔を突き合せるのは何年ぶりか。
貫禄を増したその風体に、ハマクラは笑いながらキタムラの腹をつつく。
「お前は相変わらずだな、ちっとも変わらん」
「いいモノを食ってないからね」
「ジェイスの事は、すまなかった」
「いや、お互い様だ・・・逆にジェイスには申し訳なく思っている」
「少しばかり、冷静さを失ってるんだ」
「ああ、聞いたよ・・・仕方なかろう」
差し出されたグラスを受け取りながら、鞄に視線を落とす。
マサカドの言ったとおり、メイから抽出したデータは無用の長物かもしれんと。
キタムラの書斎に朝日が差し込む・・・彼は、その眩しさに目を細めた。
「完璧に再生したのか?」
「ああ、したんだが・・・問題が・・・」
「問題?」
「まぁ、これを見てくれ」
彼が鞄に手を掛けると、
キタムラは、書斎の奥のドアをアゴで指して彼を促した。
それに従って、その小部屋へ。
「好きに使ってくれ・・・ただし、不正アクセスは困る」
「ああ」
「IDとパスはコレだ」
「いいのか?」
「構わん、お前に知れても痒くも無い」
ハマクラは恐縮しながら、持参したデータを挿入した。
壁一面のスクリーンに瞬時に映し出されたマサカドの再生体。
「これは・・・」
「マサカドの母親の酷似している」
「いじったのか?」
「いや、いつも通りに」
「考えられるのは3つ。一つは解析不良、もう一つはJJ以前に
お前等が何らかの処理を施したのか、そして残る一つは・・・」
「メイの暴走」
表情一つ変えずに、その言葉を口にしたキタムラを、彼は黙って見つめた。
「断言できる事は一つ。我々はマサカドの身体を何一つ、いじってはいない。
信じられるか?ヤツは生まれ出た瞬間に、持てる能力を全て開花させていたんだ。
保護する事は保護したが、我々が出来た事といえば衣食住を提供したくらいだ。
ヤツは、あの優れた脳みそを持て余しながら、自分の肉体が成長するのを待っていたんだ。
オレも・・・アレの開発が、極秘に行われていたのは知っている。
オマエがその開発責任者だったことも、アレが誰であるかということもな。
開発は資金不足で頓挫したが、その成果を政府はもちろん誰もが認めている。
アレが無かったら、オマエのいまの再生技術を確立出来なかったのだからな。
オレの推測だが・・・メイの記憶が、いや、強い思念のようなものが
その中に残していたのではないか?それがマサカドに託された定め、
ヤツがこの世に生を受けた理由なのではないのかとね」
「オマエもそう思うか」
「でないと、今回の説明がつかん気がするんだ」
ハマクラは大きくため息をついて、最悪の事態が起こったことに困惑した。
完璧と思われていたメイのコントロールも、その内部には及んでいなかったのか?
「完璧などありえない」マサカドは言う。
確かに・・・しかし、これまで・・・いいや、そんな考えは捨てよう。
一からつき合わせていくしかあるまい。
まずは、ボニーを再生したデータから順に。
「悪いが、ココをしばらく借りるぞ」
「ああ、事の発端の責任はオレにもあるんだから」
と、キタムラは年月の流れたその顔の上に憂いを落とす。
長時間運転してきて、身体がガチガチに固く疲れ切っていたが
頭はいつも以上に冴えきっている。
「オレは後悔してはいない」
ハマクラは首を横に振って微笑んで見せた。
1部完