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beat  作者: 久保とおる
14/15

beat14

その夜遅く、ハマクラは1人で出掛けた

過去のバックアップのデータをごっそりとカバンに抱えて。

AIに気取られぬように、こっそりと。

「そんなデータはアテにならない」と主張しても、ヤツは頭を振った。

どこまでも、御目出度いヤツだ。


メイは、とりわけハマクラの行動を疑うことなく、愛想良く送り出した。

彼の行き先をモニターしている筈。

「キタムラのところへ」とだけ、メイに告げ出掛けて行った。

残されたオレがすること・・・は、何も無い筈だが・・・


スプリングのイカれたソファーに横になって、古い映画をボンヤリと見ていると

例の発光体がそろりと傍に近寄ってきて、ハマクラの座る場所へと降りた。

ゆっくりと優しく点滅しながら。


「マサカド、お腹は空かないの?」

「空かない」

「喉は渇いていない?」

「大丈夫」


まるで、女のような物腰で言う。


「何か用?」

「とりわけ用事はないけれど、一緒に映画を観ようと思って」

「キミはこの映画のストーリーも、結末もわかっているんだろ?」

「ええ」


彼女、メイのその音声は、今も昔も変わらないのだろう。

こうやってオレと同じようにハマクラが映画を観でいる傍で、

彼女もゆったりと座って同じように映画を観ていたのだろうか。


「明日は、お風呂に入ってね。ずっと入っていないでしょ?キレイな髪の毛がベトついてる」

「ああ、気が向いたら」

「絶対、入って下さい」

「JJに風呂に入る習慣はない」

「今は、血の通った人間でしょ。皮膚の脂が酸化して匂います」

「ハイハイ、わかりました」


今度は、まるで母親のような言い草だ。

そんなメイを見つめ、オレは苦笑した。

そのうち、色々と小言を聞かされるハメになりそうだ。


「なぜ、追われていたの?」

「キミは、何でも知っているはずだろ?」

「私が知っているのはデータ上のことだけです、真実は知りません」


なるほどね・・・思考というよりも、蓄積されたデータの解析か。

しかし、この反応の良さは・・・それだけでは無いはず。


「酒、ある?」

「あなたの身体は、アルコールに適していません」

「その辺は上手く作ってくれないと困るなぁ、オレは酒好きなんだから」

「JJのアナタがアルコールで酩酊するはずがありません」

「気分だよ、気分」


酒も口に出来ないとは、不便すぎる。

JJでも、酒の味は脳みそに伝わるのに。

力もなく、疲れやすい身体・・・母親に酷似した容姿・・・気が滅入る。


「その代わり、ホットチョコレートはいかがですか?」

「何でもいいよ、持ってきて」

「キッチンにご用意できました、取りに行ってください」

「持ってきてよ」

「私はそこまで出来ませんから、ご自分で」


まったく、自分で勧めておきながら・・・人使いの荒いAIだ。

渋々と立ち上がって、キッチンのフードレンジの中で湯気を立ち昇らせた

カップを手に持った。夜気に包まれたキッチンの窓から、月が見える。

二つ並んで、中むつまじく、冷ややかな光りを降り注いで。


香ばしく甘い香りにそそられて、そっとカップに口をつける。

美味しい・・・久しぶりに舌の上に感じる甘味に身震いした。

ふっと力が甦ってくるような錯覚。


「美味しいですか?」

「とても美味しい」


素直に「美味しい」と、気持ちを口にした自分に驚く。


「アナタの味覚に合わせて作りました」

「ありがとう、ずいぶんとオレの味覚は様変わりしたようだ」

「味蕾の発達に努めます」


フーフーとカップを冷ましながら、ソファーに身体を埋め

ぼんやりと、口の中の甘味を噛みしめていた。

イスの上でユラユラと揺らめくメイを見る・・・


「オレが追われていた理由は・・・意図的ではないにしろ・・・

結果的に大勢の人間が犠牲になったからだ。子供から年寄りまで。

オレの不注意から多くの人間が死んだ・・・その責任は、そのままオレにある。」

「不注意?」

「ああ、依頼された仕事以上の事をしてしまったんだ。ようは、オレの気まぐれ

とでもいうのかな・・・1人を助ける為に、多くを犠牲にしてしまったんだ。」


己のしでかした致命的なミスを、死をもって償おうと考えていたのに・・・

愚かにもこうして生身の人間として甦ってしまったのは、神の与える罰なのか?

それとも、オレに与えられた新たなチャンスなのか・・・神は気まぐれだ・・・


そっと舌の上を流れていく、甘いチョコレート。

生きる為の、生命を繋ぐ糧。

食べるという行為と、食欲を忘れていたオレは、ひどく損をしていたように思えた。


「本当に、美味しい」

「飲みたい時は言ってくださいね、いつでもご用意しますから」


メイはそう言って、うっとりするほど美しく発光して見せた。






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