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beat  作者: 久保とおる
12/15

beat12

ひどくだらしなくなるような生暖かい液体の中で、オレは度々目覚めていた。

その度に、窓辺のイスに疲れた顔の男が座っているのが目に入った。

そして、オレの頭上で光りながら宙に浮く丸い球体も。


目覚める感覚が短くなってくると、オレは漂う身体を持て余すようになる。

意識ははっきりとしているのに、オレに意志に従うことのない身体・・・

メイと呼ばれるあの球体、AIの仕業であるのは明らかだが。

ストレスがジワジワと意識を蝕んでいって、気が狂いそうなほどだ。


今日もオレは意識の全てを聴覚に集中し、ヤツらを伺っている。

二人の会話を一つも逃さないようにと。

今朝からユラユラと宙を漂う球体は、何か言いた気にハマクラの元と

この棺の間を行ったり来たりと落ち着かない様子でいた。


窓辺の男は、難しい顔をしながらファイルを読んでいる。

そのファイルがオレのものだという事は、承知していた。

しかも、特別ファイルだってことも。


オレの知らないオレの全てってヤツだね。

けれど、その事実を知っているのは、オレとそしてアイツだけなんだ。

可哀想な母の身に起こった悲劇・・・それがオレをどんなにか苦しめたか。

アイツは・・・そ知らぬ顔で・・・


「Dr.、そろそろ出してあげては?」

「なに?」

「マサカドを出してあげてもいいのでは?」

「イヤだね、何をされるかわからない」

「でも・・・マサカドは・・・」

「ああ、わかってるよ、起きているんだろ?」

「可哀想です」

「出して暴れられたら、私の方が可哀想じゃないか」

「マサカドの筋肉にそんな力はありません」

「オイオイ、お前はどっちの味方なんだ?」

「そういう問題ではありません。Dr.、また恨まれますよ」

「・・・お前が責任をもって、全てを面倒をみるならな」

「全ての面倒をみるのは不可能です、私には人の身体がありません」


毎日がこの繰り返しで、AIがオレに同情的なのは意外だったが。

母親に近い愛情を注いでいるかのようだ・・・目を覚ますと必ずソコにAIがいる。

人工知能の学習能力がこれ程まで高いのは、ハマクラの持てる技術の高さからか?

いや・・・こいつは機械ではない気がする・・・以前、耳にした事のある・・・

再生された脳細胞を使って組み上げられたAIの話を・・・禁を犯した者の噂。

いいや、噂ではない事をオレは知っている。

アイツがこんな辺境で隠遁生活を送っている理由が、このAIにあることを。


長い髪の毛が、皮膚に絡みつく感触がたまらなく不快だった。

腹立たしく目の前のAIを睨みつけた。

数回チカチカと点滅したかと思うと、初めてメイはオレに話しかけた。


「もしあなたが約束してくれるなら、私は装置を解除します」


声も出すことすら出来ないのに・・・


「約束してください、Dr.の指示に従うと。Dr.に危害を加えないと。

そして、私の身の安全も約束してください。約束できるなら、目を1度閉じて」


強靭なはずのオレの精神は、完全にくたばっていた。

拷問に近いこの肉体、この環境の中で、発狂しなかったのが不思議なほど。

オレは、ためらうことなく瞼を閉じた。


「約束を守ってくださいね、もし、破ったら・・・私があなたを殺しますから」


カチっと溶液に響いた音と共に、オレの身体を縛っていたAIからの信号が途絶えた。

一気に押し寄せた倦怠感・・・固く閉まった関節の苦痛に顔が歪む。


「まだ、動かさないで。今、楽にしますから・・・1時間ほど待って下さい」


数回カチカチと音がすると、身体の感覚が徐々にではあったが

確実に快適になっていくのが感じられた。


「前回は、この処理を省いてしまったので辛かったはずです」


ああ、まったくだ。

いきなりたたき起こされて、陸に打ち上げられた魚のようだった。

激痛に身悶えながら、それでも身体を動かしたのが最後の精神力。

途切れた力が、二度と戻ってはこないように感じているのは何故だろう。

そうだ、与えられたこの肉体に絶望しているからだ。


オレはゆっくりと首を動かして、

窓辺のイスに座り、コチラをじっと見つめる男を見つめ返した。

どうやって借りを返してもらおうかと考えながら。



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