beat11
窓ガラスを叩く雨は3日も降り続いていた。あと数日、嫌というくらい降り続くはず。
雨が上がれば、待っていましたとばかりに、さらに生命が力強く息吹く・・・
キタムラが送ってくれたマサカドの資料に目を通しながら、彼は何度も何度も深いため息をついていた。
「Dr.、マサカドの熱が下がりました」
「ああ、後は頼む」
「ハイ」
メイはユラユラと宙を漂いながら、ゆっくりと発光していた。
穏やかなその光りに、彼女が母性に近い感情でマサカドの世話をしている事がわかる。
AIに、人間の母性が発生するかは微妙だが・・・言い表すには丁度いい。
ガラスの棺にユラユラと揺れながら眠るマサカドは、眠り姫の如く永久の夢を見ている。
その真上に留まると、メイは感嘆の声を上げた。
「Dr.、このマサカドは美しいですね」
「どうした、急に」
「人が好む美しさを備えていますね」
「美しさの尺度は人によっても違うがね、私も美しいと思うよ」
益々、人間染みたメイの言葉に苦笑する。
人並みの審美眼を、どのように学習したのかと。
「メイ、キタムラの資料の信憑性をどう思う?」
「ハイ、憶測で書かれている部分も無いとは言えませんが、70%程度の信頼は可能です」
「そうか」
再び彼は、ため息をつく。
キタムラがこの資料を流出させたことが知れれば・・・いや、余計な心配はすまい。
それも承知の上で、旧友は自分にマサカドを託す決意をしたのだろうから。
確かに、マサカドはビニーの子であった。
彼女がどのようにして身篭ったかは不明だが、悲劇的な事実を想像するのは容易だ。
ビニーはマサカドをひっそりと産み落とした、資格を持たないスラムの医師の下で。
子供のDNA登録をすることなく、母子は最下層で命を繋げて生活していたようだ。
ビニーが亡くなったその日に、マサカドのDNA登録がなされている。
その奇妙な因果関係・・・関わるのは、特区の機密機関の名前が記されている。
それは、幾度か目にしてきた出来事と同じ、まぁ、いいとしよう。
しかし、一番に驚かされたのは、マサカドの知能指数の数値だ。
保護された時点において、145を示している。
稀に親よりも知能が高い子供も生まれるが・・・これ程は・・・
彼が再生した後のビニーの知能指数は、一般的な105を示していたからだ。
その後の検査においては、最高値に近い数値158を記録している事実。
これまでの手元のデータに無い事例に、彼は多少なりとも興味を抱いていた。
ビニーの再生時に何か変異があったのかもしれない・・・
「Dr.、マサカドを覚醒させますか?」
「いや、五月蝿いだけだ、寝かしておけ」
「しかし・・」
「なんだ?」
「話し合ったほうが良いのでは?」
「なにを話し合えと?」
「マサカドはDr.に不信感を抱いていますから」
鼻先まで近寄ってくると、メイはチリチリと音を立てた。
なぜメイが、そこまでマサカドを気にするのか、彼には理解できなかった。
しいて言えば、再生させた責任と義務を果たすかのようなものか。
「話し合って何になる?」
「相互理解に」
ぷははは!
ハマクラは大きく仰け反って、笑った。
このAIからそんな言葉が飛び出そうとは・・・
彼の知らないうちに、また一段と人間臭くなっているメイを面白いと思うのだった。
「もう少し、考え事をしたいんだ」
「わかりました」
彼の元を離れたメイは、スーッとマサカドの傍に寄り添うかのように漂っていった。
そんなメイの様子に苦笑しながら、Dr.ハマクラは疲れたように眉間を押さえ目を閉じた。
窓を打つ雨音に耳を傾けて・・・。