beat10
「すみません、お手数をお掛けいたしました」
警備兵は明らかに困惑した表情でそう言うと、礼儀正しく礼をして警備艇に乗り込んだ。
あの時、オレを撃墜したうちの1機であることは明白・・・ぶっ潰すか?
でも、どうやって?こんな華奢な肉体でか?手を振り上げただけで、大地に膝を付くことになるだろう。
猛スピードで走っていたせいか、オレを見つけた5機の警備艇のうち1機が
予想通り行く手を阻んだ形で、荒野へ着陸してきた。
逃げ隠れする場所も無く、素直に指示に従った方が懸命・・・生憎、この格好だ。
「お嬢さん、これからどちらへ?」
ニヤリと不敵に笑ったその顔に、微かだが見覚えがある・・・あの少佐の直属の部下。
男は、銃に片手を残したまま、ゆっくりとオレに近づいてきたのだ。
「こんなヘンピな場所で、急いでどちらへ?」
「ええ、ちょっと急用が・・・」
自分の喉を震わす馴染みの無い声に違和感を覚えながら、慣れない女を作り上げる。
「申し訳あれませんが、DNA認証をお願いできますか?」
「え、ええ・・・」
ヤバイか?
不安を隠しながら、その警備兵がスキャン装置をかざすのをジッと見つめる。
その間、幾度か湿った風がオレの長い髪を揺らしていた。
「そ、そんな・・・し、失礼」
3度、同じ行為を受けながら、腹の中でオレは、ほくそえんだ。
あの博士も上手いことヤってくれたって訳か・・・肉体だけでなく
遺伝子まで整形してくれていたとはな・・・ありがたい。
「少佐、不合致です・・・しかし、それは違法行為です」
ふん、逃げる手間が無くなったか・・・
「急いでいますから」
「は、はい、ご協力ありがとうございました」
目の前の危機を乗り越えたオレは、安堵する。
この姿は気に入らないが、しばらくは使えそうだ・・・
遠ざかる機体を見上げながら、心底から笑いが込み上げる。
「さて、行くか」
が・・・今度の敵は・・・オマエか・・・この腐れバイク!
まったく動こうとしない車体の横っ腹を蹴飛ばすと、車体はそのまま大地へと横になった。
あらら、タンクに穴まで開いちゃって・・・サイアクだな、こりゃ。
必死でバイクを走らせていた肉体は、既に限界でところどころ悲鳴をあげている。
もっと余裕を持って起こせっての!あのクサレが!!
自由の利かない出来損ないの身体を引きずって、歩けたのは数メートル。
そのまま天を仰ぐように、ゴロリと仰向けに倒れこんだ。
頭上を流れる雲の速さ、雨雲を追い越してきたから・・・じきに雨水が大地を濡らす。
遠くで鳴り響く雷鳴を耳に、オレの力は地底へと吸い込まれていった。
「起きろ」
憶えのある、リアルな声に目を開いた。
土砂降りの雨が容赦なくオレの身体を叩いている、目の前の貧相な顔から
流れ落ちる雨水がオレの顔に滴って、急に抑えようの無い怒りが身体にみなぎる。
「このヤロー」
振り上げた拳は宙を切り、無駄に泥水の中に寝返りを打ったのはオレ。
「まだ無茶をするな」
「なに?無茶をさせたのはオマエだろうが!」
ハマクラはオレの身体を軽々と担ぎ上げると、幌付きのトラックの荷台に乗せる。
冷え切った身体の節々が固く、腕も脚も曲げることさえ出来ずに横になったまま
ガチガチとなり続ける歯をキツクかみ締めてみたが、それは無駄というものだった。
「Dr.、体温39度2分です。このままでは肺炎を併発します」
「わかった、メイ、準備をしておいてくれ」
「ハイ」
ヤツは無言で運転席からオレを一瞥する、とスグに車を走らせた。
幌に打ち付ける雨音と、荒地を走る車の振動で気が狂いそうになる。
オレの周りを飛び回る白い球体の発光で、かろうじて意識を留めていたけれど
上手いとはいえない男の運転する車が跳ねるたびに、揺れる頭が朦朧とする。
「Dr.、意識レベルが下がりました」
「構わん、どうせ寝てもらうんだからな」
またあの棺おけにいれるつもりか・・・こうなったら最後まで面倒みて貰おうじゃないか。
こんな馬鹿げた器を廃棄して、さっさと元のメタルの身体を取り戻してやる。
そうだ、絶対に・・・